ホンダ・フィットHV プロトタイプ 世界最高燃費のナゾ

 先日トヨタ「アクア」を抜いて世界最高燃費になることが判明したホンダの新型コンパクトカー、「フィット ハイブリッド(以下フィット HV)」。果たして驚異のJC08モード36.4km/Lはいかにして達成できたのか? プロトタイプに乗ったばかりの小沢コージがさっそくその秘密に迫る。

【コンセプト】1モーター式で、2モーター式を超えられたワケ

 モード燃費でトヨタ「カムリ HV」を超えた新型「アコード HV」の衝撃も冷めやらぬ中、打倒トヨタを目指すホンダの真の本命が登場した。2013年9月に発売予定の3代目フィットだ。一時、販売台数でカローラを破ったベストセラーコンパクトだが、中でも新しいハイブリッドモデルの燃費が、世界最高水準に達することが判明したのだ。

 JC08モードで現状トップの35.4km/Lのトヨタ・アクアをわずかに超える36.4km/L。しかしフィットは月販で国内2万台にも達する量販車種であり、しかもその約4割がHV。月販目標わずか1000台のアコードに比べ、販売効果や意義はとてつもなく大きい。

 しかもフィットのHVシステムは、コストがかさみがちな2モーター式とは違い、シンプル&軽量な1モーター式。価格の低さも予想される。

 果たしてホンダは、いかなる魔法で衝撃燃費を達成できたのか。いち早くテストコースで乗ってきた小沢コージが、インプレとエンジニア直撃インタビューでナゾに迫る。

【インプレッション】えっ、トヨタ方式を超えられるとは思っていなかった?

 「完璧だ、どうやっても超えられない……と最初は思いましたね」と、ハイブリッドシステム開発担当の池上さん。

 数年前、自分がモーターやインバーター、バッテリーの設計を任されたとき、ライバルたるトヨタ方式を徹底的に研究。まずは巧妙な作りに脱帽せざるを得なかったという。

 「トヨタシステムは、2つのモーターとエンジンが常時、プラネタリーギア(遊星歯車)を通じてつながっていて、片方が上がると片方が下がりバランスを取るというやじろべえ式。これが調べれば調べるほど良くできていて、常にエンジンを最高効率のところで使えるんです。最初は、できるだけそれに近づけようと思っていました」

 トヨタの「THS II」はハイブリッドに求められるそれぞれの性能を「全方位で80〜90点ぐらい」(池上さん)で実現できる驚異の万能システム。しかも、その技術はパテント(特許)でほぼ押さえられている。要するにこれを本質的に超えるのは無理……と最初は判断したわけだ。だが、ホンダの役員から直々に「業務命令」としてトヨタ超えを期待された池上さん。そう簡単に諦めるわけにはいかない。

 そこでさまざまなエンジニアと検討し、試行錯誤の結果生まれたのが、今のスポーツハイブリッドi-DCD(インテリジェント・デュアル・クラッチ・ドライブ)だ。これは今、ヨーロッパ車を中心に採用されている、デュアルクラッチミッションのケース内に動力モーターを内蔵する方法である。

 利点はさまざまだが、一番大きいのは伝達効率。大雑把に言えば、ハイブリッド車には、タイヤを電気モーターのみで駆動する「EVドライブ」、エンジンのみで駆動する「エンジンドライブ」、モーターとエンジンの両方を使う「ハイブリッドドライブ」の3モードがある。そしてi-DCD方式ならば、EVドライブとエンジンドライブをほぼマニュアルギアボックス並みの直結状態で行える。残るハイブリッドモードも最低限のミックス負荷でこなせる。つまり常時すべての動力源がつながっているトヨタ方式に比べ、パワー伝達効率が非常に高いのだ。

 いわばトヨタ流が、モーターパワーとエンジンパワーの驚異の連動性で効率アップを目指す「スペインサッカー」だとしたら、ホンダ流はそれぞれ個々の能力アップで全体のパフォーマンスを上げる「ブラジルサッカー」。そういうハイブリッド思想の違いがある。

 中でもホンダのi-DCDが得意とするのは、ほとんどエンジン直結状態となる高速域。同時にこの領域は常にモーターを引きずるトヨタ方式のウィークポイントでもある。よって当初、池上さんは「時速100km以上では絶対勝つ」と限られた範囲内でのトヨタ超えを目論んでいた。

 ところができ上がってみたらフィットはほぼ全域でアクア超えを果たし、36.4km/Lを達成できてしまった。一体どうしてなのだろう?

THS II超えを果たしたわけは……?

 すると池上さんは言う。「一個一個の性能をすべて最高にしてもらったんです」

 そう、ホンダが今回アクアのTHS IIを超えられたのは、ひとえに総合力のなせる技なのだ。

 エンジンはハイブリッド専用の1.5L直4DOHC i-VTECを新開発。各部のフリクションを減らしただけでなく、13.5の超高圧縮比と熱効率の良いアトキンソンサイクルを採用。動力用電池にも小型軽量のリチウムイオンバッテリーを採用。今までのニッケル水素に比べ、同程度の容積で約2倍の電気容量を持ち、回生ブレーキから受け取れるエネルギーの受け皿が大きくなった。単純に考えるとEVとしての能力が倍増したのだ。

 そのほか目立つところでは電気モーターも専用開発。FF車用の小さなデュアルクラッチミッション内に収まるサイズでありながら、今までにない高トルクを実現。そのために使ったのはモーター内プラネタリーギア構造で、文字通りモーター中心軸に減速ギアを収納。結果、サイズに見合わぬ22kWの高出力を発揮し、高性能バッテリーと合わせて時速70km程度までのEVドライブを可能にした。

 また、フル電動コンプレッサーや電動サーボブレーキ、フル電動ウォーターポンプとあらゆる補機類を電動化すると同時に効率アップ。まさにちりも積もれば山となるの総合力で、THS II超えを果たしたわけだ。

ホンダデザインは新しい道を一歩踏み出した

 果たしてチョイ乗り結果だが、今回走ったのが北海道のテストコースだったため、つい飛ばし過ぎて、参考にならない部分もあったが、特性はそれなりに分かった。

 まず、今までのフィットHVと違うのは、発進時はほぼEVとなること。特にアクセルをゆっくり踏んでいる限りはモーター駆動のみ。当然ギアは直結状態なのでストレスもない。

 ただし、途中アクセルをガバッと踏むとエンジンも始動するのはほかのHV車と同じで、特別ショックもない。

 ハイスピード領域になると常にエンジンがかかりっぱなしになるが、それでもかなりの部分でアクセルを緩めるとエンジンが止まって静かになる。

 それから7速デュアルクラッチ構造のi-DCD効果なのだろう。エンジンによる加速の時も、妙な遅れはなく、ダイレクト感はバッチリだった。まさにいいこと尽くめだ。

 だが、それ以上に驚いたのはステアリングフィールの滑らかさや乗り心地の良さで、初代、2代目とも「硬すぎる」と言われた反省が生かされている。詳細なレポートは市街地の市販車インプレッションまで待ちたいが、ある種の高級感を出すことに一番気を使っているようだった。

 それと賛否両論のエクステリアデザインだが、確かに大きく変わった。個人的にはプレスラインがちょっと未来的過ぎるというか、塊感がないというか、違和感も覚えたが、メーカーきっての人気車種を大きく変えたところは評価に値する。それと直感的にひと目見て「スゲーかっこいい!」とは思わなかった。このあたりは、もうちょっと時間をかけて判断したいが、ホンダデザインが新しい道を一歩踏み出したことだけは確かだ。

【小沢コージの結論】人生いろいろ、省燃費いろいろ

 アコードHVのときにも語ったが、今回、フィットHVがアクアを抜いてもホンダ開発陣は全然おごっていない。それどころか逆に、「再びトヨタに抜かれるのは時間の問題」とさえ思っている。

 それは、トヨタのTHSIIにまだまだ余力があるからだ。電池をリチウムイオンに変えただけでも性能は伸びるはずだし、ほかもあり得る。今後、出てくるであろうTHS IIIが、どんなインパクトをともなって出てくるかは本当にわからない。

 ただし、今回のフィットがトヨタ開発陣に火を点けたことだけは間違いはない。ある意味、燃費はイメージだからだ。あれで本当にサイフがラクになるか、生活が助かるか……よりも「低燃費」はもっと感覚的な問題。そこで勝ち負けはやはり重要なのだ。

 このほか軽自動車界もモード燃費競争は激しく、スズキ「ワゴンR」は30km/Lを実現してきたし、、ダイハツ「ミラ イース」はプリウスを超えたし、今年出る超スペース系の先達、ダイハツ「タント」がどういう燃費記録を作ってくるかも楽しみだ。

 まさに人生いろいろ、省燃費もいろいろ、たくさんの追求手法が出てきたということなのだ。今まではトヨタ方式ひとり勝ちで、真っ向対抗してくるメーカーは少なかったが、今回ホンダがついに壁を破ってしまった。

 さまざまな技術革新が行われる今、エンジンで省燃費も図れるし、モーターでも達成できる。バッテリーも同様で、それぞれの組み合わせという手もある。

 今後ますます混沌とした省燃費車レースが激化するのだ。モード燃費追求が、果たしてどれだけの価値があるのかは個人的には少々疑問だが、この流れはしばらく止まらないはずである。

nikkeibp.co.jp(2013-07-24)