量子計算、世界が競う 性能はスパコンの15億倍

現在のスーパーコンピューターの15億倍もの性能をもつ次世代コンピューターの登場が現実味を帯びてきた。米グーグルが現在のスパコンでは困難な問題を簡単に解ける量子コンピューターの開発にメドをつけたためで、産業や金融から軍事までそのかたちを一変させる可能性を秘める。実用化にはまだ20〜30年かかりそうだが、人工知能(AI)と組み合わせて影響は世界に及ぶ。開発に向けた攻防は国家の覇権を左右する。

グーグルは24日に会見を開き、成果の内容を発表した。今回、最先端のスパコンで約1万年かかる乱数をつくる問題を、量子コンピューターはわずか3分20秒で解いた。計算性能は約15億倍になり、研究グループは「コンピューターの開発史において1903年のライト兄弟の有人初飛行に匹敵する意味をもつ」と意義を強調した。


この量子コンピューターは、グーグルが2014年に研究室ごと自社の研究所に取り込んだ米カリフォルニア大学のジョン・マルティニス教授をリーダーとするグループが開発した。これまでにも量子コンピューターは、AIの計算や金融リスクの予測、化学実験など幅広い分野で、スパコンを上回る性能をもつと考えられてきた。実際に証明した例はなく、グーグルが初めてになる。

コンピューターの性能は、半導体の微細加工の進展で上昇し続けている。集積度が1年半で2倍になる「ムーアの法則」のおかげで、現在のスマートフォンはかつてのスーパーコンピューターの性能に匹敵する。

それでも計算の基本原理は1946年に登場した初めての電子式コンピューター「ENIAC(エニアック)」以来変わっていない。量子コンピューターはこの部分で大きな変革がある。データを一つずつ順番に処理するのではなく、同時に一気に処理できる。量子力学という物理学の法則から生まれた画期的な計算手法だ。

AI分野へのインパクトは大きい。現在話題になっている深層学習は膨大なデータ処理が前提になっている。量子コンピューターで計算能力が増せば、AIの活躍の場は一気に広がり、政治や教育、経済などの変化が加速する。

将来の競争優位にかかわる可能性が高く、米国や中国、欧州などは国・地域をあげて量子コンピューターを核とする量子情報技術の研究開発に力を入れる。米国は18年に「量子情報科学の国家戦略」を策定し、毎年約2億ドル(約218億円)の予算を投じる。IBMやマイクロソフトなども同戦略に加わり重点テーマに掲げている。

中国も科学技術イノベーション五カ年計画の中に量子コンピューター開発を重大プロジェクトとして位置づけている。アリババ集団が15年、中国科学院に「量子計算実験室」を設置するなど大手IT企業も相次いでこの分野の研究に進出している。

日本ではかつてNECが量子コンピューターの基本的な素子を世界で初めて開発するなど、基礎研究では活躍していた。2000年前後から企業が基礎研究を断念し、量子コンピューターの分野でも海外勢に比べ出遅れ感は強い。その大きな要因は、実用的な装置の開発が難しい点にある。

グーグルは今回、演算の基本的な素子(量子ビット)を53個つなげたが、安定的に長時間稼働させるのは極めて難しい。計算ミスをしても訂正して正しい答えを出すためには、少なくとも1万〜10万個が必要とされ、大規模な装置開発には長い時間と多くのコストがかかる。次の段階として量子ビットの数が100〜1000を目指し、次いで100万レベルに増やす。今後10年程度で達成したいとしている。

課題もありそうだ。量子コンピューターの技術が進めばインターネットの安全性の基盤になっている暗号が解読されてしまう懸念ももたらす。24日の金融市場では暗号資産(仮想通貨)の価格が急落した。量子コンピューターの台頭はデジタル社会が新たな段階に入ることを意味している。

nikkei.com(2019-10-24)