トヨタとホンダ、インドで逆襲



100万円以下の小型車を巡る競争が、インドで過熱している。出遅れていたトヨタ自動車とホンダが相次いで戦略車を投入。その成否は様々な新興国で勝ち残れるかどうかの試金石になる。

 トヨタ自動車とホンダは出遅れを挽回できるのか。中国に続き、巨大市場へと急成長するインドで、両社が反攻を開始する。

 思い切った価格をつけた──。12月初め、トヨタがインドで発売した新興国向けの戦略車「エティオス」。排気量1500ccの小型セダンの価格が49万 6000ルピー(約93万円)になると発表された瞬間、会場から拍手が起きた。インドの大手通信社の記者に感想を聞くと「予想より安い。サイズと仕様を考えると競争力は高そうだ」と言う。

 もちろんインドで低価格の小型車は珍しくない。代表格はインドのタタ・モーターズの「ナノ」。12万3000ルピー(約23万円)と激安だ。ナノは極端な事例だが、インドで5割のシェアを持つスズキの現地合弁、マルチ・スズキ・インディアの主力車「アルト」も35万ルピー(約65万円)と安い。

 ライバルと比べて高価な新型車でインドを攻めるトヨタに成算はあるのか。「インドの消費者を徹底研究して開発した。セダンとしては安価で、品質はいいが高いというトヨタのイメージを変えるクルマだ」。トヨタの豊田章男社長はこう自信を口にする。

 以前からトヨタがインドで販売しているセダン「カローラ・アルティス」の価格は、約100万ルピー(約184万円)。

 エティオスでは、その価格を一気に半分に引き下げた。ムダを省いた設計と、部品の現地調達率を高めて、低コスト化を実現。インドの自動車市場で大半を占める100万円以下の中心価格帯に、いよいよ打って出ることが可能になった。

小型セダンを「カローラ」の半額に

 さらに来年4月には、より安価なエティオスのハッチバックタイプを投入。排気量は1200ccで価格は未定だが、地元メディアは43万ルピー(約80万円)程度になりそうだと報じている。

 相次ぐ低価格車の投入で、トヨタはインド市場の攻略を本格化させる。2009年のインドにおけるトヨタのシェアは 3%にすぎないが、10%に高めることを視野に入れる。

 同じくインドの自動車市場におけるシェアが3%程度と低迷するホンダも巻き返しを急ぐ。

 2011年秋までに、新たに開発した小型戦略車「BRIO(ブリオ)」をインドで投入する。ハッチバックで、同社の小型車「フィット」よりもさらに一回り小さな車体設計としながら、ゆったりとした室内空間を確保した。

 ガソリン1リットル当たり20km超の燃費で、インドでの価格は50万ルピー(約93万5000円)以下にする。

 「50万ルピー以下というのはインドの自動車市場ではストライクゾーン(普及価格帯)の上限だ」。11月30日、タイでブリオを発表したホンダの伊東孝紳社長はこう強調した。来年3月にタイで先行発売した後に、インドでも現地生産して販売する。

 ホンダは2輪車では、インドのヒーローグループと合弁会社を展開。現地シェアは50%以上を握る圧倒的首位の立場にある。ところがこれまで、4輪車ではそのブランド力を生かし切ることができず、急成長する現地需要を取り込み切れなかった。

 さらに、現在はホンダの収益の柱となっているインドの2輪車事業についても、先行きは不透明だ。地場メーカーが急成長しているうえ、意思決定の迅速化を目的に、現地合弁の「ヒーロー・ホンダ」の保有株を売却する方向で交渉を進めている。4輪車事業の強化は待ったなしで、ブリオで突破口を開けるかどうかが注目される。

 ブリオでは、2輪車事業で築いた鋼板や部品などの調達網を徹底活用する。インドの4輪車の部品・材料の現地調達比率はこれまで7割強だったが、今回はこれを8割以上に引き上げ、コスト競争力を高める。

 遅れを取り戻そうとする2社に対して、一足先にインドで低価格の世界戦略車を投入したのが、日産自動車だ。

 今年7月には40万5000ルピー(約76万円)の小型車「マーチ(インド名マイクラ)」を発売。「マーチの商品性は現地で受け入れられており、成長を期待している」(日産で世界販売を担当する遠藤淳一・常務執行役員)。

 インド南部のチェンナイ工場に約450億ルピー(約830億円)を投資。年間20万台で生産を開始しており、40万台に拡大する。トヨタやホンダの2倍以上の規模を目指す。さらに日産はインドの工場を輸出にも活用。欧州を皮切りに中東、アフリカなど100以上の国・地域に輸出する。



インドが新興国攻略の試金石に

 部品メーカーも日産マーチの生産拡大の波に乗る。車体骨格部品大手のユニプレスは、マーチの生産開始に合わせて今年6月に稼働させたばかりのインド工場に追加投資を決めた。

 来年秋までに、15億円を投じて工場の建物を拡張し、大型プレス機を新たに導入する。新興国ながら、高張力鋼板も加工できる先端的な設備だ。インドの国内需要だけでなく、輸出も増加することを期待している。「世界中で、顧客のあらゆる需要に対応する」とユニプレスの仁藤哲社長は言う。

 なぜグローバルな小型戦略車を展開する際に、インドを重視するメーカーが多いのか。稼ぎ頭だった米国や欧州が低迷する中、新興国に期待するのは当然だが、ほかにも理由がある。

 まず低価格の小型戦略車の実力を見極めるのに最適な市場であることだ。インドでは自動車販売に占める小型車の比率が高い。もう1つの新興自動車大国の中国では、中大型車が多いのとは対照的に、100万円以下の小型車が大半を占める。インド市場は年間250万台にすぎないが、年率10%以上で成長しており、規模の拡大も期待できる。

 もう1つは部品の現地調達率を高めやすいことだ。インドは宇宙ロケットを開発する技術力を持ち、部品産業の裾野は広い。精密部品や鋼板、生産用の機械類を含めて、現地で入手できる。ほかの地域と比べても、低コストで自動車を生産しやすい。

 だからこそ、世界に輸出する拠点としてもインドは有望だ。既に韓国の現代自動車は、インドからの自動車輸出に力を入れている。日産も、欧州で販売するマーチの生産を英国からインドに切り替えたほどだ。

 新興国攻略の“剣が峰”と言えるインド市場。ここで低価格の小型車を成功させられるかどうかは、各メーカーのグローバルに勝ち残る力を見極める試金石になる。 <<日経ビジネス 2010年12月13日号8ページより>>

business.nikkeibp.co.jp(2010-12-09)