電気・畳にトイレットペーパー…なぜ違う東日本と西日本の規格


 「首都圏は電気不足の停電で大混乱したけれど西日本の電気はあまり回してもらえないと聞いたわ」。小学生、伊野辺詩音の話に探偵の松田章司が興味を示した。「東西で別々のものって色々ありそうだね。一緒にできないのか調べてみよう」

東日本は独、西日本は米製

 2人はまず電気に詳しい電力中央研究所を訪ねた。応対してくれた七原俊也さん(56)が「東日本と西日本では電気周波数が違うのです」と説明を始めた。家庭の電気は1秒間に何十回もプラスとマイナスが入れ替わる。この回数をヘルツという単位で表したのが周波数で、東日本では50ヘルツの電気が流れ、西日本は60ヘルツ。周波数を変えないと電気を西から東に送れない。

 世界のほとんどの国では周波数が統一されている。欧州の国はおおむね50ヘルツ、米国は60ヘルツだ。日本が東西でバラバラになったのは、電気を使い始めた明治期にさかのぼる。東日本の電力会社は50ヘルツのドイツ製の発電機を輸入し、西の電力会社が60ヘルツの米国製を使ったことが今に続いている。

 「大阪に行っても周波数が違うなんて気づかなかったぞ」。章司が首をひねると「最近の電気製品は東西両方の周波数に対応しているからです」と七原さん。数十年前まで冷蔵庫や洗濯機も東西どちらかでしか使えないものが主流だった。

 今では家電ではそのような不便がほぼなくなったが産業用の設備は対応しておらず、工場の機械も片方でしか使えないものが多い。このため両地域をまたがって走る東海道新幹線では、使う電気の周波数を西側の60ヘルツに統一。東海旅客鉄道が、東日本地域を通る新幹線車両に自前の変電所から60ヘルツの電気を流している。

 「なぜ東西で一緒にしないの」。詩音の質問に関西電力の担当者が説明してくれた。「統一すると想像も付かないほど巨額の費用がかかります」。どちらかの周波数にするともう片方の周波数で動く機械が使えなくなるのだ。規格統一の話は過去にも浮上したがそのたびに立ち消えになった。

畳サイズにも違い

 「歴史的ないきさつもあるから一緒にするのは簡単ではないね」と2人が話していると「畳の大きさも東西で違いますよ」の声。2人が振り返ると神奈川大学教授の内田青蔵さん(58)だった。「西日本は京間や関西間といわれるサイズで東日本は関東間です」。関東間は京間より畳1枚分の広さが1割ほど狭い。江戸時代以降、関東の人口が増えるにつれて住宅が狭くなり畳も小型化したという。

 「最近のものでも、東西で違うものがあった」。章司は東京で日ごろ使っているICカード乗車券が関西で使えなかったことを思い出した。料金精算などのシステムが違うからだ。

 JRのICカードは東阪共通で使えるが、首都圏の私鉄グループが発行するパスモは関西地域で使えない。関西の私鉄やバス会社が発行するPiTaPa(ピタパ)は入金方式も違う。乗車前にカードに入金(チャージ)する前払い式が多いのに対しピタパは後払い。「後払い式の方が関西では好まれるのです」と、ピタパの運営会社である「スルッとKANSAI」(大阪市)の担当者は話す。

地域の慣習考慮

 関西はお金に関しシビアな人が多いとされる。実際に乗ってもいないのに料金を払う仕組みでは満足してもらえないと考えたという。慣習や好みといった地域の実情に合わせた結果、仕様が違ってきたわけだ。

 企業も東西の違いを踏まえてビジネスをしていた。畳サイズが変わると部屋や窓のサイズが変わる。建材メーカーのトステムは西日本の一部に残る京間の寸法に合わせて幅広の窓サッシなどを販売中。木寺康さん(56)は「ヒトの好みは簡単に変わりませんから」と話す。工場では柔軟にサイズを変えられる。その効果として特殊な注文に応じる能力も磨かれたという。

 トイレットペーパーでは関東が「ダブル」と呼ばれる2枚重ねが人気なのに対し、関西は1枚の「シングル」が売れ筋。「1枚の方が無駄なく使えるというイメージが関西では強いようです」と家庭紙の王子ネピア(東京・中央)の担当者は話す。製品サイズは一緒だから原材料の量やコストに大差はなく、2種類作ることに問題はないという。

 政策研究大学院大学助教授の安田洋祐さん(31)が「規格は統一されていたほうが効率的ですが、2つ以上が競争することで全体の質が良くなることもあります」と解説してくれた。

 だが規格が別だと電気のような話が出てくる。東西で融通できる量は100万キロワットにすぎず、千万キロワット以上とされる首都圏の電力不足に遠く及ばない。「大事なのは違いをなくすことではなく、違いを超えて使える柔軟性をシステムにもたせることです。電力業界は備えが足りなかったようです」と安田さんはまとめた。

 事務所で報告を終え、「うちも関西に事務所を開きましょう」と提案した章司に所長がひと言。「調査中にお好み焼きでも食べたのか。その味が忘れられないだけだろう」(山川公生)

<ケイザイのりくつ> 大阪の左空け並びは欧米式

 東西の違いの源をたどると、歴史のあやで生じた違いもある。例えばエスカレーターの列の作り方。東京は右を空けて左側に並ぶが、大阪は逆だ。

 江戸川大学の斗鬼(とき)正一教授によると、1970年の大阪万国博覧会のころ、「動く歩道」やエスカレーターで外国人観光客が戸惑わないよう欧米式の左空けにしたのが始まりという。

 通常、エスカレーターの並び方は交通法規と同じになることが多い。東京が右空けなのは日本の高速道路の追い越し車線が右側のため。大阪も本来ならそうなるはずだったのが、巡り合わせで海外の慣習が根付いた。
[日経プラスワン2011年4月2日付]  

nikkei.com(2011-04-02)