注目度抜群!「いいですね、ホンダのプリウスでしょコレ!」

 売り出し直後から満員御礼万歳三唱のホンダ、インサイト試乗記からお届けしましょう。


「ホンダのプリウスでしょ、これ!?」

「あ、お客さん! アレですよ。アレアレ!」
「おう、アレかね」
「アレです。こうして走っている所を見ると、またイイでしょう?」
「イイねぇ……」
「本当にイイわねぇ……」

 発売以来絶好調が伝えられるホンダのハイブリッドカー、インサイト。広報部から車両をお借りして、じっくり4日間試乗する間に、街中で何度指を指されたことだろう。青山の本社ビルに車両を返却する最終日。環八の砧公園前にあるホンダの販売店の前を通りかかったところ、初老の夫婦とセールスマンが3人揃って私のクルマを指さして、先のような会話を(推測ですが)交わしていたのだ。

 インサイトに対する世間の注目度は凄まじい。行く先々で実に様々な人に声を掛けられる。熱海のコンビニで飲み物を買うと、店長と思わしき男性が出てきて、「コレ、ホンダの作ったプリウスでしょ? どうっスか実際のところ? いや実は私もコレ買おうと思っているんだけど、燃費とかどうっスか」と聞いてくる。“ホンダの作ったプリウス”とはご愛敬だが、ともかく真剣に検討している様子が伝わって来る.

 小田原厚木道路のパーキングエリアでトイレ休憩していると、覆面パトカーから警官が降りて来た。そして「随分トバしてたねぇ。あなたこれさ、ハイブリッドなんでしょ? あんなにトバしたら意味無いじゃないの!」とお小言を頂戴してしまった(どうもマークされていたらしい……ヤバかった!)。そしてその後に、「燃費どうなのコレ? 高速でも安定してる? エンジンは随分小ちゃいらしいけど、スピードは……出してたねぇ!」。

 ホンダは今までも「シビックハイブリッド」など複数のハイブリッド車を製造・販売している。だがそれが余りにジミで目立たなかったため、一般的にはインサイトが「ホンダ初」のハイブリッド車と誤解されているフシがある。さらに言うと、“ハイブリッド専用車”のインサイトも、今回が初めてではない。今からちょうど10年前に、2ドア・フルアルミボディのインサイトを発売していたのである。ただこれは前衛的に過ぎるデザインと(スーパージェッターに出てくる流星号みたいでなかなかカッコ良かったのだが……)、2シーターという使い勝手の悪さで市場の理解を得られず、販売成績は芳しくなかったのだ(当時のホンダも余り真剣に売ろうとはしていなかったみたいだが)。

 初代プリウスよりも格段に燃費の良い先代インサイトだったが、結果として、プリウスの後塵を拝し続けることとなる。雌伏10年。満を持して売り出したのが“新生インサイト”なのである。滑り出しは極めて好調で、予定販売台数の実に3倍もの実績を上げている。車両本体価格189万円からという“戦略的価格”も奏功して、今のところ(というのは3代目プリウスが205万円という、これまた“戦略的価格”を打ち出して来たからだ)は大成功と言えるだろう。

 では、キーを捻ってみよう(試乗車はインテリジェント方式だったので、キーはズボンのポケットに入れたままでボタンを押すのですが)。

停まるとエンジンが切れる以外は普通のクルマ

 「インサイトはモーター付きエンジン車、プリウスはエンジン付きモーター車」と表現される事がある。インサイトに関しては正しくその通りで、アクセルを踏み込むと直ちにエンジンが始動されて走り出す(プリウスはこの段階では余程アクセルを強く踏み込まない限りエンジンが停止している)。モーターはあくまでエンジンの“アシスト役”なのだ。走り出しは極めてスムーズで、これが1300ccの小さなエンジンとは俄に信じ難いほどパワフルに走り出す。エンジンはLDA型 1339cc 直列4気筒 SOHC i-VTEC i-DSIで、モーターを付加した「システム出力」は最大98馬力。基本的にはシビックハイブリッドとほぼ同じ物が搭載されている。変速はCVT(Continuously Variable Transmission)が採用されている。本来は“継ぎ目のない加速”が味わえる筈なのだが、多少の“変速感”が出るように“味付け”が為されている。マニュアル車に慣れたヨーロッパ市場へ向けては、より強く“変速感”の出る仕様が用意されている(マーケティングの結果、アチラの方は自動車がスルスルと無段階で加速するのを“気味が悪い”と感じるらしいのだ)。



 所謂“ハイブリッド的違和感”は皆無と言えるレベルで、エネルギー回生ブレーキ(減速時にバッテリーに充電を行う機能が付いている)も、フツーのブレーキ感覚と何ら変わるところがない。クルマに興味のない方が乗ったら、停まったらエンジンが切れる“自動アイドリング・オフ付きの車”程度にしか感じられず、最後までハイブリッド車とは分からないのではないだろうか。

 だがこのチューニングは好き嫌いの別れるところで、「ハイブリッド・コンシャス」(ハイブリッドに乗っていることを常に体感し、また周囲に盛大にアピールしたい)な方にとっては、かえって不満を感じるかも知れない。それくらいに“ハイブリッド臭”を見事に消し去っているのだ。

覆面パトに目を付けられる走りの良さ!

 足回りは極めてスポーティーで、旧来のホンダファンを裏切らないフィーリング。サスペンションの硬さが絶妙であることに加え、重量のあるIPU(インテリジェントパワーユニット)を後部の荷室下に収納して重心を低く(更には前後の重量配分を最適化)している事が効いているのだろう。コーナーでの踏ん張りはこの車格(ホンダでは「フィット」、トヨタなら「ヴィッツ」、日産では「マーチ」)では最上級と言え、首都高や山道でも結構楽しめる。

 スポーティーな足回りとはいえ、堅すぎて首都高の継ぎ目でピョンピョン跳ねたり、舗装の補修痕で不快な突き上げを感じる、といったことは無い。陳腐でクサい言い方をすると、「(価格の割に)上質な味付け」である。覆面パトカーの交通警官にお小言を頂戴してしまったのも、この辺りに原因があるのかも知れない(え? そりゃお前の問題だろって?)。



 ダッシュボードの右側には緑色の「ECON」スイッチが配されている。これをONにすると、燃費を向上させるための様々な制御を自動的に行ってくれるようになる。具体的には、「エンジンの出力制御」、「アイドルストップ領域の拡大」、「エアコン省エネ化」等が実施されるのだが、正直な話、走りは相当カッタルくなってしまう。私はガマン出来ずに、走り出して10分でスイッチを切ってしまった。OFFにすると、クルマ全体が軽くなったような印象を受ける。“燃費”と“走り”の両立はなかなか難しいのだ。

燃費ゲームはいまひとつ・・・

 そして自動車専門誌各誌も大絶賛のアンビエントメーター。スピードメーターの背後色が変化して低燃費運転を促してくれるもので、ゲーム感覚で楽しみながら低燃費にチャレンジ出来る・・・という触れ込みだが、あまりパッとしたものではなかった。残念ながらこれも10分で飽きてしまい、運転中はパネルが青く染まっている時間(即ちあまり燃費の宜しくない状態)が長かった。ゲーム好きの方にはたまらない仕様なのだろうが、残念ながら喜ぶ人は限られると思う。ECONスイッチをOFFにし、コーチング機能に従わない好き放題の地球環境反逆罪的運転の結果、350km走行でトータルの燃費はリッター17.5kmだった。



 開発者の方にお話を伺う前に、自分が感じたインサイトの“たいへんよくできました”と“これはちょっとどうもなぁ”を率直に記しておこう。もちろん、お話を聞いた後では変わってくるかもしれないが。

○ インサイトのたいへんよくできました

  1. 価格。(現在のところ)世界最安値のハイブリッドカー。この価格で売り出したことは見事と言うほか無い。
  2. “ハイブリッドらしくない”運転感覚。発進時、停車時、モーターのオン・オフ時にハイブリッド車は構造上どうしてもモタモタするものだ。それが徹底的に打ち消してある。これも立派。だが先にも書いたように、世の中には「ハイブリッド・コンシャス」な方がたくさんいる。つまり「ハイブリッドらしくなきゃイヤよ!」というユーザーだ。彼らは無音走行や適度なギクシャク感が堪らなく好きなのである。
     二代目プリウスを所有する友人は、回生ブレーキの“効いてる感”が大好きで、「下り坂であれがクククっと効くだろう。すると貯金箱に小銭が貯まって行くような気がして凄く嬉しいんだ」と話している。

     しかし、ごく近い将来ハイブリッドは“当たり前”のクルマになる。その時はインサイトのような“感じさせないハイブリッド”が主流になるのではないかと思う。四半世紀前のターボ全盛期を思い出して欲しい。「キューン」とわざわざ室内に響くようにチューニングされたターボ音と共に、デカデカと張り出されていた「TURBO」のエンブレム。今そんな事をしたら笑われますぜ。ハイブリッドも同じ道程を歩むに違いない。

  3. スポーティーな足回り。これも好き嫌いの別れる所だが、私は好きだなぁ。気持ちが良くてついトバしてしまうので、速度注意。この辺りはさすがホンダ、レーシングスピリット。今期でF1ヤメなきゃ今頃は……。


× インサイトのこれはちょっとどうもなぁ

  1. 内装の安っぽさ。この価格で売り出したのだから文句は言えないが、あと5000円、いや1万円出すから内装を何とかして欲しい。コーナーリング時に内装のアチコチから発生するキシミ音が寂しい。それとあの軽自動車的な響きのする軽く薄いドア開閉音。これも何とかならないか。ドア開閉音は運転前と運転後にそれぞれ聞く、言うなればプレリュード(前奏曲)とポストリュード(後奏曲)なのだ。燃費向上を図る上で、“軽量化”が最重要課題であることは分かるのだが、ドア音は大事ですよやはり。

  2. エクステリアデザイン。いやぁ良く似ていらっしゃいますなぁ、プリウスに。熱海のコンビニ親父の他に、東京ミッドタウン前の超高額ガソリンスタンドの店員さんにも「ホンダのプリウス」と言われましたぜ。




 運転席上から後ろにかけて、なだらかに傾斜するルーフ(だからプリウスもインサイトも後部座席のヘッドクリアランスが窮屈なのだ)。スッパリ切り落としたテール部分。ホンマによう似てはります。「ハイブリッドで空力特性を追求して行くとこのカタチに……」と、ホンダさんが仰ることも良く分かりますが。

 「先進的なホンダ。それを追従するトヨタ」なる世間のイメージが、このインサイトをしおに崩れてしまわないかと心配だ。周囲のホンダファンにも「あれはちょっとやり過ぎだ」の声多数。初代「ウィッシュ」(ホンダの「ストリーム」の丸パクリと言われたトヨタのミニバン)の仕返しをここで果たしたのかと勘ぐってしまう。

カーセンサー編集部も考えた〜
業界視点でフォロー&突っ込みコーナー

 出たばかりの新型車もひと月とたたぬうちに中古車市場に出回る昨今(ちなみにGT-Rは発売日にもう中古車が掲載されていた)、中古車情報誌のカーセンサー編集部も自動車専門誌の一員として新車の発表会や試乗会に参加を許されている。その場では新型車の開発背景や技術的なポイントなどの詳しい説明(技術説明会、略して「技説」と呼ばれている)がなされる。

 特に社会背景や世代価値観に関するマーケティング部門の説明は、さすが日本を代表する産業だけに素晴らしいものが多い。日経ビジネスオンラインに掲載されたら、さぞかしPV(ページビュー)を稼ぐだろうと思う。

 ちなみに今まで一番スゴイと思ったマーケティング資料は日産自動車の「ウイングロード」。20代前半の若者に関する考察は出色だった。もちろん「で、このクルマなの?」という空気がその場に満ち溢れた。素晴らしいマーケティングができていながら、(マーケティングほどには)素晴らしくないクルマが出来上がることは、実に興味深い。

「専用ボディ」「200万円切り」がヒットの要因

 さて、新型インサイトである。このクルマのマーケティング資料も実によくできていた。念のため付け加えておくとクルマの出来もいい。「ハイブリッド専用ボディ」と「200万円の壁」。この2つが売れるハイブリッドの要点だとホンダは主張している。そしてインサイトはこの2つを実現した結果、目標の数倍となる受注実績を獲得するに至った。

 ヤマグチ氏はプリウスと似ていることを指摘しているが、それは「誰でも分かるハイブリッド専用ボディ」の証明なのだから仕方がないとも言える。いま、1.5BOX型でスライドドアを持つミニバンの新型車が登場しても「アレにそっくりだ」と非難する人はいない。それがミニバンのカタチだからだ。

カタチが似ているのは見逃してやってくれ

 空力重視のオニギリ形の屋根と、それゆえに高くなってしまうリアハッチの視界確保のためのガラス。2009年のいま、これこそ誰もが認知するハイブリッド専用車のカタチなのである。「前任者と同じことはしたくなかった」という言葉は、ホンダの開発責任者からよく出てくる言葉だ。そんなホンダをして「ハイブリッド専用車」というカタチの解は、結局これしか無かったのだろう。

 もうひとつの「200万円の壁」。これを破ったことこそインサイトの最大の価値である。軽自動車以外では日本で最も売れているフィット。それにあと少し足せば買える189万円という価格。新型プリウスが当初より大幅に安くなるそうだが、それでもこの価格帯での1割以上の差は大きいのではないだろうか。そもそもインサイトとプリウスでは車格が違う。フィットにもう少しお金を足せば狙えるインサイトと、輸入車や大型車からの代替もあるプリウスとでは、ターゲットカスタマーも本来違うはずだ。だから内装のつくりも違う。

 フィットとインサイト、どちらにするかを悩む人にとって、あの内装は「別にフツー」のはずである。車格の違いはトヨタも認めていて、近い将来インサイト対策の新型ハイブリッド専用車を投入するといっていた。なのに、プリウスの値下げを断行したトヨタ。ハイブリッドの代名詞は渡さないという強い決意を感じさせる。

本体価格差を考えるとフィットのほうがトク?

 冷静に考えると、10.15モード燃費24km/lのフィットと30km/lのインサイトでは、価格差を取り返すにはタクシー並みに走らなければならない。実際、そう思う人は多いようで、インサイトを見にきた客が、より安くて広いフィットや3列シートを持つ「フリード」などに流れることも多いと聞く。おかげでホンダは今年度の国内販売目標を上方修正している。

 むかし三菱自動車が「クルマ選びはミツビシミテカラ」と長嶋一茂氏に言わせていたが、けだし名言。最近ではマツダが「調べてみたらマツダでした」というCMを流し始めた。クルマへの情熱が失われる中、トヨタ・日産・ホンダ以外のメーカー販売店は店を訪れてもらうことにすら非常に苦労しているようだ。ハイブリッドに有利な減税や補助金施策もあり、ハイブリッドを持っているかどうかが客寄せに大きく響く。インサイトの価値は単体では測れないのだ。となると、今年の国内販売合戦はいっそう大きく明暗が分かれそうだ。 (馬弓 良輔「カーセンサー」アドバイザー、前編集長)

nikkeibp.co.jp(2009-05-12)