デトロイト、米最悪都市の末路
GM破綻、犯罪増、人口減…

 ゼネラル・モーターズ(GM)破綻から一夜明けた6月2日。バラク・オバマ政権が真っ先に打った政策は、ほとんど知られていない。

 デトロイト救済策──。

 失職した労働者の救済策に4900万ドル(約48億円)を投入し、1000万ドル(約9億8000万円)でデトロイトの警察官を100人増員する。  緊急発表された2つの施策が、巨大都市が陥った惨状を物語る。

「死んだ街」

 貧困と犯罪。この2つの病理が絡み合いながら、デトロイトは転落の一途をたどっている。

 政府が認定する「貧困層」の収入水準で計算すると、貧困率は33.8%となり、大都市(人口25万人以上)では全米最悪となっている。失業率は22%にも達する。

 人々の生活苦は、そのまま犯罪の増加に結びつく。凶悪犯罪発生率は全米1位。1960年代の暴動もあって、白人は市内から逃げ出し、黒人比率が82%となっている。

こうした負のスパイラルによって、人口減少が止まらない。50年頃には全米4位の180万人を誇ったが、今では半分の90万人まで落ち込んでいる。ここ数年も年2%の減少が続く。
 
 そして中心街は、ゴーストタウンと化している。多くのレストランや雑貨店が閉鎖され、荒れ果てた状態だ。市内の3割が空き地と言われ、朽ち果てた工場やビルが放置されている。

 ホームレスや泥酔した男性が昼間から街をさまよい、人々はますますダウンタウンに寄りつかなくなる。

 「この街は、もう死んだよ」

 平日のダウンタウンの公園で、57歳のピーター・バイブルは、ベレー帽を目深に被って座っていた。何もすることがない。アルコール依存症からは立ち直ったが、仕事は週3日だけ。

 「この街は職がないし、レイオフの話題ばかりだ。若者に未来がないよ。財政が破綻しているから、学校教育なんてボロボロだからね」。そう言って、力なく笑った。

 「すべては、自動車会社から税金が入らなくなったからさ」  眼前にはGMの巨大な本社ビル「ルネサンス・センター」が見える。だが、そのランドマークがデトロイトをさらに窮地に追い込もうとしている。

超高層ビルが廃墟に

 「GMが本社を移転する」

 そんな噂が出たのは、破綻の直前のことだった。豪華な外観の超高層ビルだが、ひとたび足を踏み入れると、人もまばらで閑散としている。改修費だけで5億ドル(約490億円)を費やしてきたビルだが、レイオフが続いたこともあって、オフィスの半分はもぬけの殻となった。そこでGMは、隣接するウォーレン市にある技術センターに、本社機能を移すことを検討している。
 
 ウォーレン市長は、既にGMに対して特別の税制優遇を提示した。移転後に購入した機械や設備の固定資産税を全額免除する、といった破格の待遇が盛り込まれている。

 “引き抜き”の事実を知ったデトロイト市長は、猛烈な反対運動を展開し始めた。ウォーレン市長の税制優遇を「猿知恵だ」と批判し、移転阻止に向けたロビー活動に走る。だが、米連邦破産法の適用申請で再建を目指すGMにとって、コスト削減効果があれば本社移転を実施する可能性は高い。

 そしてGMが去ることになれば、デトロイトにとって30年以上にわたる「地域復興」が挫折することになる。70年代、暴動などによって荒れ果てたダウンタウンを再開発するために、中心地に「ルネサンス(復興)センター」を建設した。そこに主要テナントとして本社を移したのがGMだった。

 だが、GMがいなくなれば、高層ビルを埋めるテナントを見つけるのは難しい。「復興の象徴」までもが廃墟と化すことにもなりかねない。

故郷を捨てる住民たち

 自治体は必死にGM引き留め工作を続けているが、足元から地域社会が崩れ始めている。住民のさらなるデトロイト離れが加速しているからだ。

 5月下旬のこと。デトロイトのダウンタウンで開かれた「ジョブフェア(職業斡旋会)」には、失業者が殺到していた。皮肉なことに、会場はデトロイト国際自動車ショーが開かれることで有名なコンベンションセンター。巨大な建物だが、会場に入り切れない人々が、外に長蛇の列を作っていた。

 大手食品メーカーのブースに、GMをレイオフされた元マネジャーの姿があった。47歳の黒人、トロイ・スティネットは、仕立ての良さそうなスーツに身を包み、面接の順番を待っていた。

 「デトロイトを離れてもいいと思っている。だって、GMはもう元には戻らないよ」

 学校に通う2人の子供のためにも、生まれ育った街に見切りをつける覚悟を決めた。

 かつてビデオレンタル店、ブロックバスターの店長をしていたジェフリー・ロウも、デトロイトを去るという。2年間も職を探し続けたが、いまだに見つからないからだ。

 「履歴書? 数え切れないぐらい書いたよ。教師の経験もあるのに、ここには仕事がないんだ。自動車産業の衰退が、すべてに悪影響を及ぼしている」

 この日のジョブフェアも、わずかな企業に応募者が殺到していた。予定の終了時間が過ぎても、まだ会場の外に人が溢れている。その光景に、半年前に失業したジェラルド・ウィリアムスはあきらめの表情を作った。
 
 「僕にとっては、初めてのジョブフェアだから期待していたのに。これでは、銃傷に絆創膏を張って止血しているようなものだよ」  自動車産業に頼っていては、もはや負のスパイラルは断ち切れない──。新産業の育成に乗り出そうとするデトロイト市は、映画産業に目をつけた。

 昨年、映画制作を呼び込むため、優遇税制を作り、撮影規制を緩和し、さらにカメラマンやスタッフなども紹介している。  「ハリウッドよりも魅力的な映画都市を目指す。そもそも、デトロイトはモータウンミュージックの発祥の地で、芸術の街でもあるから」(デトロイト市映画振興事務局ディレクターのエリカ・ヒル)

新産業育成の限界

 モータウンは、59年に黒人実業家がデトロイト市内の自宅で立ち上げた黒人ミュージシャン専門の音楽レーベル。ダイアナ・ロスやスティービー・ワンダー、マイケル・ジャクソンといったアーティストを輩出している。

 世界のエンターテインメント業界に影響を与えたムーブメントは、自動車産業の歴史と深く結びついていた。モータウンの名は「モーター・タウン(自動車の街)」を略して作られたもの。リズムの利いたビートサウンドは、自動車工場の規則的な機械音から影響を受けている。作曲家でもあった創業者は、GMの工場に勤務した経験を持つ。

 だが、80年代にビッグスリーが日本車の攻勢を受けて苦境に立つと、モータウンも経営不振に陥っていく。

 デトロイトは、すべてが自動車産業を中心に動いていたと言ってもいい。その大黒柱が音を立てて崩れている今、都市の立て直しは困難を極める。映画産業は、3000人の新たな雇用を生み出すと期待されている。だが、その数字が達成されたとしても、90万人都市にとってわずかな数字に過ぎない。そうしているうちにも、新たな自動車関連の失業者が出てくる。

 過度に自動車産業に傾斜した都市は、20世紀産業史にその名を刻み、静かに米中西部の地方都市へと斜陽の道を下っていこうとしている。<<金田 信一郎(ニューヨーク支局)、加藤 靖子(ニューヨーク支局)>>

日経ビジネス 2009年6月15日号8ページより