サムスン栄えて民窮す?
外需重視の功罪に揺れる韓国

 韓国を見習え――。日本のビジネス界では低い法人税率やウォン安など企業に有利な政策をとる韓国政府の評判がすこぶる良い。しかし、韓国では一般民衆の利益を犠牲にしてまで企業寄りの姿勢を続ける必要があるのかという批判の声も上がる。果たして韓国の親企業政策は行き過ぎなのか……。

 東レ、JX日鉱日石エネルギー、住友化学、アルバック、東京エレクトロン。日本企業が相次ぎ、韓国に生産・開発拠点を設け始めた。サムスン電子など韓国企業の成長に伴い、素材や部品、生産財を納入する企業が日本より韓国が有利とみて進出しているのだ。

 韓国は日本の企業経営者にとって天国かもしれない。法人税の実効税率は日本の約40%に対して24%。通貨でも円は歴史的な円高水準にあるが、ウォンは相対的に安い。通商政策では欧州連合(EU)や米国との自由貿易協定(FTA)を進める。賃金も日本の4割程度に抑えられている。

 いずれも日本では実現しそうもない経営環境で、「韓国がうらやましい」といった日本人経営者の声が聞こえてくる。サムスン電子の2010年の売上高は154兆6000億ウォン(約11兆円)、純利益は16兆1500億ウォンと世界一の家電メーカーとなったが、これも韓国政府の手厚い親企業政策があればこそだ。

 だが、韓国ではこの親企業政策の評判が必ずしも芳しくはない。法人税率が低い代わりに消費税率は10%と日本の倍だ。ウォン安で石油・食料などの輸入価格が上がっているが、賃金が低く抑えられているため、人々の生活は苦しくなっている。FTAの推進で農業は不利な立場にあり、穀物自給率は25%にすぎない。

 こうした空気を察してか、昨年夏には親企業政策を推進してきた李明博(イ・ミョンバク)大統領側でさえ、側近の崔時仲(チェ・シジュン)氏が、「サムスン電子が(四半期ベースで)過去最高の利益を出したとの報道を見て胸が痛くなった」と語ったほどだ。  折しも、韓国と同じように親企業、輸出依存で走ってきたアジア各国が労働者重視、内需重視にカジを切り始めた。中国は昨年から最低賃金を一気に2割程度引き上げた。タイのインラック新首相も最低賃金の引き上げで内需の底上げを約束している。

 アジアは欧米の需要に過度に依存してきたが、欧米景気に経済が引きずられてしまう欠点があった。安定的な成長を維持するために、各国とも労働者の所得を引き上げ、国内の消費を新たな成長のエンジンにしようとしている。

 インドネシアやインドなど内需主導の国々が6〜9%の高い成長を遂げていることも、政策見直しを後押しした。韓国でも来年の大統領選挙では企業寄り、外需重視の政策の見直しが争点になるとみられる。

 だが、しかしである。筆者は韓国についていえば、この内需重視、民生重視への切り替え論に違和感を覚えるのだ。

 その昔、「5000万人の壁」という言葉を聞いたことがある。家電や自動車が世界的な企業に成長するには5000万人の人口が最低でも必要だという意見だ。自動車や半導体などの工場建設・維持には毎年数千億円規模の設備投資がかかる。こうした投資を回収するには一定の販売量を確保しなくてはならず、国内に5000万人ほどの消費者がいなくてはならない。

 韓国の人口は4800万人。この説に従えば、企業育成は少しだけ苦しい。事実、90年代までの韓国では、三星(サムスン)や現代などの財閥はあったが、家電も自動車も世界規模とはほど遠かった。国内の市場だけでは企業として成長に限界があったからだ。

 韓国はこの限界を打破するため、市場を国外に求めた。歴代政権は濃淡の違いこそあれ、輸出に有利な政策を総動員してきた。その結果、市場を国外に得たサムスン電子、現代自動車が世界企業に育っていった。基幹となる企業、産業が育てば周辺産業も生まれてくる。前述のように日本企業の韓国進出も盛んになった。

 韓国の1人当たり国民総所得(GNI)は2000年の1万1292ドルから10年は2万0759ドルと倍増した。物価高などいろいろ不満はあるだろうが、親企業政策がなければ成長そのものが実現できたかどうかもおぼつかない。人口規模からみて、韓国の親企業政策は仕方のない面があった。

 さて、日本の人口は1億2000万人。韓国よりは多いが、3億人の米国よりは少ない。外需優先か内需重視かで常に揺れ惑う。日本からすれば、外需重視をすっきりと打ち出せる韓国がうらやましく見えるのだ。<<アジアBiz新潮流 アジア部次長・村山宏>>

nikkei.com(2011-08-28)