ホンダと日産が新モデルを発表
普及拡大期を迎えたハイブリッド


 普及モデルの時代が到来

 トヨタ自動車の「プリウス」が今年9月の車種別販売台数で1位の座を堅持(日本自動車販売協会連合会、軽自動車を除く)し、同車はこれで17カ月連続の首位となった。この結果からは、エコカー補助金(環境対応車普及促進事業補助金)は終了したものの、ハイブリッド車の人気は依然として高いことがうかがえる。現在のハイブリッド車市場の盛り上がりは、2009年のホンダ「インサイト」とトヨタ「プリウス」の発売から始まったといえるが、これまでに大きな成功を収めてきたのは、ハイブリッド専用に開発されたモデルばかりで、とりわけ「プリウスの一人勝ち」ともいえる状況だった。

 だが、そんなハイブリッド専用車一辺倒だった市場に、新たな風が吹き始めている。10月8日にはホンダが、「フィット」のマイナーチェンジを機にハイブリッドモデルを追加したのだ。「フィット」は、これまで世界115カ国で累計350万台以上を販売し、国内でも9月末までに累計150万台を販売しているヒットモデルであり、9月の販売台数ランキングでは「プリウス」に次いで2位となっている(自販連、軽自動車を除く)。

 「フィット」の発表会の席上、ホンダの日本営業本部 小林浩本部長は、「『フィット』はホンダの国内販売の3割を占める看板車種」と語り、そうしたモデルにハイブリッド車をラインアップすることについて伊東孝紳社長は、「IMA(Honda Integrated Motor Assist System、ホンダのハイブリッド技術。1つのモーターでアシストと発電の両方を行うシンプルなシステム)のさらなる普及を進めるために、いつか積みたいと考えていたモデル。CO2削減のためにも求めやすい価格で普及を図りたい」と話した。「フィット ハイブリッド」の登場でハイブリッド車の市場は、専用モデルの時代から普及モデルの時代を迎えたといえそうだ。

 「フィット ハイブリッド」には、正式発表前から1万台を超える受注があり、その数字はハイブリッドではない「フィット」の4000台を大きく上回っている。ただし、同社ではこの数字を、「ハイブリッドモデルを待っていたユーザーが多いため」(小林本部長)と見ており、最終的にガソリンエンジンとハイブリッドの販売台数の割合は、6:4程度でガソリン車の方が多くなると予想している。

 「フィット ハイブリッド」の燃費はガソリン1リットル当たり30.0km(10・15モード燃費)で、ガソリンの1300ccエンジン搭載モデルの24.5kmを大きく上回り、ハイブリッド専用車にも迫る数値を実現している。価格は159万円(消費税別)からで「インサイト」の189万円(同)からを30万円も下回る。ホンダは人気車種への投入と低価格で、ハイブリッド車の普及を狙う。

 フィットとの相性に優れるホンダIMA

 ホンダが「フィット」にハイブリッドモデルを導入した理由は大きく2つある。1つ目は、二酸化炭素(CO2)削減のためには、まずハイブリッド車の普及が必要と考えており、そのために、最も売れている「フィット」にハイブリッドモデルをラインアップするのが効果的と考えていること。2つ目は、現在のハイブリッド車は専用モデルに偏っており、ユーザーの選択肢を広げるために、コンパクトカーにもハイブリッドを拡大することだ。

 「自動車は本来、ライフスタイルに合わせてサイズやボディー形状、動力などを選ぶもの。それが今までは、ハイブリッドを選ぶとサイズやボディー形状などが限られてしまう状態だった。ライフスタイルに合わせて選んでもらえるよう、まずはユーザーからの要望が一番多かった『フィット』にハイブリッドを導入した」と語るのは、「フィット」の開発責任者である四輪R&DセンターLPLの人見康平主任研究員だ。コンパクトで小回りが効き、低価格の「フィット」にハイブリッドをラインアップしてほしいというユーザーの声は、以前から多かったという。

 「フィット」にハイブリッドモデルの投入が決定したのは約2年前のことだが、それ以前からハイブリッドシステムの搭載が検討されていたという。古くは、初代モデル(2001〜2007年販売)をベースにハイブリッドシステムを搭載する試験を行ったほか、2007年発売の2代目モデルには、当初からハイブリッドモデルを用意する構想もあった。「いくらIMAがコンパクトとはいえ、ハイブリッドシステムは後から積もうとして簡単に搭載できるものではない。2代目フィットでは、開発段階からハイブリッドシステムの搭載を見越して設計している」と人見主任研究員は語る。だが、市場の動向などを踏まえ、発売時からの搭載は見送られたという。

 そうした経緯から、今回の「フィット ハイブリッド」の発売についても、「決定後でも、どこかでストップがかかる可能性があると思っていた」と人見主任研究員は語る。事実、「インサイト」の発売時には、ハイブリッド車は専用モデルでなければ市場に受け入れられないとの空気が社内では強かった。しかしその後、「インサイト」「プリウス」が人気を博したこともあり、「ハイブリッド市場の間口が広がった」(人見主任研究員)ために予定通り発売に至った。

 車体が軽量コンパクトで、サイズの割には車内が広く、価格も手ごろな「フィット」にハイブリッドシステムを搭載することについては、重量増やコストアップ、収納スペースが減ることを危惧(きぐ)し、開発陣のなかにも疑問視する声があったという。だが、人見主任研究員は、「『フィット』のセンタータンクレイアウト(車体中央部の床下にガソリンタンクを配置する車体構成)とIMAの相性は良い」と言い切る。駆動用モーターと発電機を別々に積む「プリウス」などのシステムに対して、ホンダのIMAは1つのモーターが駆動と発電の両方をこなす。そして、そのモーターはエンジンとトランスミッション(変速機)の間に配置されるため、省スペース性に優れているからだ。

 「あくまでも主役はエンジンで、モーターの駆動力はそれをアシストするものととらえているため、バッテリーの容量もそれほど必要ない」と語るのは、パワートレインの開発を手掛けた四輪R&Dセンター 第3技術開発室の宍戸信彦主任研究員だ。床下の収納スペースにバッテリーなどを搭載することができたため、コンパクトな車体でも室内が広い「フィット」の美点をあまり損なうことなくハイブリッド化できたという。

 「IMAもセンタータンクレイアウトもホンダの『MM(Man-Maximum,Mecha-Minimum)思想(メカニズムを最小限に抑え、人のためのスペースを最大化するという考え方)』に基づく技術」(人見主任研究員)であり、その両者が「フィット ハイブリッド」に結実している。



 専用セッティングでシステム生かす

 「フィット ハイブリッド」に搭載されるハイブリッドシステムは、「インサイト」のものをほぼそのまま使用している。それが159万円という低価格を実現できた大きな理由だ。「パーツをできる限り共通化することで、量産効果によるコスト低減を図った。また、車体もベース車からの変更点をなるべく少なくし、コストを抑えた」と人見主任研究員は語る。

 だが、「インサイト」のシステムをそのまま移植して終わるわけではなく、「フィット」の車体に合わせた設定や調整が繰り返されている。「パーツとして見ると『インサイト』と共通のものが多いが、ハイブリッドシステムのマネジメント、特にバッテリーに対する電力の入出力のマネジメントにはかなり苦労した」と語るのは宍戸主任研究員。ハイブリッド車は、回生ブレーキで発生した電力をバッテリーに蓄え、それをモーターのアシストに利用するため、バッテリーはかなり頻繁に電力の入出力を繰り返す。それでいて、「バッテリーの寿命は車体と同じくらいの長さを確保しなければならない」(宍戸主任研究員)ため、そのマネジメントはかなりシビアなものとなる。

 「燃費を上げるために回生量は多くしたいが、車体が軽いと回生量は少なくなる。それを無理に上げると、前につんのめるような回生ブレーキの効き方になってしまう場合もある。それを抑え、燃費を最大化しながら、コンパクトカーならではの軽快な走りを実現するための調整に手間をかけた」と宍戸主任研究員は語る。

 また、車体後部に搭載されたバッテリーの冷却にも気を遣ったという。電力の入出力が繰り返され高温になるバッテリーを冷やすためには、「エアコンが効いた25℃前後の室内の空気を取り入れたい」(宍戸主任研究員)とのことで、冷却用の空気取り入れ口は後部座席のヘッドスペースのすぐ後方に位置する。しかし、空気をファンで取り入れるため、「消音をしなければ、室内で掃除機を使っているようなうるさい状態になってしまう」(宍戸主任研究員)という。そのため、ガソリン車よりも消音材を増やし、空気の流れがスムーズになるようにダクトの形状なども見直されている。「ハイブリッド車には『静か』というイメージを持っているユーザーが多いため、できるだけ静かな車になるようにした」(人見主任研究員)。

 今後のガソリンエンジンモデルとハイブリッドモデルの棲(す)み分けについて、人見主任研究員は、「あくまでベースとなるガソリン車が主役。その派生モデルとして、ハイブリッドやスポーツモデルがあるという位置付け」と強調する。ガソリンエンジンとハイブリッドの比率を6:4としているのも、そうした姿勢の現れだ。「一時的にハイブリッドモデルの比率が高まるかもしれないが、車体価格と燃料代、下取り価格などを含めたトータルでの経済性ではベース車である1.3リットルモデルがまだまだ優れているため、ベースモデルの進化に手を抜いてしまうと本末転倒になってしまう」(人見主任研究員)。こうした考え方を裏付けるかのように、今回のマイナーチェンジでは1.3リットルモデルの燃費を、ガソリン1リットル当たり0.5km改善することに成功している。「それこそリッター数十m単位の細かい改善を積み重ねて、やっと達成した。逆に言えば、もう細かいところにしか改良の余地は残っていなかった」と宍戸主任研究員は振り返る。

 ハイブリッドモデルとベースモデル(135万円)との価格差が、どれくらいで回収できるかという質問に対して宍戸主任研究員は、「今後のガソリン価格や補助金がどうなるかによって異なるが、走行距離にすれば10万km以上」と話す。それだけベースモデルの経済性が優れていることも見逃せない。「ただ、CO2削減の観点では、ハイブリッドモデルに売れてもらいたい。『フィット ハイブリッド』だけで温暖化が止められるわけではないが、世界中で売れている車種だけにトータルでのCO2削減効果は大きいはずだ」と人見主任研究員は話した。

 2クラッチシステムを採用した日産

 日産自動車は、高級セダンである「フーガ」に今秋よりハイブリッドモデルを投入することを発表している。日産としては、初の独自技術を使った本格的なハイブリッドモデルとなるが、排気量とモーターのサイズとのバランスなどから、これまでハイブリッド車に不向きとされてきた大排気量の大型セダンに、ハイブリッドシステムを搭載した点が注目される。

 搭載されるハイブリッドシステムもユニークなものだ。トヨタ「プリウス」などのシステムは、モーターと発電機を使う「2モーター」と呼ばれるもの。ホンダのIMAは、モーターが発電機も兼ねるため「1モーター」と呼ばれる。それに対して「フーガ ハイブリッド」に搭載されるのは、「インテリジェント・デュアル・クラッチ・コントロール」と呼ばれる「1モーター2クラッチ」のシステム。モーターとタイヤを駆動するドライブシャフトをつなぐクラッチのほかに、エンジンとモーターの間にもクラッチを配置し、モーター走行時や回生ブレーキを効かせている際には、クラッチでエンジンを切り離すことによって、エンジンの回転によるフリクション(抵抗)を完全に排除できる。そのため、モーター走行時には回転ロスが少ない無駄のない走行が可能となり、回生ブレーキ時にも効率よく発電機を回すことができる。

 また、通常のAT(自動変速機)の場合、トルクコンバーターと呼ばれるオイルを用いた流体クラッチが使われているが、駆動ロスの原因となることもある。「フーガ ハイブリッド」ではこれを廃して、クラッチによってエンジンとモーターの力をドライブシャフトへダイレクトに伝えるため、この点でも効率のよいシステムとなっている。特に、アイドリングや発進の機会が多い市街地走行では、高い燃費向上効果が期待できる。意のままに加速する楽しい走りを実現している点も、日産ではメリットだとしている。



 このシステムは、クラッチが2つになるもののモーターは1つで、エンジンとトランスミッションの間に搭載できるため、システム自体はコンパクトで、トランスミッションも既存のユニットを流用できるため非常に汎用性が高い。これまでのハイブリッドシステムは、どちらかというと中型車より小さいサイズの車種で効果を発揮するものだったが、「フーガ」のような大型車に搭載しても大きな効果を発揮することができる。大型車の燃費を向上させることができれば、CO2削減の効果も大きい。

 まだ正式発表前のため、燃費などの詳しいデータは明らかになっていないが、日産では大型セダンにもかかわらず、コンパクトカー並みの燃費を実現できるとしている。低速時にはモーターによるアシストが利用でき、エンジン全体のギア比を高く(高速寄りに)設定することができるため、高速走行時の燃費に優れているというのが従来のハイブリッドシステムに対してのアドバンテージとなっている。また、米国における走行実験では、走行時間の約半分はエンジンを停止することができたというデータもあり、そのこともコンパクトカー並みの燃費の実現に寄与している。

 技術の多様化で普及を加速

 「フーガ ハイブリッド」に搭載されるバッテリーは日産とNECによる合弁会社、オートモーティブエナジーサプライ(AESC、神奈川県座間市)が製造するリチウムイオン電池。従来の他社製ハイブリッド車ではニッケル水素電池を用いることが多かったが、リチウムイオン電池はより高出力で大電流の素早い充放電が可能なため、燃費の向上だけでなく「フーガ ハイブリッド」の素早い加速感の実現にも一役買っている。日産では、高速で回転するモーターの出力制御には、リチウムイオンバッテリーが不可欠だとしている。

 このバッテリーに採用した、ラミネート構造のバッテリーセルを重ねてモジュール化する手法は、同社の電気自動車(EV)「リーフ」と同じもので、バッテリーセルを共用できる。AESCでは「リーフ」の量産に向けて、年産5万台分以上のリチウムイオン電池を生産するとしており、その量産効果でコストの低減も期待されている。その電池と同じものを使うことで、「フーガ ハイブリッド」のバッテリーコストを抑える狙いがある。

 前述のように、この「1モーター2クラッチ」のシステムは非常に汎用性の高いシステムであり、さまざまなサイズの自動車に適用が可能。日産では、今後のハイブリッド車の商品計画を明らかにしていないが、これまでハイブリッド化を苦手としてきた「フーガ」のような大型車で成功を収めることができれば、ほかの車種への展開も順次進むものと考えられる。特に燃料消費の大きい大型車のCO2削減に、期待が高まる技術だ。

 これまでハイブリッドといえば、トヨタの「プリウス」に搭載されるシステムのイメージが強かったが、ホンダや日産などが独自のハイブリッドシステムを生み出しており、海外メーカーも、今年のパリモーターショーへプジョーがディーゼルハイブリッド車を出展するなど新技術の投入が続いている。また、スズキの「スイフト レンジ・エクステンダー」のように、EVに発電機としてエンジンを搭載するシリーズ式ハイブリッドと呼ばれるシステムも登場しており、ハイブリッド技術の多様化はますます進んでいる。

 航続距離や充電時間、インフラ整備などに課題が残るEVとは異なり、ユーザー側が自動車の使い方を変えることなくCO2削減を図れる点が、ハイブリッド車の優れているポイント。そのメリットを生かして、今後はさらなる普及・拡大が期待される。

nikkeibp.co.jp(2010-10-18)