2012年は空の“カーシェア”が普及?
ホンダジェットがついに量産化へ

 ホンダが発売を目指してきた小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」が、2012年から量産化され、翌年から引き渡しが始まる。同社が小型ジェット機の研究を始めたのは、1986年。当時から事業に携わってきた米ホンダ エアクラフトカンパニーの藤野道格社長に、今後の計画を聞いた。

――そもそも、ホンダが小型ジェット機市場に参入したのはなぜか。

藤野社長:ホンダは、モビリティーをトータルで提供するという企業哲学を持っている。当社のモビリティーの歴史は2輪車から始まり、クルマを作り、そしてモビリティーの究極形態ともいえる飛行機に挑む。これは、自然な流れだ。創業者の本田宗一郎氏の時代からの考え方で、トヨタ自動車のように社名に「自動車」が付かず、本田技研工業としているのは、モビリティー全体の商品を提供して行くという方針を表している。

――いよいよ2012年からホンダジェットが量産化される。従来の小型ジェット機との違いは何か。

藤野社長:技術的には、エンジンの取り付け位置を変更して主翼の上に設置したり、空気抵抗が非常に低い翼を新開発したりといったブレイクスルーがあった。そして、重量を軽くするために、機体にはコンポジットと呼ばれる繊維強化樹脂を使っている。従来の小型ジェット機は、60年代、70年代の米国車のような存在。車体が大きく、燃費も良くないうえ、作りが粗いモノが多かった。この米国のクルマ市場にホンダがシビックで参入した時は、燃費や走行性能が良く、コンパクトながら居住性も良いクルマとして人気を博した。今回のホンダジェットは、ちょうどかつてのシビックのイメージに重なる。

――長年、2輪車やクルマを開発してきた経験が生きたということか。

藤野社長:ホンダジェットの商品性は、今のクルマと同じ。性能や燃費が良くて、居住性も高い。実際に、燃費は同クラスの従来機を15〜20%も上回り、スピードは約10%も速い。キャビン(客室)も25〜30%広く、座席は1クラス上のジェット機並みのゆとりがある。すべての面で、他機に勝っている。

 モノとしての仕上がりも上々だ。普通の機体は表面が多少ゴツゴツしているが、ホンダジェットはコンポジットを使っているので、まるでクルマのボンネットのように滑らかな機体に仕上がっている。機体カラーは、赤、青、黄、シルバーの4色。スポーツカーのように愛でる楽しみが得られる色を選んだ。居住性に関しても、一切妥協していない。

 ホンダジェットの大きさ自体は他機と変わらないが、主翼の上にエンジンを付けたことで、客室を広くすることができた。普通、このクラスの小型ジェット機に乗ると、キャビンでは向き合って座った人と足が重なり窮屈だが、ホンダジェットの場合、足を伸ばせるように座席の配置を工夫している。また、今の小型ジェット機はトイレが付いていない機体が多く、あってもカーテンで仕切られているだけなど、「緊急用」という扱い。使いたくても使うのをためらってしまう。特に女性にとってはそういう精神的プレッシャーはない方がいいので、ホンダジェットではプライバシーが守れるフルサイズのトイレを設置した。

 ショーに出すと、室内の広さに皆ビックリして、インテリアを見たいがために常に行列ができるほどだ。極め付けは、大型のゴルフバッグが6個も詰め込める広い荷室。このクラスの小型ジェット機は日帰りでゴルフに出掛けるときに使う人が多く、別名“ゴルフジェット”と呼ぶ人もいるほど。だから、荷室の広さにもこだわった。

――コックピットも斬新なレイアウトだ。

藤野社長:通常コックピットにはたくさんのボタンが付いているが、ホンダジェットはほとんどボタンがなく、スクリーンになっている。まるでiPhoneやiPadみたいな感じだ。昔は、キーボードで目的地の飛行場などのデータを打ち込んでいたが、ホンダジェットはタッチスクリーンで入力できる。簡単なので、ほとんどマニュアルなしで操作可能だ。右側のスクリーンには、地形のデータも入れている。例えば前方の高い山まで残り100フィート(30.48m)に近づくと、表示されている山の先端が赤くなり警告する。極端に言うと、外界が全く見えない状態でも、飛行機を飛ばすことができる。これらは、米ガーミンと共同開発したソフトを利用している。

――小型ジェット機は「高嶺の花」というイメージが強いが、どのような使われ方を想定しているのか。

藤野社長:このクラスの購入者層は中小企業の個人オーナーが多い。ソフトウエアを開発して成功した人や不動産関係、フードチェーンを展開しているオーナーなどだ。彼らは、仕事とプライベートの半々で使っている。例えば、何軒もフードチェーンを持っているオーナーは1日でたくさんの支店を見て回る必要がある。小さい都市から小さい都市への移動に小型ジェット機は非常に便利だ。通常のエアラインなら大都市を経由する必要があり、移動時間がかかってしまうが、小型ジェット機ではその必要がない。

 他にも、一般企業の出張で使われるケースもある。4〜5人で通常のエアラインに乗るのに比べれば、小型ジェット機なら日帰りで帰ることができる。割引運賃を使えない急な出張などでは、通常のエアラインで行くよりコスト的に安くなり得る。通常のエアラインで1人700〜800ドルかかる場合に、このクラスの小型ジェット機は1時間乗って1000ドル前後。4人で乗れば1人250ドルとなり、1人当たりのコストが安くなるケースもある。宿泊の必要がなくなるので、家族との生活を重視している米国人にとっては喜ばれるはずだ。

――現在の受注ペースはどうか。

藤野社長:今の受注状況は、100機を大きく超えている。飛行機は、発表してから売り出すまで普通5年かかるのでその間に100機程度の受注があればいいと考えていたが、かなり早い時期に達成した。実際に売り出す時はどれくらい売れるのか不安があったが、実際発表したら大きな反響があった。ホンダの米国でのブランド力の高さや、ホンダジェットの技術力が正当に評価された結果だろう。

 このクラスの従来機は、基本設計が何十年も変わっておらず、ペイントやインテリアを変えて売られ続けてきた。そこに、新しくて先進的で、性能が良いホンダジェットがマッチした。リーマンショック以降、市場はやや落ち込んだが、今は回復基調に乗り始めている。10年、20年の長期スパンで見た時には明らかに右上がりの市場だ。米国人のライフスタイルのなかで、「時間」がより重視されるようになっており、仕事と生活を両立させるためにお金で時間を買う人が増えていることが背景にある。

――ホンダジェットを使って、個人利用だけではない新しいビジネスが立ち上がる可能性はあるか。

藤野社長:ビジネスモデルとしては、「フラクショナル・オーナーシップ」という売り方も考えている。1機を4人程度の複数オーナーが所有する仕組みで、ちょうどクルマでいう「カーシェアリング」みたいなものだ。小型ジェット機は毎日使うものではないので、空いている時間を各オーナーが融通し合う。そうすると、1人当たりの購入価格も安くなり、維持費も4分の1になる。これまで小型ジェット機はセレブやトップマネジメントなどのごく一部のモノというイメージが強かったが、この仕組みを使うことで利用できる人の母集団を増やしていければと思う。普通の人がどんどん使い始めればコストが下がるはずだ。

 通常のエアラインだと、空港でチェックインしてセキュリティー検査があり、国際線はパスポートまでチェックを受ける必要がある。その点、小型ジェット機ならスクリーニングはほとんどなく、すぐ機体に乗り、入国時は税関の職員が飛行機の中に入って手続きをしてくれる。通常のエアラインを使う時に感じるフラストレーションを感じずに済む。500ドルや1000ドル多く出しても、そういう利便性を選ぶ人は多いのではと思う。もちろん、全員が1機持つという市場にはならないが、小型ジェット機市場はまだ飽和状態になっておらず、伸びる可能性がある。

――家族旅行に使うというシーンもありそうだ。

藤野社長:将来的には、レジャーでフロリダに行くときなどに家族でレンタルするとか、もっと一般の人が安く使えるようになったらいいと思う。しかし今でも、比較的収入に余裕のある人はレジャーの時に家族で小型ジェット機を借りてバハマなどに旅行している人はいる。その裾野をホンダジェットで少しでも広げていきたい。今、1時間の飛行で1000ドル前後なので、それを5人で使うと1時間1人当たり250〜300ドル程度。法外に高い水準ではないが、さらに広めるためには、ある一線を超えなければならない。次号機のことはまだ検討中だが、さらに燃費、飛行性能、居住性、そしてコストを見直し、多くの人の「足」として利用されるような小型ジェット機を作り出していきたい。
(インタビュー/飯塚真紀子、構成/勝俣哲生=日経トレンディ)

nikkeibp.co.jp(2011-11-10)