好調「インサイト」の悩み
中高年に人気も、ファミリー層にハードル

 「昨年秋以降、クルマ販売が低迷していたのがウソのようだ。新型『インサイト』は、当社が扱う新車として過去最高の売れ行きになっている。『フィット』を上回る勢いだ」。神奈川県内に20店舗を展開するディーラー、ホンダカーズ中央神奈川の相澤賢二会長はこう顔をほころばす。

 ホンダが2月6日に発売したハイブリッド専用車、インサイトの出足が好調だ。発売から11日で1万台を突破。2月以降の国内販売では、首位になる可能性も出てきた。
 インサイトの特長は、ガソリン1リットルで30km走行できる低燃費と189万円からという手頃な価格。一見すると、節約志向のファミリー層に受けるクルマのように思えるが、現時点までの購入者を分析すると、意外な傾向が浮かび上がる。ホンダカーズ中央神奈川が販売した109台のインサイトの購入者を見ると、60代が30%、50代が24%を占める。

 中高年とレース好きが支持

 子供が独立した後の中高年夫婦に支持されているという。ミニバンなどの大型車は不要だが、軽自動車やコンパクト車よりは上位クラスのセダンに乗りたいと考える中高年をつかまえた。

 その傾向を裏づけるのが、購入理由だ。1位は「外観・スタイル」。フロントからリアまで続く直線的なラインや、精悍なフロントマスクに魅力を感じる人が多い。2位以下の理由に、「燃費」「ハイブリッド専用車」が続き、「価格」は4位だった。

 「カッコよさ」を重視する20〜30代にも、一定の評価を受けている。レース仕様のクルマを好む層に、「リアウイング」などのエアロパーツが売れている。「予想の2倍の注文がある」(「無限」ブランドでインサイト専用パーツを販売するM-TEC)。車高が低く、クーペに近い空力抵抗を意識したデザインと、相性がいいようだ。

 若年層向けの販売を下支えするのは、ホンダがインサイトで初めて導入した「残価設定型ローン」。頭金なしの3年ローンで、2カ月目以降は月々3万4100円の支払いで購入でき、最終回に販売店に引き取ってもらうか、90万円で購入するかを選択できる。残価が約50%と高いのが魅力だ。

 東京都世田谷区のホンダ販売店では、ローン販売の比率が25〜30%に達するが、「インサイトのローン購入者の半分弱が残価設定型」と言う。

 快走するインサイトだが、その勢いが持続するかどうかは楽観視できない。新車は発売から2〜3カ月は好調でも、その後に失速するケースがある。

 現時点でインサイトを購入するのは、中高年や若者など主に“2人乗り”用途の顧客が目立つ。後部座席のシート面から天井までの高さは、競合するトヨタ自動車の「プリウス」と比べて中央部で2.5cm低く、身長180cmの大人が座るとやや窮屈だ。ファミリー層を開拓するハードルになるかもしれない。

 5月にはトヨタが新型プリウスを発売する予定だが、現行モデルも装備を簡素化して200万円程度で併売する構えだ。既にインサイトは納車に時間がかかっており、人気の高いグレードや色では、4月末になる場合もあるという。納車が遅くなれば、トヨタに顧客が流れる可能性がある。

 伊東新社長、最初の課題

 新型インサイトの開発を主導してきた福井威夫社長は、同車の販売好調を見届けるかのように先頃、6月末で伊東孝紳専務に社長を交代すると発表。会見では「インサイトだけに終わるのでなく、毎年のように二の矢、三の矢を出していくことが重要」と強調した。

 同席した伊東専務も「インサイトのような燃費や環境性能に優れた商品を求めやすい価格で作るのがホンダの持ち技。この開発スピードを上げていくことが私の最大の責務」と語った。

 6月末で相談役に退く福井社長が乾坤一擲のプロジェクトとして世に送り出したインサイト。その好調を新型プリウス発売後も維持し、ホンダを代表する「国民車」に育てられるかが、伊東氏率いる新生ホンダを占う最初の試金石となりそうだ。<< 日経ビジネス3月2日号10ページより >>

nikkeibp.co.jp(2009-02-26)