奇跡生んだ粘りと技術…「はやぶさ」帰還

 満身創痍(そうい)になりながらも、三つの危機を乗り越え、地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。

 月より遠い天体に着陸して戻るという快挙を可能にしたのは、一人旅を続ける「同志」を励まし続けた研究者の粘りと日本の技術だった。

 ◆通信途絶

 はやぶさを待ちかまえていた最初の危機は2005年11月、小惑星イトカワ離陸後に起きた。地上管制室で歓声がわく中、姿勢制御用の化学エンジンがまさかの燃料漏れ。その反動で姿勢が乱れ、通信も途絶。はやぶさは行方不明になった。

 探査機にとって「姿勢」は生命線だ。太陽電池パネルに日光が当たらないと、電力不足に陥る。アンテナが地球に向かなければ、交信できない。

 管制室が雑音の中から、はやぶさの微弱な信号をとらえたのは7週間後。回転していたはやぶさのアンテナが、たまたま地球へ向いた時だった。「意地と忍耐と神頼みの日々だった」と、宇宙航空研究開発機構の川口淳一郎教授(54)。しかし、交信は20秒つながると、次の30秒は途切れる状態。そこで、20秒に収まるよう小刻みに指示を出し続けた。

 ◆化学エンジン全滅

 二つ目の危機は、イトカワ離陸後の燃料漏れで、推進力の強い化学エンジン12基が05年12月までにすべて故障したことだ。長距離航行用のイオンエンジンで代用した。馬力の弱いイオンエンジンは姿勢制御には向かないが、推進剤のガスを加熱せず直接噴射するという奇策で瞬発力を得た。

 1平方メートル当たり1ミリ・グラムに満たないという太陽光の圧力さえも利用した。風を受ける帆のように太陽電池パネルで光圧を受け、機体を安定させた。「地上から指令した以上の働きをしてくれた」。はやぶさは川口教授らにとって、もはや探査機以上の存在になっていた。

 しかし当初予定した帰還軌道に乗り損ね、3年間の遅れが生じた。その分、部品劣化も進んだ。通信途絶時、ヒーターの切れた機体は零下50度まで冷え切った。復路は寿命との闘いだった。

 ◆「イオン」も故障

 そんな懸念がついに現実となる。09年11月、4基中3基目のイオンエンジンが故障したのだ。三つ目の危機に帰還は絶望視された。

 そんな時、国中均・同機構教授(50)が提案した。

 「故障個所の違う2基をつなぎ合わせて、1基分にしてみよう」

 研究者の用心深さで、2基をつなぐ予備回路を仕込んでいたのだ。しかし、試験はしていない。予期せぬ副作用の恐れもある賭けだったが、成功した。

 ◆イオンエンジン、日本の力証明

 航行に不可欠な装置がほぼ全滅した状態でも帰還できたのは、NECが作ったイオンエンジンが八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をしたお陰だ。

 キセノンという物質にプラスの電気を帯びさせ、これを電気の力で加速し、高速噴射するイオンエンジン。化学エンジンが高圧ガスを噴射するのに比べ、地上で1円玉を持ち上げる程度の力しかない。それでも、空気抵抗がない宇宙空間で長時間稼働すれば、加速する力を得られる。

 イオンエンジンの利点は、何と言っても効率の良さ。化学エンジンは、噴射に必要なエネルギー源を燃料という形ですべて地上から持って行かねばならない。イオンエンジンは太陽電池パネルで電力が得られるため、キセノンの積載重量は化学エンジンの燃料の10分の1で同じ推進力を出せる。

 イオンエンジンは過去にも探査機に使われたことがあるが、トラブル続きで、はやぶさには日本の独自技術が採用された。キセノンに電気を帯びさせる際、電子レンジでおなじみのマイクロ波を使う。耐久性がぐんと向上し、7年間でのべ4万時間稼働した。

 NECは、世界初の事業化に向けて米企業と提携し、来年度から3年間で20億円の受注を見込む。イオンエンジンは小型衛星の長期運用に使う「電気推進エンジン」市場で新顔となるが、「はやぶさで圧倒的な実績を示せたことで、世界最大の米国市場で占有率6割以上を狙える」と、NEC宇宙事業開発戦略室の堀内康男さん(45)。同社は今後、はやぶさに搭載したものより推進力を20%増すなど、品質をさらに高める方針だ。(科学部 本間雅江、江村泰山)
南天の天の川の前を右下から上方へ横切った「はやぶさ」と回収カプセル
=日本時間13日午後10時51分から星を自動追尾して3分間露光、
豪州南部グレンダンボ近郊、東山写す

読売新聞(2010-06-14)