田原総一朗:日本の民主政治は今、危機的な状況にある

 時事通信の世論調査(7月7〜10日実施)によると、政党支持率は民主党10%、自民党15%、両党を合計しても25%しかない。一方、支持政党なしは67.4%にも上った。この結果に私は民主政治の危機を感じている。

菅首相は国民のことも民主党のことも何も考えていない

 民主党政権に対する批判は本連載で何度も書いている。今や菅直人首相は国や国民のことも、国会のことも考えていない。民主党のことさえも考えていない。

 たとえばエネルギー政策について、である。民主党政府は昨年6月、エネルギー基本計画(2010年版)を閣議決定し、2030年に原子力の割合を53%(発電電力量ベース)にするとした。

 ところが菅直人首相は7月13日、突然「脱原発」を打ち出した。この「脱原発」宣言については、事前に閣議どころか、関係閣僚にさえ一切話していない。私が取材して確認したところ、菅さんは海江田万里経済産業相にも細野豪志原発事故担当相にも、そして枝野幸男官房長官にすら事前に話をしていなかった。

 また海江田さんが6月末に佐賀県へ行き、玄海原子力発電所の再稼働について「安全性には国が責任を持つ」と古川康佐賀県知事に言った。だがその直後、菅さんは原発のストレステスト(耐性調査)を行うと表明し、玄海原発の再稼働問題を振り出しに戻してしまった。

 佐賀訪問について国会で質問された際、海江田さんは当然、佐賀へ行く前にそのことを菅さんに伝えたはずだが、菅さんは「知らなかった」ととぼけた。海江田さんはそれに怒り、「いずれ時期が来たら私も責任を取る」と語り、辞任表明する事態になった。

惨敗した自民党は何か変わったのか

 さらに、内閣不信任決議案を自民党と公明党などが6月2日に共同提出し、民主党の一部議員もこれに賛成するかもしれないという直前になって、菅さんは「震災対応に一定のめどがついた段階」で辞任する意向を表明し、鳩山由紀夫前首相や小沢一郎元代表をだまして内閣不信任決議案の否決を引き出した。

 こうした一連の出来事から菅民主党の支持率が下落するのはわかる。しかし、自民党の支持率も同時に低迷しているのである(6月調査に比べ、わずか0.4ポイント上昇)。国民の約7割が現在の国政にうんざりし、そっぽを向いているのだ。いやそれどころか、むしろ強い拒否反応を示していると言ってもよい。

 2009年の衆院総選挙で自民党は惨敗した。あのときは自民党に失望した国民は、政権交代すれば政治が良くなると期待を寄せた。だが、政権をとった民主党はまったくの期待はずれだった。

 問題は自民党である。あの惨敗の後、何か変わったのか。何がどう変わったのか国民にはさっぱりわからない。自民党は今、民主党や菅さんの批判ばかりしている。そんな批判はもういらない。もし自民党が政権をとったら、何をするのか。自民党にはその提案をしてもらいたのだが、提案らしい提案は聞かれない。

 結局、民主党も自民党もその違いはまったくと言っていいほどないのである。

「六重苦」で国内産業は空洞化する

 日本が直面している最大の問題は産業の空洞化である。今、日本企業の生産拠点や開発拠点がどんどん海外へ出て行っている。なぜか。産業界が「六重苦」に見舞われているからである。

 「六重苦」の一つは円高。為替レートは1ドル78円台になり、77円台で取引される局面も見られる。二つ目は法人税で、40%という税率は先進国の中で最も高い。三つ目は少子化人口減少。四つ目は環太平洋経済連携協定(TPP)の出遅れ、五つ目は労働派遣法改正による規制強化。そして、六つ目が電力不足である。

 これらの「六重苦」が続けば、企業は生き抜くためにどんどん日本を出て行くだろう。産業空洞化に対して、民主党は何か手を打っているか。何も打っていない。自民党も同様である。

 政治がすぐに取り組まなければいけない問題はほかにいくつもある。

 たとえば年金問題である。現在の年金制度では、年金受給者は現役で働いている人たちによって支えられているが、このまま少子化が続けば今の年金制度は将来破綻する。

法律に縛られて何もできない民主党

 厚生年金の場合、現役時代の給与額のおおよそ半分がもらえるが、今後は支給額が半分を切り、そして4割を切る可能性もある。国民年金の場合は、年金保険料をフルに払っても受給額は月6万6000円である。これでは生活できない。せめて夫婦二人で月15万円は必要だろう。

 その額を保証するにはどうすればよいか。消費税の増税などが考えられるが、これについて民主党も自民党も真剣に取り組んでいない。民主党は菅さんを辞めさせる段取りを考えてばかりだし、自民党も菅さんと民主党を批判するだけで、この国の中長期ビジョンを示そうとしない。

 国民にしてみれば、今や菅さんなどどうでもよいのである。いずれ辞めるのだから。それより、この国をどうするのか。国民の生活をどう守っていくのか。政治家にはそれをしっかりと考えてほしいのである。

 問題はまだある。東日本大震災の復旧・復興もなかなか進んでいない。東日本大震災復興構想会議の議長代理である御厨貴さん(東京大学教授)は、「民主党は法律にがんじがらめに縛られていて何にもできずにいる」と言っていた。

 仮設住宅の建設が進められているが、実は入居する被災者が少なくて余っているそうだ。「避難所にいれば食費も光熱費もタダだが、仮設住宅は入れば有料になる」からである。また仮設住宅に入っていても、エアコンを使用しない人がいる。電気代を払えないのである。

日本は危ない時代に近づいている

 では、それら必要な費用を政府が負担するのかというと、しないのである。なぜか。法律に縛られているからだ。こういうときには特区をつくればよいのだが、民主党はそうしようとしない。法律に縛られてその発想がないからだ。なかなか進まないがれき処理も同様である。

 政治によって何も解決されず、中長期ビジョンも描かれない。だから国民は日本の政治にうんざりし、民主党と自民党の政党支持率を足しても25%しかない世論調査の結果が出るのである。

 こうした閉塞感のある状況を見ていると、ワイマール共和国時代にドイツの政治が混乱し、やがてナチスのヒトラーが登場してきたことを思い起こす。

 「何も決められない、だらしない政治家」の反動として、「きちんと物事を決めてくれるリーダー」を国民が強く求めたらどうなるか。「リーダーシップの強烈な人間」、もっと言えば「独裁者」が出てくることにならないだろうか。日本は危ない時代に近づいている――そう危惧するのである。

nikkeibp.co.jp(2011-07-27)