ホンダ、“心が読める”ロボットを開発

 ホンダ(HMC)が斬新な技術の開発を進めている。といっても、次の新型車に搭載するようなものではなく、頭の中で思い浮かべたイメージだけでロボットを制御する技術だ。

 同社は3月31日、東京で記者会見を開催し、人間の脳の活動を読み取り、その指令通りに2足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」を動作させる装置を発表。4種類の動作の指令を90%の正答率で認識できるという(このように、脳の活動を読み取り、ロボットなどの機械を制御する技術のことを「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」という)。

 今回発表されたBMI技術は、ホンダの子会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン、国際電気通信基礎技術研究所、島津製作所が共同開発した「非侵襲型」と呼ばれるタイプで、脳内に電極を埋め込んだりせず、特別な訓練も必要ない。アシモを操作するには、極秘構造の大型装置につながっている特殊なヘルメットを装着する。これは、脳波計(EEG)と近赤外光脳計測装置(NIRS)という2つの機器を使って、脳の活動を測定する仕組みになっている。

 この技術の特徴は、脳内の電気信号を計測するEEGと、脳の血流変化を計測するNIRSを併用する点にある。数時間の準備作業を経れば、右手、左手、足、舌のいずれか1つを動かす様子を頭の中で思い浮かべるだけで、アシモがその部位を実際に動かす(ただしアシモには舌はないため、代わりに右手を口に持っていく)。

 従来のシステムで用いていた機能的核磁気共鳴画像(fMRI)という技術では、伝えたい動作を思い浮かべるだけでなく、実際にその動作を行う必要があった。しかし今回の技術はfMRIよりもはるかに正確で、しかも人体に対する装置の締め付けが少ないため、扱いもラクだという。

驚きに包まれた記者会見の参加者

 ホンダはいずれこの技術を発展させて、買い物袋を両手に抱えたままで車のトランクを開けさせたり、暑さや寒さを感じた時にエアコンを作動させたり、家庭用ロボットに家事の指令を出したりといった実用化につなげたいと考えている。

 記者会見の中で、ホンダ・リサーチ・インスティチュートのシニアサイエンティスト、岡部達哉氏は、「皿洗いから手が離せない時、頭の中で念じるだけで、植木の水やりをロボットに行わせることも可能だ」と述べ、会見の参加者たちの目を見張らせた。

 残念ながら記者会見では実演はなかった。その理由として、会場の広さが十分でないことや、被験者が緊張して集中できない恐れがあることなどが挙げられた。だが、将来的には実演の場を設ける予定だとし、短い動画で実験の様子が紹介されるにとどまった。

 ビデオでは、ヘルメットをかぶった被験者が4つの動作のいずれかを伝えるカードを見せられ、その動きをイメージすると、脳の活動が読み取られて、数秒後にアシモが右手を挙げた。カードの指令通りだ。

 この技術が実用化に至るのは、数十年後のことになる。問題の1つは、脳の動きが一人ひとり異なる点で、そのため現時点では、指令者の脳の活動パターンを認識する準備作業に数時間がかかる。

 また、指令を思い浮かべてから実際にアシモが動くまでに約7秒かかることや、装置がかなり大きいことも問題だ。さらに、複雑な情報の読み取りをどうするかという課題もある。

 右手を動かすといった直接的な指示で脳の活動パターンを認識するのに比べ、岡部氏が言う植木の水やりといった指示はかなり複雑である。例えば、水やりの指示をアシモに出すとしたら、単一の行為をイメージすればいいのか、それとも複数の手順に分割する必要があるのか。

 さらに言えば、脳のイメージだけで車を運転することは可能だろうか。「その可能性は否定したくないが、課題は多い」と、ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンの新井康久社長は話す。「実用化はずっと先の未来の話だ」と同氏は述べたが、どのくらい先になるのかは明言しなかった。

不況下での投資は賢明か

 ホンダの株主からすると、この不況下で脳技術への投資が理にかなっているのかという点も心配になるかもしれない。
 同社はこの技術への投資額を明らかにしていないが、現在の環境が厳しいことは誰の目にも明らかだ。日本での報道によると、ホンダと違い2009年3月期の決算が赤字に転落する見通しのトヨタ自動車(TM)は、年間配当を減らす方針だという。

 ホンダは、他社に比べればましな状況ではあるものの、生産台数の削減(BusinessWeekチャンネルの記事を参照:2008年12月20日「堅調だったホンダも赤字に転落」)や期間従業員の解雇、国内新工場の稼働延期などを実施。自動車レースの最高峰フォーミュラ・ワン(F1)からも撤退した。

 この状況でなぜホンダは脳技術への投資を続けているのかと問われ、新井社長は次のように述べた。「それは難しい質問だ。当社の機械は人間が使うものであり、我々は人間のニーズについて考えている。機械は人間の思い通りに動くのが理想だ」。

《追記》
  ☆本田技研工業情報「Honda、ATR、島津製作所が共同で、 考えるだけでロボットを制御するBMI技術を開発」ここをクリック

nikkeibp.co.jp(2009-04-06)