「暮らしのホンダ」へアクセル 技術開放し共創に活路


ホンダが2030年のありたい姿として掲げた「暮らしの会社」の実現に動き出した。車開発で蓄積された知的財産やデータなどを外部に開放して異分野への活用を進める。暮らしの進化を先導するため、従来の強みのものづくりだけでなく、コトづくりを含むサービス力を育てる。新型コロナウイルスで四輪・二輪事業が苦境に立つなか、共創で新たな成長の地平を切り開く。

オフィス家具大手の内田洋行が7月末に披露した椅子の新製品。一見すると何の変哲もない椅子だが、目に見えない特徴がある。ウイルスなどの活動を抑えられるのだ。この新機能は異色のタッグで実現した。技術を提供したのはホンダだ。

ホンダはインフルエンザなどのウイルスや、花粉などのアレルギー物質の活動を抑える生地「アレルクリーンプラス」の技術をもつ。17年以降、軽自動車の「N-BOX」などのシートに用いてきた。

「(新製品5種合計で)年間1万脚の販売を見込める」。内田洋行のオフィス商品企画部の門元英憲部長はこう話す。ホンダは静岡県の家具メーカーが18年に発売した製品にもアレルクリーンプラスを提供した実績があるが、「これだけ大規模での活用は初めて」(四輪事業知的財産部の森隆将アシスタントチーフエンジニア)だという。

■本田宗一郎氏は暮らしの向上を働く活力としていた

なぜ、ホンダが主力の二輪や四輪と全く関係のない領域を攻めるのか。足元の四輪事業の苦境に伴う構造改革で目立たないが、実はホンダは30年のありたい姿を「2030年ビジョン」として17年6月に公表している。30年に向けて取り組む領域を「移動の進化」と「暮らしの価値創造」の2つに定め、「すべての人に生活の可能性が広がる喜びを提供する」(八郷隆弘社長)と宣言した。


トヨタ自動車は「自動車をつくる会社からモビリティーカンパニー」へのモデルチェンジを宣言したが、ホンダは暮らしの要素で独自性を打ち出す。暮らしの向上こそ、創業者の本田宗一郎氏の活動の原点でもあるためだ。本田氏は働く人の苦労を少しでも軽減したいという思いで、農機や船外機などの汎用製品を開発してきた。

2983万台。この数字はホンダの20年3月期に販売した製品数の合計だ。二輪や四輪、汎用製品をあわせると、世界最大級のモビリティー会社でもあり、世界有数のユーザーとの接点を土台に、暮らしの会社へ進化を狙う。19年4月にライフクリエーション事業本部を創設し、ロボティクスやエネルギーマネジメントなどの研究開発機能を強化するなど、布石は順次打ってきた。


「単に車を売ることだけを優先するという雰囲気はなくなってきた」。モビリティーサービス事業本部の福森穣主任は社内の変化をこう語る。福森氏が担当するホンダ車の移動関連データを外部に活用するドライブデータサービス事業でも新たな挑戦が始まった。

中日本高速道路(NEXCO中日本)に移動関連データを提供し、安心・安全な高速道路の移動を支援する。車に搭載される制御技術を通じ、車が滑り出した瞬間を把握できる。例えばデータを雪道で生かし、凍結防止剤をまくタイミングや場所を伝え、冬に多発する事故の抑止につなげる。

■特許を外部に開放、共創で新サービス

ホンダは独創力を企業のアイデンティティーとしてきたが、生活の領域を単独で攻めるには限界がある。車技術やデータ提供のように、他社を巻き込む共創力がカギを握る。水面下では共創の価値を高める活動が始まった。武器は全世界で約5万件(19年時点)にのぼる保有特許だ。

知的財産・標準化統括部の別所弘和統括部長は「自動車技術は過酷な条件をクリアしている。オープンイノベーションの手段として広く知財を使ってもらいたい」と話す。有効な特許の使い道を探るため、19年に知財の活用を支援するスワローインキュベート(茨城県つくば市)に特許のライセンス供与を始めた。 スワロー社はホンダの特許を選定して、車関連以外の企業も使いやすいようにソフトウエア開発キット(SDK)やデータ連携の仕組みであるAPIを作る。

すでにスワロー社を通じて、夜間の歩行者認識技術の外部への提供を始めた。ホンダは事故防止のために遠赤外線カメラを使って人間の目では見えにくい暗闇の様子を捉え、歩行者の存在を認識すると運転者に通知する「インテリジェント・ナイトビジョンシステム」を展開している。

スワロー社は関連特許を使い、プライバシーに配慮して顔写真を保存しないなど独自の仕様を加えた人物検出技術として売り込みを始めた。利用企業名は非公表だが、歩行者や来店客などを数える用途として今後、使われる見込み。

さらにホンダは、異なる金属を接合し、車を軽量化できる技術も外部提供を計画している。

本田氏は「需要はアイデアと生産手段でつくり出される」と唱え、消費者の潜在ニーズを掘り起こすアイデアを大切にした。「暮らしのホンダ」という未踏の領域の挑戦に欠かせない創業者の言葉である。

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■「eMaaS」が始動、エネルギーにも注力

ホンダは「2030年ビジョン」の実現に向け、「移動と暮らしの価値創造」を実現に向けた方向性の第1の柱に据える。具体的には「モビリティー」「ロボティクス」、そして「エネルギー」の3分野に注力する。暮らしのホンダに変身するため、エネルギーでも新たな仕込みが始まった。

「eMaaS(イーマース)」というホンダ用語がある。移動サービス「MaaS(マース)」とエネルギーを掛け合わせた新概念を19年に打ち出した。電動車やエネルギーをつなげる技術・サービスの総称という。

再生可能エネルギーは発電量が安定しないなどの課題がある。ホンダは電気自動車(EV)を使って、必要に応じて電力網に放電するような用途を見据える。ホンダは30年までに世界で販売する車の3分の2をEVなどの電動車にする方針。エネルギーを使うだけでなく、供給網を支えるインフラとして車を活用していく考えだ。

19年から欧州などで実証実験などを展開する。20年は量産型EVであるホンダeを欧州から投入し、日本でも近く展開する。電力需要が少なくコストの安い時間帯に自動的にEVを充電するエネルギー管理サービスも欧州で始める予定だ。

eMaaSは今後、車両の位置情報や、バッテリー充電情報などのデータもサービスに活用する見通し。新サービスの成否は、車販売からエネルギー分野も含めた暮らしのインフラ企業への進化を左右する。
(企業報道部 花田亮輔)

nikkei.com(2020-08-13)