アイスランド噴火は気象異変をもたらすか

 4月14日、アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火した。大量の火山灰の影響で、イギリスやヨーロッパ各地の空の便が大混乱に陥った。噴火による欠航便は10万便を超え、国際航空運送協会(IATA)は、航空貨物の停止も含めて損失は総額30億ドル(約2800億円)を超えると推定している。大規模な火山噴火は経済的な損害だけでなく、広範囲に寒冷化を引き起してきた。この夏の気温は大丈夫だろうか。

 エアロゾルが日照を妨げる
 アイスランドは人口31万人。日本の面積の3分の1ほどの島国で、国の西側は北米大陸プレートに、東側はユーラシア大陸のプレートに属しているため、両プレートが押し合うリフトゾーン(割れ目)が東西に走る。世界有数の火山国で、35の活火山がある。地球内部から割れ目にそって上昇してきたマグマが、約5年周期で火山噴火を引き起こしてきた。

 今回の噴火口は300mの厚さの氷河の下にあり、溶けた氷河の水がマグマと接触して水蒸気爆発を起こしたとみられている。2度にわたって大規模な洪水も発生した。アイスランドでの火山噴火は2004年以来である。エイヤフィヤトラヨークトル付近の噴火は1823年を最後に起きていなかった。

 アイスランドは漁業が基幹産業だったが、近年は金融立国への転換を目指して成長を続けてきた。しかし、2008年の世界的な金融危機の影響を受けて経済が破綻し、政権も崩壊した。今回の火山噴火は、その危機に追い打ちをかけるものになりそうだ。

 火山噴火が寒冷化の原因になることがある。

 冷却化の主犯は、噴出した「火山性エアロゾル」である。エアロゾルとは、大気中に浮遊している固体もしくは液体の微粒子の総称だ。噴火当初、噴煙に含まれる珪酸塩は大粒なので、雨などによって数ヵ月で落下する。また、亜硫酸ガスも対流圏では雨や雪などの降水で洗い流されて、数日から2週間程度で姿を消す。

 この間、ジェット機のエンジンが珪酸塩を吸い込むと、高温のエンジン内部でガラスのように溶けてエンジンに障害を与える。火山灰の影響で飛行中の航空機に障害が起きた事故は、過去30年で90件余り報告されている。

 エアロゾルが成層圏にまで上昇すると長期間にわたって漂い、酸化されて硫酸ガスに変わって「硫酸塩」になる。成層圏の下部では1年前後、中部では2〜3年も滞留する。大気は透明ガラスから磨りガラスに入れ替えたようになり、太陽から地表に達する日照量が減少する。

 エアロゾルが異常に多い

 近年の火山噴火による気象への影響では、1982年に噴火したメキシコのエルチチョン火山の噴火がよく知られる。噴火後に各地で日照量が減ったことから大騒ぎになった。

 この火山とほぼ同緯度にあるハワイでは、地表に到達するすべての日射量である「全天日照量」が7%減少した。日本でも1982年5月から翌年2月にかけて2%減った。噴火後1〜3年にわたって各地の平均気温が0.3℃ほど下がった。

 1991年に噴火したフィリピンのピナツボ火山は、20世紀最大級の噴火だった。地上気温は全球平均で0.1〜0.2℃、夏の北半球中緯度では0.3℃低くなり、その影響は噴火から2年におよんだ。

 火山噴火が気象に影響を与えることは経験的に知られていた。とくに、1940年代に噴火したインドネシアのアグン火山以来、気象との関係に関心が高まり、盛んに研究されるようになった。ミファイル・ブディコ博士(元ロシア国立水文学研究所気候変化研究部長)は、1880〜1960年の間の北半球の平均気温を調べた結果、日照量の減少が火山噴火と一致することを発見した。

 この間に、サンタマリア(グアテマラ)、カトマイ(アラスカ)、モンプレー(カリブ海)、タール(フィリピン)、スーフリエール(カリブ海)、桜島などの噴火が相次いだことが研究の進んだ理由でもある。ブディコ博士は、噴火で日照量が長期にわたって1%減少すると気温は0.5℃下がり、日照量が1.6%減少すると、極の氷冠(アイスキャップ)が張り出してきて急激な寒冷化が起きると考えた。

 アイスランド大学の分析では、今回の噴火に伴う火山灰の約4分の1が大気中を漂いやすいエアロゾルだった。通常の噴火では数%程度しか出ないとされる。エアロゾルの割合が極端に多く、エアロゾルがより細かく砕けるといわれる水蒸気爆発が起きたことなどから、長期に気象に影響をおよぼす可能性が指摘されている。

 地球温暖化が大きな関心事になっているが、地球の気候は過去にもつねに変動を繰り返してきた。気候変動の原因は、地球の自転・公転の軌道のぶれや温室効果ガスの増減などが原因とされるがわからないことも多い。

 そのなかで比較的よくわかっているのが、火山噴火による寒冷化だ。歴史を振り返っても、噴火に伴う急激な寒冷化が大飢饉を招き、国家や文明の崩壊につながったこともしばしばある。

 噴火が滅ぼした数々の文明

 火山によって滅びた文明で、もっとも古いものとして知られるのは、エーゲ海南部クレタ島の北のサントリーニ島にあるサントリーニ火山の噴火であろう。紀元前1450年(諸説ある)の噴火に伴う津波が、1000年もの間地中海東部を支配してきたクレタ島のミノア文明を一瞬のうちにのみ込んだ。

 高さ90mの大津波が発生して、半径160km以内を水没させたと推測される。黒雲が地中海を覆い、旧約聖書「出エジプト記」にある「エジプト全土が3日間闇に包まれた」の記述は、この火山だという説もある。この噴火で島が大きく陥没したことが、幻の大陸アトランティス伝説のもとになったともいわれる。

 紀元前1150〜1136年にはアイスランドのヘクラ火山が噴火した。当時の中国の文献に「6月に雪が降り、雪は1尺以上も積もり、霜で穀物が枯れた」といった記述があり、この火山の影響だったことが考えられる。

 紀元前209年にも、アイスランドの火山が大噴火を起こしたようだ。グリーンランドの氷雪層とアイルランドのカシの木の年輪にその痕跡が残る。このとき、中国では大飢饉が発生して、漢代の歴史家、司馬遷は「3カ月も星を見ることなく、収穫がまったくなかった」と書き残している。

 紀元前42年にシシリーのエトナ火山が噴火した。ギリシャ人たちはこの活火山の火口を「地獄の入口」と信じていた。このときの中国古文書には「太陽が輝かず、収穫はなく、穀物の値段が10倍になった」と記されている。

 西暦79年には、ナポリ湾を見下ろすベスビオ火山が噴火し、ポンペイの町は火山灰に埋もれた。約1700年の時を経てはじまった本格的な発掘によって、タイムカプセルを開いたように人口6000人以上と推定される古代ローマの都市と人々の生活ぶりが、ほぼ完全な姿でよみがえった。

 10世紀から14世紀にかけてつづいた温暖な気候は、14世紀半ばから19世紀半ばにかけて、一転して約500年も寒冷な期間が続いた「小氷期」に突入した。各地でさまざまな寒冷化の記録が残されている。この小氷期の時期に発生し火山噴火は、気温の寒冷化をさらに強める働きをした。

 とくに、1783年は大噴火の当たり年になった。日本では岩木山と浅間山が噴火して、各地に火山灰を降らせた。アイスランドではラーキ山を中心とする延長25kmの割れ目にそった線上噴火が起こり、続いて近くのグリームスボトン火山も噴煙を上げた。

 夏のなかった年

 噴火に伴う噴出物の推定量は、ラーキ火山が340億tと桁違いに大きく、史上最大級の噴火だった。浅間山も4億tのマグマを噴出して、浅間山麓には2mの厚さで火山灰が積もり、山麓では1624人の死者をだした。

 エアロゾルは北半球全域を覆い、日射量や気温が大きく下がって農作物に壊滅的な被害が生じ、翌年には日本各地で「天明の大飢饉」が発生した。

 ヨーロッパ各地は極端な冷夏になり、深刻な食料不足に陥った。とくにアイスランドでは、島全体が硫黄を含んだモヤで覆われ、視界が極端に悪くなって漁に出られなくなったために、4万9000人の島民の4分の1が餓死した。

 1784年の夏にはニューヨーク港が10日間も氷で閉ざされ、人々は氷の上を歩いて移動した。各地で極端な冷夏になり深刻な飢饉が広がった。1789年のバスチーユ襲撃からはじまるフランス革命は、この社会不安が引き金になったという説が根強い。

 インドネシアのスンダ海峡の小島にあるクラカトア(クラカタウ)火山が、1883年に水蒸気爆発を伴って噴火した。島全体が吹き飛んで噴煙は約40kmの高さに達し、9波にわたって津波に襲われ、3万6000人以上が犠牲になった。

 このとき、北半球全体の平均気温は0.5〜0.8℃下がった。エアロゾルのためにその後、数年にわたって異常な夕焼けがみられた。ノルウェーの画家ムンクが噴火の年に描いた代表作「叫び」の背景にある帯状の夕焼けは、このときの光景といわれる。

 1815年にはインドネシア・スンバワ島のタンボラ火山が、轟音とともに噴火した。火山灰は周囲250km2の範囲に降りそそぎ、500km離れた地点にまで飛来した。1万2000人の島民のうち、生き残ったのはわずか26人だった。さらに周辺で90万人が洪水、地震、飢餓、病気で死んだ。全世界に褐色を帯びた雪が降った。

 北アメリカ東海岸では夏の気温が平年より4℃も低く、「夏のなかった年」として、今も歴史に刻まれている。6月には寒波が来襲し、ニューヨーク湾は凍結して馬そりで渡ることができた。フランスでは、ナポレオン戦争で疲弊したフランスを異常気象が直撃した。各地で食料暴動が発生した。

 スイスでも凶作から犯罪が多発し、餓死者も続出した。飼料の不足からブタが大量に殺され、犬やネコが町から消えたという。アイルランドでは自殺者も激増、幼児殺しも横行した。

 たった1つの火山の噴火がこれだけの影響を及ぼすこともあるのだ。<<環境学者=石 弘之>>

nikkeibp.co.jp(2010-04-23)