ホンダ・インサイト:低価格でよく仕上がったハイブリッド車、
視界の悪さは要改善


 
 低価格を打ち出したホンダの新型ハイブリッド車「インサイト」に試乗した。実質燃費は安定してオンボードコンピュータ上の表示で18〜19km/Lを維持する性能を備え、走りも軽快で、なかなか快適な走行感覚のハイブリッドカーに仕上がっていた。  安さの秘訣は三つほど理由があるようだ。一つは、人気車種「フィット」のプラットフォームなど、使える部品を共用化したこと。ハイブリッドシステムのIMA(インテグレーテッド・モーター・アシスト)の小型・高効率化。そして鈴鹿製作所内のハイブリッドシステム専用の生産ラインの設置である。

 フィットのプラットフォームを活用するといってもエンジンルームまでで、後半部分はフィットの特徴であったセンタータンクの燃料タンクも後席下へ移動させるなど、専用設計となっている。小型化したバッテリと制御ユニットを一体化したPCU(パワー・コントロール・ユニット)を後輪左右の間にまとめて置くことで、後席背もたれ前方へ倒し、荷室を拡大できるようにしている。荷室の深さはそれほど確保できていないが、それはやむをえないだろう。

 IMAは、低中速でのモータ走行領域を以前より増やすため、これまで45km/hほどでモータ走行をやめていたのを、軽負荷であればそれ以上の速度でもバッテリの電気容量を見ながらモータ走行するようにしている。試乗して印象に残るのは、とても滑らかな加速感覚だ。わずか1.3Lエンジンではあるが、1200kgを切る車両質量も功を奏しているのだろう、速度の乗りがなかなかよい。小排気量エンジンがいかにも頑張っているといった無理な感じがしない。

 新型インサイトには、現行の「オデッセイ」にも装備されているECONスイッチがあり、これを入れると、エンジン出力制御/アイドルストップ領域拡大/IMAの回生量増加/エアコンの省エネ化などが行われ、より低燃費の走行モードとなる。このモードに入れてみても、市街地での走行や、高速道路での巡航で出力不足を覚えることはなかった。唯一、高速での追い越し加速でやや速力が鈍いなと感じさせる程度だった。

 ダッシュボードの高い位置に置かれたデジタル式速度計の周囲は、低燃費運転時には緑色の照明となり、燃費の悪い状況では青に色が変わる。これを目安に運転すると燃費が伸ばすことができる。この色は運転中にも眼の端にとらえることができ、かなり参考になる。

 そのほかにもエコドライバー表示やリーフの表示によるティーチング機能などもあるが、メータ内の表示になるため、視認性は速度計の色変化に劣る。タイヤは二つのサイズがあり、偏平でないタイヤの車種を選んでも、けっこうゴツゴツとした乗り心地だ。これには、低燃費タイヤ特有のゴムの硬さも影響しているのかもしれないが、もう少し乗り心地にしなやかさが出ると、小型高級車とでもいえる上品なハイブリッドカーになるだろう。静粛性には優れるのだから、そうした上質さがあってもいい。

 後席は、横幅に問題はないが、身長が167cmの私でも天井に頭が触れる窮屈さがある。天井が低いため、後席背もたれに正しく背と腰を当てて座ることができない。この点について、後席を重視する人には「シビックハイブリッド」があるので、インサイトでは空力重視の外観を優先することに割り切ったと開発責任者は説明した。インサイトのスタイルは、風洞の中で作りこまれたという。通常は1〜2人乗りがほとんどという使い方であれば、この後席でも支障はない。私も1時間ほどはこの後席で移動できたのだから。

 後席の少々の窮屈さはともかくも、全体的には低価格でよく仕上がったハイブリッドカーというよい印象がある。ただし、ハイブリッドである以前に、クルマとしての課題が残っている。それは、フロントウィンドーにダッシュボードが映りこむことと、フロントピラーが生み出す視界の悪さ、ルームミラーの低さが生み出す前方上方向の視界の悪さだ。

 フロントウィンドーへの映りこみは、初代フィットのころから私が指摘し続けてきていることだが、いまだ改善が進まず、ホンダ車の悪癖となりつつある。なぜ、ダッシュボード上面にこれほどの凹凸をデザインするのだろうか?デザイナーの思い入れはあるのだろうが、これでは機能美になっていない。

 フロントピラーは、右斜め前方の視界には多少配慮をしたようだが、たとえば路地から表通りに出るといった状況で、左から近づいてくるクルマの姿を左のフロントピラーが隠し、安全確認をしにくくしている。したがって、かなり表通り側へクルマの鼻先を出さなければ、近づいてくるクルマの有無を確認できないのである。そうしているうちに、前へ出すぎて、右から来るクルマへの注意が疎かになり、危険を伴う。

 またルームミラーはフロントウィンドーに接着されているのだが、その接着位置が低いため、斜め上方の視認性を悪くしている。それほど上を見たいわけではないが、人の動きを表情で読み取ろうとしても、顔が見えないので、その人がただ立っているのか、歩き出そうとしているのかといった判別がつきにくくなる。

 こうした視界の悪さによって、インサイトを運転していると次第にストレスが溜まって、神経が苛立ってくる。ホンダは、衝突安全やコンパティビリティには熱心だが、そもそも運転するドライバーが安全を確認できるかどうかという視認性については実に鈍感だ。先代オデッセイも視認性の悪さでは定評があり、現行車でようやく改善を見たが、その後に出てきたインサイトでまたこういう状態にある。事故を起こした後は安全だが、その前に事故を起こす恐れがあるようでは本末転倒ではないか。

 走行性能や燃費性能、また実用性など、189万円で納得できる性能は作りこまれたが、クルマとしての安全の基本をおざなりにしたインサイトには、実に残念な思いが残る。購入した人は、くれぐれも前方を注意して運転することを肝に銘じてもらいたい。 <<御堀直嗣のテクニカル・インプレッション >>

nikkeibp.co.jp(2009-04-17)