南米リチウム争奪戦 塩湖の底に世界の8割

 パソコンや携帯電話に加え、電気自動車などの充電式電池の材料として、需要が急増しているリチウム。その資源の8割が集中するとされる南米で、激しい争奪戦が繰り広げられている。世界有数の電池生産国である日本も、獲得に躍起だ。チリの生産現場を訪れた。(アタカマ塩湖〈チリ〉=勝田敏彦)

 チリの首都サンティアゴから北へ飛行機で2時間。第2の都市アントファガスタから、さらに車で3時間ほど移動すると、5千メートル級のアンデス山脈のすそ野に延々と砂漠が広がる。その中に、アタカマ塩湖が見えてくる。

 広さは約3千平方キロ。鳥取県の面積に匹敵する。塩湖というが、表面に水がある場所は少なく、ほとんどは砂まみれになった岩塩の固まりだ。

 リチウムは、湖の地下十数メートルに潜んでいる。アンデス山脈の雪解け水などが岩塩層にしみこみ、リチウム塩などを溶かして塩湖の底に流れ込むのだそうだ。

 ここで操業するチリの大手企業SQMは、この水を約200本の井戸でくみ上げる。サッカー場ほどの大きさの数十の蒸発池にため、約10カ月かけて天日で水分を蒸発させて濃縮する。水は微妙に緑色を帯びている。水分が蒸発してリチウム濃度が高まるとともに、黄色みを増していく。

 SQMの施設では約700人が働く。肥料の生産が主な事業だが、最近は「副産物」のリチウムにも力を入れる。リチウム濃度が6%になると、アントファガスタ近郊の工場に運び、不純物を除いたあと、最終製品である炭酸リチウムや水酸化リチウムを製造している。

 アタカマ塩湖は標高約2300メートルの高地だが、かつては海だった。アンデスの造山活動で隆起して海が干上がり、リチウムなどがたまったらしい。年間で雨が降るのは数日というカラカラの気候も生産を助ける。

 SQMの担当者は「鉱石から製錬する方法と違い、我々は水をくみ上げて太陽が照るのを待つだけ。エネルギーはほとんどいらない。コストが安く、私たちはとても恵まれている」と話す。

 SQMは「15年には(燃費の良い)ハイブリッド車、電気自動車の約50%がリチウムイオン電池を使う」とみる。昨年、炭酸リチウムの生産量を年3万トンから4万トンに増やした。さらなる増産も可能だ。同じアタカマ塩湖で操業するドイツ系のケメタルも増産の方針だ。

 ■安定確保へ日本も必死

 リチウムをめぐる獲得競争はすでに始まっている。

 世界のリチウムイオン電池は、生産量の半分近くを日本メーカーが占めている。原料のリチウムは輸入頼り。最大の輸入元がチリで、その多くがアタカマ塩湖で採れたものだ。SQMには、日本企業の訪問も相次いでいる。

 南米は現在、世界のリチウムの5割を生産している。アタカマ塩湖が位置するチリ、ボリビア、アルゼンチンの国境地帯には、ウユニ塩湖(ボリビア)、リンコン塩湖(アルゼンチン)もあり、すぐには開発できない「埋蔵量」まで含めると3塩湖だけで世界の8割を占めるとされる。なかでも、まだ開発が進んでいないウユニ塩湖が注目を集める。

 日本の独立行政法人、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と住友商事などがウユニ塩湖でのリチウム開発をめぐり、ボリビア政府と交渉を始めた。経営に参加し、資源確保につなげる考えだ。

 だが、ボリビアには「かつて、銀を宗主国スペインに搾取された」との思いがある。ボリビア側は技術協力や資金援助には理解を示すものの、「開発はあくまで自国のみで」と共同開発には消極的だ。JOGMECの神門正雄・特命審議役は「なかなかガードは堅い」と話す。  ウユニ塩湖には、日本に次ぐリチウムイオン電池生産国の韓国のほか、フランスも関心を示している。

 韓国鉱物資源公社の金信鐘社長は7月末、朝鮮日報の取材にこう言っている。

 「これからは海外に直接飛び込み、未来の『リチウム戦争』に必ず勝利する」

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 リチウム 電池の材料として有望な金属。リチウムイオン電池は軽いうえ、大量のエネルギーを取り出せる。91年にソニーが世界に先駆けて量産化、パソコンや携帯電話用として普及している。ハイブリッド車や電気自動車にも利用が広がっており、06年から07年にかけては一時供給不足に陥った。世界のリチウムイオン電池向けのリチウム需要は、20年には今年の5倍超の2万3千トンになるとの予測もある。

asahi.com.(2009-11-01)