ホンダに牙むく中国労務問題

部品工場のストライキで、ホンダの中国生産が止まった。賃金改善を求める従業員と会社側の交渉は暗礁に乗り上げる。労務問題が景気回復の牽引役である新興国に影を落とす。

 「生産への影響は恐らく軽微なんですが、心配しているのは賃上げがうちまで波及するかどうかですね」。中国でホンダと取引する、ある部品メーカーからはこんな声が漏れてきた。

 まさに青天の霹靂ーー。ホンダが全額出資する自動車用変速機の工場(広東省仏山市)の現地従業員が5月17日、賃金引き上げを求め、何の前触れもなくストライキに突入した。

 同工場はホンダが中国に持つ完成車組み立て拠点が使用する変速機の大半を供給する。ストによって部品工場は22日から全面的に操業停止。部品在庫が尽きた各地の組み立て工場も24日以降、操業中止を余儀なくされた。

 会社側は31日に、それ以前の初任給に比べ24%増となる1910元(約2万6000円)の額を提示したが、一部従業員と妥結できず、交渉は難航している。

 今や世界最大市場である中国の自動車生産は拡大の一途をたどる。ホンダも4月の現地生産は前年同月比28.7%増の5万8814台と、過去最高を記録した。そして相次ぎ増産計画を打ち出した矢先にストは発生した。

 「当面は在庫で賄える」(ホンダ)としているものの、ただでさえ供給能力が不足している中国で、1週間以上にわたる操業停止は手痛い。

 それにしても、テーマが賃金改善という一見単純な労使紛争で、なぜホンダはここまで手間取ったのか。

 全額出資が災い

 理由の1つには、不安定な労使関係があった。常識的に考えれば、ストライキは事前通達のうえで、労働組合による組織的な行動となる。ところが、同工場では日本のような組織化された労組も、厳密な集団労働協約もなかった。「あまりに突然だったことに加え、ストの中心人物を把握するために時間がかかった」(ホンダ関係者)という。

 また、中国の法制度もストを生む温床だ。中国の労働紛争に詳しい麗澤大学の梶田幸雄教授によると、元来、共産主義国の中国は憲法で労働者のストを原則禁止しているという。しかし、2008年に労働者の権利を保護する「労働契約法」が施行されると、労働争議は急増。2009年には60万件を突破した。加えて梶田教授は「政府の管理も甘くなっているのでは」と指摘する。

 さらに部品工場がホンダの全額出資であることも災いした。自動車メーカーが中国に工場を設立する際、完成車組み立ての場合は50%の出資比率を上限に、地場企業と合弁会社を設ける必要がある。しかし部品工場はその制限がない。

 日本貿易振興機構(JETRO)出身の経営コンサルタント九門崇氏は「合弁では、中国人にある程度運営を任せられるうえに、現場の従業員の考えも伝わってきやすいが、単独資本の場合は労使関係がぎくしゃくしやすい」と指摘する。現地人との間を取り持ち、仲介してくれるパートナーがいないからだ。

 今回は一時的な労働紛争とはいえ、他社への“延焼”の懸念も浮上してきた。既に中国では、韓国・現代自動車に部品を納めるメーカー工場で賃金改善を求めるストが発生したとの現地報道もある。今後、賃上げがホンダと取引する部品企業に及ぶ可能性もある。

 自動車業界内では「タイでも同様に賃上げを求める動きが出ている」との声も聞こえてきた。経済成長に伴い、新興国で賃金引き上げ要求が高まるのは必至。「人件費が安いから」という考えはいつまでも通用しない。

 必要なのはトラブルを事前に防止する仕組みを整えたうえで、いかにその要求に対応するかだ。今回のホンダの騒動は新興国で事業拡大を急ぐ、すべての日本企業に警鐘を鳴らしている。<<日経ビジネス 2010年6月7日号12ページより>>

business.nikkeibp.co.jp(2010-06-07)