そして「核融合」は実験炉を着々建設中

未来エネルギーは2040年の実用化目指す

 「地上の太陽」などと呼ばれ、世界のエネルギー問題を最終的に解決できると期待されるようになって久しいのが「核融合」反応による発電計画だ。いまだに夢の技術のように受け止める人は多いかもしれないが、実現に向けた計画は着実に進んでいる。

  フランス南部のカダラッシュという町で昨年8月に実験炉の建設が始まった「国際熱核融合実験炉(ITER、イーター)プロジェクト」がそれだ。ITER国際核融合エネルギー機構の初代機構長を昨年まで務めた池田要氏(現リモート・センシング技術センター常務理事)に、現在の工事の進捗状況や実現に向けた展望などを聞いた。

 その前に、基本知識を押さえておこう。

 核融合とは、水素のような軽い原子核をぶつけ合うことで、ヘリウムといった重い原子核に変化する現象だ。これまでの原子力発電の仕組みである核分裂と違い、融合の動きが仮に止まってもその後の反応は暴走することがなく、放射能リスクも非常に限られるという。

 核融合反応時に膨大なエネルギーを持って飛び出した中性子が炉壁にぶつかる際に出す熱を利用して発電する仕組みが熱核融合発電だ。燃料になるトリチウム(三重水素)1グラムから、タンクローリー1台分(約8トン)の石油と同じエネルギーを得ることが可能だという。

 核融合反応を作り出すには、原子核と電子がばらばらになった状態の「プラズマ」を高温で炉内に閉じ込める必要がある。この際、高温にするために投入するエネルギー量と、核融合反応によって新たに生まれるエネルギー量が等しくなる条件である「臨界プラズマ」は1996年に日本の実験装置で達成済みだ。今後のITER計画では、投入量の10倍のエネルギー生成が目標となる。欧州連合(EU)や日本、ロシア、米国、中国、韓国、インドが参加し、2019年の施設完成と実験開始を予定。2040年ごろの発電実用化を目指す。

(以下、聞き手は松村 伸二=日経ビジネス記者)

30年くらい後にはデモプラントが動いているだろう

―― 熱核融合の実現が視野に入ってきました。

池田 フランスのカダラッシュにあるITER(国際熱核融合実験炉)のサイトでは、建屋などの建設が昨年の夏から始まっている。実験炉に使う一番大きな超伝導コイルは現地でしか組み立てができないから、サイトの中に組立工場も作っている。大きさはテニスコートが何面も入るようなものだ。

 実験炉の中心のところに当たる地面を20メートルほど掘り下げる工事もどんどん進んでいる。この地面はほとんど石灰岩で、非常に硬い岩盤なので、ダイナマイトで粉砕しながら掘り下げている。

―― ITERの初代機構長としてどんな苦労がありましたか。

 2005年の秋に指名され、06年春に正式に着任した。その後は、ITERを実際に作るための協定に基づいた国際的な組織作りと具体的なスケジュールの策定に奔走した。実際にどういう手順でやればいつまでにできるか、というのをしこたま詰めた作業が去年の夏まで続いた格好だ。

―― 試験運転などこれからのスケジュールの進み方を教えてください。

 2008年の夏に各国がITERのスペックについて、改めて合意した場面があった。その際に、機構長の立場として10年後の2018年に完成するよう提案した。これに対し、各国それぞれが実現の可能性をギリギリまで詰めた。翌2019年には、ファーストプラズマ(最初のプラズマ生成による実験開始)を実現する見込みだ。そこから6〜7年かけて、2026年ごろに燃料のトリチウムを燃やして試運転を始める。投入エネルギーの10倍のエネルギーを実際に出す段階だ。

 それまでに、超伝導施設などもみんな出来上がって、原子力施設としての用件を整える。放射性物質のトリチウムを扱うための設備も作らなくてはならない。次のデモプラントをどこにどうやって作るのかという議論も煮詰まっているだろう。今から30年くらい後には、実際にデモプラントが動いているだろう。そんなに遠くない話だ。

―― 建設作業は各国でどのように分担するのですか。

 各国は単に資金を負担するのではない。「物納」するところが最大の特徴の1つだ。完成した施設の価値のデリバリーに対する分担率が決まっている。EUが45%、日本などほかの国は9%ずつだ。物納の世界だから、それぞれにコストは違うところがこの協力の1つの面白さだ。日本は超伝導コイルの導線など、非常に重要な部分を担う。東芝や日立電線など重電メーカーが参画している。

 ITER計画について、単に科学技術分野の協力という側面で語る人がいるが、私からするとプラント建設そのものだ。出力50万キロワットのプラントを作るという世界的な約束を実現するという事業なのだ。

 物納によって各国が一緒に作り上げることの効果は、ITERが出来上がったとき、参加国それぞれが核融合の技術を共有できていることだ。その先は1国でもすべてを開発できる。9%しか出資していない国でも、全部の経験が手に入れられるというのがITER計画の最大の狙いだ。

―― 核融合に対する他国の一般的な人の関心はいかがですか。

 欧州での期待は否応なしに大きい。過去にチェルノブイリ原発事故の経験があるからだろう。フランスやフィンランドなどを除き、従来の核分裂反応による原子力開発に積極的に取り組んでいる国は比較的少ないのが実情だ。政治的にはドイツやイタリア、オーストリアで、従来の原子力開発に対する逆風がいまだに強い。

 一方、核融合というのは、あえて原子力開発の分野として扱わないような風潮さえ見られる。端的な例は、ITER機構の正式な名称の中に、『nuclear(ニュークリア)』という言葉が入っていないことだ。

 仕組みとしても、熱を取り出すまでの過程で核分裂と核融合とでは全然違う。プラズマを燃やして、プラズマが核融合する際にエネルギーが出て、その生じたエネルギーをブランケットなどで吸収し、熱を取り出すわけだ。ITERでの実験の役割はそこまでだ。そこではウランとかプルトニウムのような核燃料物質は使わない。核分裂生成物や、使用済み燃料もできないし、したがって冷却の必要もない。

異常が起きても、核融合の反応はすぐ止まる

 仮にプラントに何か異常が起きても、核融合の反応そのものはすぐ止まってしまう。今回、福島第1原子力発電所で起きたような地震や津波による事故のリスクはないに等しい。ただ、気をつけるべきなのは、放射性物質である燃料のトリチウムをちゃんと閉じ込められるかどうかで、原子力施設としての工夫の余地はそこにある。

 フランスで過ごして感じたのは、科学とか新しいものに対するリスクの受け止め方が日本と違うことだ。フランス人は科学が好きだ。原子力に対してあまり政治化しないのも不思議だった。個人がそれぞれ科学や哲学とか、色々な思いで新しいものを自分の問題として納得して受け止めているようだ。

―― 福島原発の事故は、今後のITER計画に何か影響を及ぼしそうですか。

 こういう新しい技術開発のオプションは、ちゃんと持っておくことが必要だ。将来のために投資して、研究開発する部分は今からやっておく。実際に生かすかどうかは、その時代のコミュニティーが決めることであって、その時に選択肢がなければ話にならない。

 今の軽水炉の原発は補助電源の喪失ということで弱さを露呈したが、やるべき宿題が分かったわけだから、そこを解決すればいい。自然災害といった人知を越えた力が働いたとしても、そのメカニズム自身が摩訶不思議なものであるということではない。分かっている問題をどう克服するかが重要だ。

 新しいエネルギー開発として、国によってはある程度、核融合に対する見方の方へ傾く局面があるかもしれない。ITER計画の現場も色々な風にさらされてはいるが、こういう仕組みを作って共同で取り組んでいることの価値を理解している人こそ、こうした技術開発は早くすべきだと感じている。

―― 東日本大震災の発生時は青森に滞在していたそうですね。

 日本原子力研究開発機構の仕事の関係で、海外からのお客さんを六ヶ所村などに案内していたが、八戸に帰ってくる途中で地震にあった。八戸市内で電気の消えた旅館に助けてもらい、次の日、レンタカーを借りて、約15時間かけて帰ってくることができた。被災地では、川が逆流して上がってくる様子など、すごい光景を目の当たりにした。

 もう1人の仲間を茨城県の常陸太田市に送る際に、みんなが逆方向へ逃げてくるところを我々は反対方向に走った。皆ライトをいっぱい付けて、内陸のほうに逃げてくるのがわかった。原発の様子が大変だなというのは感じた。ただ、使用済み燃料までが今回のような事故を起こすことになるとは思ってもみなかった。

日本は原子力開発は避けて通るわけにいかない

―― 過去に原発の検査などに携わったことがあるそうですね。

 当時の科学技術庁に入って間もないころ、通商産業省で仕事したこともあって、福島第1原発3号機の格納容器などの検査にも行ったことがある。だから、懐かしいのと同時に、現在、あのような惨事になって、とても悔しい。地震で多くの人が被災しているのに、それに加えて発電所が事故を起こして、被災者に追加的な負担を課しているというのは、とてもつらいものがある。

 今回の事故で、原子力開発は新たな宿題を突きつけられた。心情から言って、とにかくここは早く乗り切ってほしい。私自身もかつて原子力安全局長だった1997年に、茨城県東海村の動燃再処理工場で火災爆発事故を経験した。それも、くしくも3月11日の出来事だった。

 一般の人から見れば、原子力担当者に「想定外の出来事」などと言ってほしくないというのはその通りだ。電源という技術的な問題と自然災害が実際にぶつかった端的な問題が今の福島の事例だ。何とか乗り切ってもらわないといけない。日本は資源がない国だから、現実的に原子力開発は避けて通るわけにいかないのだから。  <<松村 伸二(日経ビジネス記者)>>  

business.nikkeibp.co.jp(2011-04-20)