トヨタ式ストロングハイブリッドの限界
都市部で効くのはアイドルストップ機構

 プリウス以外のHVが売れない  11万台超――発売から1カ月も経たない新型「プリウス」の受注台数です。トヨタ自動車では、月産4万台の生産能力をフル稼働し、工場の残業も復活して早期納車に全力を尽くすとしています。

 それでも、今注文して、納車は秋以降。一刻も早く、経済的負担が軽い好燃費車をと望むユーザーにとっては「待ちきれない時間」ではないでしょうか。なかには「納車が早い方でいいや」とキャンセルする客が出てくるかもしれません。

 ポルシェやフェラーリなどの高額車両であれば、オーダーメード部分が多くなると納車1年待ちもザラで、それを理解し、慣れているユーザーも少なくありません。しかし、大衆車として爆発的に受け入れられたプリウスの新規ユーザーは、それほど辛抱強くないのではないかと危惧しています。この後、北米や欧州にも投入されれば、さらに状況はひっ迫するでしょう。世界中のディーラーがプリウス獲得合戦に翻弄されそうな様相となっています。

 もっと他に選択肢はないのでしょうか。トヨタには国内向けに「クラウンハイブリッド(クラウンHV)」「エスティマハイブリッド(エスティマHV)」「ハリアーハイブリッド(ハリアーHV)」があり、レクサスブランドでは「RX450h」「GS450h」「LS600h」などがラインアップされています。

 しかし、「プリウスで半年待ちするくらいならクラウンHVでも…」とはなりません。プリウス以外のハイブリッド群も同じ「ストロングハイブリッドシステム」を搭載しているのに、なぜ、一向に脚光を浴びず、プリウスほど多くのユーザーから支持を得られないのでしょうか。

 もっとも大きな要因は“価格”です。プリウスが205万円〜という戦略的な低価格設定であるのに対し、次の価格レンジに位置するミニバンのエスティマHVは376万円〜、クラウンHVになると595万円〜です。

 これほどプリウスとの価格差がありながら、燃費はプリウスが10・15モード燃費で38km/Lを達成しているのに対し、エスティマHVが20km/L。クラウンHVが15.8km/L。最上級のLS600hは9.1km/Lとなっています。

 価格と大きな車体がネック

 実用燃費はさらに低い数値です。私が東京都内で試した範囲では、エスティマHVとクラウンHVはいずれも9km/L前後。RX450hやハリアーHVは8km/L、LS600hは7km/Lといったところでした。ちなみに、新型プリウスで同じような市街地を走行してみると、モニターの示す燃費は22km/L前後と、ダントツで良い数値が出ています。

 同じストロングハイブリッドシステムを採用していながら、燃費が圧倒的に良いと実感できるのはプリウスだけ、と言っても過言ではありません。ハイブリッド車として価格が高いのであれば、燃費もより良くなってほしい、と考えるのが一般的な思考です。車格が違うというだけでは、ユーザーは納得できません。

 仮に、「燃費」を「馬力」に置き換えて考えてみましょう。「カローラ」よりも「クラウン」の馬力が低くて良いはずがありません。ハイブリッド車としての車格を考えるなら、価格が高いほど燃費も良くなくてはならないはずでしょう。

 しかし、トヨタは、大きな車体の場合、車重と制御の問題から、ストロングハイブリッドシステムを用いても、それほど燃費が向上しないという事実を認識しています。プリウスは車重が1350kgほどであるのに対し、次に軽いハイブリッド車のクラウンHVは1840kgです。ほかのハイブリッド車は1900kg以上あり、プリウスより500kg以上も重いのです。

 特に、発進〜低速走行時の燃費モードでは、重量が燃費決定の大きな要因となりますので、この重量差はストロングハイブリッドシステムをもってしても、いかんともしがたいものなのです。

 プリウス以外のハイブリッド車が重くなる理由はいくつかあります。プリウスの場合は、FFレイアウトの2輪駆動で、車体ごと専用設計ですが、エスティマHVやハリアーHV、RX450h、LS600hなどは前後輪を駆動する4WDモデルで、重いモーターや駆動系を追加装備しています。また、ガソリン車と同じ後輪2輪駆動のGS450hやクラウンHVも含めて、通常のガソリン車からの派生車種は設計の自由度が小さいのです。

 プリウスの11万台受注は、「マークX」クラスから「ヴィッツ」クラスまでの幅広い購買層に対して、車格と実燃費、価格がクリーンヒットした結果です。ハイブリッド車には、そのなかの何か1つでも欠けると大成できない微妙さがあると言えます。プリウスの大ヒットを見て、各社一斉にハイブリッド車の開発に弾みがかかりそうですが、その辺のところをユーザーは慎重に見極めていく必要がありそうです。

 小さなハイブリッド車に注目

 このようにハイブリッド車市場がにわかに活気づくなか、面白いハイブリッド車に試乗してきたのでご紹介しましょう。独ダイムラーグループに属するメルセデス・ベンツ日本が発売した「スマート フォーツー mhd」です。試乗車のボディ側面には「MICRO HYBRID DRIVE(マイクロハイブリッドドライブ)」と大きなデカールが描かれ、注目度は満点です。

 スマートは2人乗りのマイクロミニです。欧州の都市部で平均的な搭乗者数の統計を取ると1.2人ということから生み出されたエコカーです。ドイツではその有益性が認められていて、例えば、空港などには専用のパーキングスペースが整備されています。路上駐車の場合でも、メルセデスのSクラスが1台で使うようなスペースなら縦に3台並べて置いて良い、など様々な優遇策が与えられています。トヨタ「iQ」は、スマートの築いた優遇インフラに着目して開発されたと言っても過言ではありません。

 そのスマートにアイドルストップ機構を付加したのがスマートmhdなのです。

 アイドルストップ機構は通常モデルに対して、わずか3点の部品変更のみで構築されているので、重量増加もほとんどありません。今回試乗したのはオープンエアが楽しめるカブリオレモデルでしたが、それでも車重は850kgしかありません。1リッターの3気筒自然吸気エンジンの設定で、最高出力は71PSほどですが、低速トルクの豊かなエンジンはディーゼル並みに低い回転での走行が可能です。

 スマートmhd の10・15モード燃費は23.0km/Lと優秀です。モード燃費38.0km/Lのプリウスは都市部での実燃費が22km/Lと、モード燃費達成率は6割程度ですが、スマートmhdは実燃費が16km/L。7割の達成率を記録しました。

 プリウスは専用の機構を搭載した、いわゆるフルハイブリッド車ですが、スマートmhdは電気モーターやブレーキ回生システムなど複雑なメカニズムを持ちません。通常のスマートにアイドルストップ機構が加わっただけです。このことが意味するのは、都市部においてはアイドルストップを励行すれば、フルハイブリッドに頼らなくても燃費は良くなる、ということです。


 運転技術でハイブリッド化

 加えて、スマートは乗っていて楽しいクルマです。全長わずか2720mm。ホイールベースも1865mmしかありません。傍目には軽快ながら、直進安定性や高速直進性は危うく感じられるスタイリングレイアウトなのですが、実際にステアリングを握ると、驚くほどの安定性が与えられているのが分かります。

 直進性、コーナリング時の安定性、ステアリングの正確さなどは、他のメルセデス・ベンツブランドのクルマと比較しても、まったく遜色ありません。車両運動特性を理解し、自在に操れるダイムラー社の造詣の深さを思い知らされる仕上がりです。

 スマートmhdのアイドルストップ機構は、時速8km以下になるとエンジンを停止し、ブレーキから足を離すと自動的に始動するシステムです。渋滞路をノロノロ走行するような場面では、エンジンの始動と停止が頻繁に起こり、かえって燃費や環境性が悪化するので、そういう場合に備えて、アイドルストップを停止するスイッチも与えられています。

 アイドル回転から電子制御されたスムーズな発進と、一定時間以上停止する際のアイドルストップを行うだけで、かなりの燃費向上効果が得られます。このことは、普通のガソリン車でも、アイドルストップと適切なアクセル操作を行えば、高燃費を記録できる可能性があることを示しています。

 そこで、アイドルストップ機構で燃費を向上させることを「マイクロハイブリッド」と呼ぶのにならい、ドライバーがアイドルストップとアクセル操作によって普通のクルマの燃費を向上させることを“人−ハイブリッド”と呼びたいと思います。

 私はよく三菱自動車「ランサーエボリューションX」というスポーツカーで都市部を走ります。通常走行なら6km/L台となるような状況でも、アイドルストップの励行とエンジン回転の低回転域使用を徹底することで、9km/L台で走行しています。10・15モード燃費10.0km/Lのクルマですから、達成率は9割! スポーツカーはモード燃費を意識した制御に特化されていないため、“人−ハイブリッド”効果はより大きく表れるのです。

 新型プリウスのフィーバーでフルハイブリッドが礼賛されていますが、納車まで時間もかかるようですし、それまではドライバー自身による“人−ハイブリッド”走行で環境に優しい走りを心がけてみてはいかがでしょう。<< レース&テスト・ドライバー=中谷 明彦>>

nikkeibp.co.jp(2009-06-01)