勝者なき縮小市場、頼みの「8」不発 生き残りへ最終レース

 情報端末の主役として長年、一大市場を形成していたパソコン(PC)が、急速にその輝きを失っている。スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)など新しいデバイスの台頭に存在感は薄れ、製品価格の下落や海外勢との競合などで採算も悪化したまま。1990年代後半に巨大市場の利益を享受し成長してきた日本メーカーは、世代交代の波を乗り越えられるのか。生き残りをかけた動きを追う。

■「手のひらの上の端末」に防戦一方

 「若い人はさ、自由になるお金があったらパソコンよりスマホやタブレットを買いたくなるよね……」。海外パソコン大手日本法人の幹部は自嘲気味に笑う。タブレットの機種数やアプリケーション(応用ソフト)数が急増するなか、「2013年も個人向け市場の需要回復は難しい」(同)。

 しかし、世界市場を相手にしている分、外資メーカーはまだいい。国産勢のパソコン事業の業績悪化は深刻だ。

 「戦略が甘かった」「売れ行きが想定を下回った」――。メーカー各社の首脳が声をそろえて不振を嘆いたのが2月の四半期決算発表会。富士通は12年の出荷台数を当初の予想より100万台(同社の出荷全体のうち16.6%)、ソニーは販売台数を240万台(同社の販売全体のうち31.5%)それぞれ下方修正した。「低価格ジャンルのノートパソコンがかなり厳しい」(富士通の山本正已社長)。12年通年の決算発表では、もっと厳しい縮小傾向が鮮明になるかもしれない。

 足元の数字が苦境を物語る。米アップルの「iPad mini(アイパッドミニ)」や米グーグルの「ネクサス7」、米アマゾン・ドット・コムの「キンドル・ファイア」など、タブレットの新製品が相次ぎ登場した昨年、パソコンの世界出荷台数は11年ぶりに前年を下回った(米調査会社のIDC調べ)。

 11年前というと、IT(情報技術)バブル崩壊の影響で機器やサービスの成長が足踏みをした01年。しかし、現在の「前年割れ」は、単なる景気の波ではなく、IT分野における構造変化が起きていることを意味している。

 タブレットやスマホの普及はもちろん、インターネットの閲覧、写真の加工、メール、文書の作成――。かつてパソコンでしかできなかった機能の多くは、「手のひらの上の端末」で代替できる時代になった。クラウド上に写真や文書を保存すれば、大容量の記憶装置がなくてもスマホなどで取り出せる。

 パソコンメーカーへの打撃は、国産志向が強い個人向け市場でより大きい。MM総研(東京・港)の調査では、国内の個人向け出荷台数は742万台で6年ぶりに前年を割り込んだ。「低価格なタブレットに本格的に顧客が流出」(中村成希アナリスト)しているためで、「13年も需要回復は難しい」(大手メーカー幹部)。

 単価の下落に伴う収益の悪化も追い打ちをかける。電子情報技術産業協会(JEITA)の統計によると、07年度(07年4月〜08年3月)の1台あたり単価は12万1986円。それが、わずか5年で40%以上さがり、12年は7万1758円(12年1月〜12月)になった。

■パソコン誕生32年目に訪れた試練

 「ネット回線とのセット申し込みで2万9800円!」。都内のパソコン売り場にはおなじみの店頭貼り紙がずらり。メーカー幹部の表情は渋い。「消費者は、『パソコンってこのくらいの値段で買えるんだな』という印象を植え付けてしまっている。いくら高付加価値の新製品を出しても、店頭価格が崩れるまで消費者は手を出さないんですよ……」。

 市場に活力をもたらすのでは、と頼みの綱だった米マイクロソフト(MS)の新基本ソフト(OS)「ウィンドウズ8」も、現時点では芳しくない状況だ。

 JEITAの統計によると、国内のパソコン出荷台数は、「同8」が発売された昨年末から4カ月連続で前年同月を下回っている。日本MSの樋口泰行社長は「長期的な普及を期待している。足元の短期的な結果にとらわれていない」というが、収益悪化に歯止めがかからないメーカー各社の心中は穏やかではないだろう。

 パソコンが誕生して今年で32年。OSやMPU(超小型演算処理装置)では米国勢に席巻されたが、日本メーカーでは東芝のノートパソコンが海外市場で一大ブランドとして輝き、NECは1990年代後半に世界シェア2位を獲得したこともある。内部の高密度な実装技術で日本のものづくりとエンジニアリングの強みが、企業の競争力に直結した時代だった。

 しかし、この20年で市場は激変した。米デルや米ヒューレット・パッカード(HP)が圧倒的な規模の経済で上位を占め、台湾などアジアの新興メーカーの台頭、電子機器の受託製造サービス(EMS)への委託拡大で、パソコン業界は完全なコモディティー商品となった。

 そのデルやHPも苦戦を強いられている。パソコン事業の売り上げ低迷が大きく響き、直近の決算(2012年11月〜13年1月期)は減収減益。デルは2月にMBO(経営陣が参加する買収)による株式非公開化を発表、株価動向や株主らの意向に左右されずに、大胆な経営改革を進められる環境を整え立て直しを急ぐ。

 「メーカーにとって今年が生き残りを懸けた分水嶺になる」。MM総研の中村アナリストは言葉をこう読む。そして、国内外のパソコンメーカーは同じ悩みにもがいている。5年後、10年後にIT市場はどう変化しているのか、どんなデバイス(端末)が消費者の心をつかむのか――。その答を見つけた企業だけが新しい時代に世界で輝きを放つことができる。(産業部 斉藤美保)

nikkei.com(2013-04-03)