「今のホンダに足りないことは?」
「伊東新社長を一言で表現するとどんな人物か」
---ホンダ新旧社長への質疑応答



 ホンダは2009年2月23日,社長交代の人事の内定に関して記者会見を行った。その会見における記者からの質問に,ホンダの新社長に内定した伊東孝紳氏と,社長退任と相談役就任が内定した福井威夫氏の2人が答えた。

──伊東氏に社長就任を打診したのはいつか。どう話したのか。
福井氏:いつが良いか,いろいろ考えた。正月休みにゆっくり考えられた方がいいと思って休み直前に話した。「そろそろ交代の時期だ」と話した。

──伊東氏は,(ホンダの研究開発子会社である)本田技術研究所の社長も兼務する。その狙いは?
福井氏:本田技術研究所とホンダが別会社の形態を採る方が,長期的にはホンダのためには良いと思っている。しかし,現下の厳しい情勢,直近の1,2年を何としても切り抜けるには,即断即決のスピーディーな経営判断,コンパクトな経営陣というのが非常に重要だ。こうした理由で,今回は兼務にした。

──新社長として,何が一番の課題と考えるか。
伊東氏:顧客が求めている商品/技術を,いかに素早く投入するかに尽きると思っている。今回発売した(ハイブリッド車の)「インサイト」は非常に好評だが,燃費や環境性能に優れたクルマを比較的お求めやすい価格で提供することは,もともとホンダの持ち技。この方向性は確固たるものと考えている。これをいかに強化し,スピードを上げていくかが,私の最大の責務だ。

──今のような経済危機のときに社長が交代しても良いのか,という悩みはなかったか。
福井氏:2008年11月以降の非常に厳しい状況は,社長交代を考えるには想定外だった。とうことは,その前にある程度は方向性を決めていたということだ。正直,迷った。(しかし,)方向性の判断はかなり行ったし,この厳しい時期を乗り越えた後の加速力や成長性を考えると,このタイミングはむしろ良いと判断した。

──伊東氏はなぜホンダへの入社を志望したのか。
伊東氏:学生時代に飛行機の勉強をしていた。友人といろんな会社を回っていた時期があった。当時,ホンダの本社は原宿にあって,そこで人事の担当の方とお茶を飲みながら話をした。「ウチの会社,飛行機も造るかもしれないよ」と言われた。私は2輪車好きなのでホンダに興味はあった。「(その上)飛行機もやれるかもしれない。こんないい会社はない」と思ったのがきっかけだ。

──ホンダを将来どんな会社にしたいか。
伊東氏:どこまでの将来が私の責任の範ちゅうかという話もあるが,思うところを言えば,ホンダはもともと楽しい会社。あそこの会社が出すものは面白い(と思ってもらえている)。(ホンダには「わが社のモットー」として)「作って喜び,売って喜び,買って喜ぶ」という言葉があるが,まさにそれの具現化に尽きると思っている。
 ホンダの製品を買って,「非常に良かった。楽しい」(と顧客が思ってくれる)。そういう製品を売ることが喜びにつながる。また,そうした製品を開発したり生産したりすることはとっても楽しいと。そんな喜びの輪が回る会社が理想だと思う。

──今のホンダに足りないことは?
伊東氏:そこ(三つの喜び)に向けて取り組みが若干,意気消沈している点,と考えている。もう一度,三つの喜びに立ち返って,「そういうものだよね,みんな楽しくやろうよ」ってモチベーションを上げて,がんばることだ。

──逆にホンダの強み,ここだけは負けないという点はどこか。
伊東氏: 難しい質問だが,福井さんを見ても分かるが,ホンダという会社には偉ぶる人はいない。社長になっても現場の近くにいる。ホンダの強みは,ヒエラルキーじゃなくて,全員がものづくりを好きだということ。そうやって現場と近づいて,一緒に考えていける風土,文化があることが,ホンダの絶対的な強みだ。

──伊東専務を社長に選んだ理由は?
福井氏:やはり,ホンダの社長はクルマや2輪車が好きでなければダメ。それがまず一つだ。そして,現場を大事にする気持ち。後は何といっても,心身のバイタリティー。そして,行動力と決断力だ。

──伊東氏のことを一言でどう表現するとどうなるか。
福井氏:タフだ。

──社長就任を打診されたときの印象はどうだったか。
伊東氏:非常に光栄だというのが47%ぐらい。いやこれは参った,大変になりそうだなというのが53%ぐらいだった。とはいえ,よく考えた上で,もしもやれるならやりがいのある仕事だし,ぜひやらせていただきたいと思って(福井氏に)返事をした。

──福井氏が社長交代を決断した最大の理由は何か。
福井氏:企業の永続性には内部の人間,とりわけ経営陣の世代交代が非常に重要だからだ。私は社長を6年務めることになったが,数年で世代交代していくことが企業の永続性にとって非常に重要だと思っている。

──福井氏が社長時代に最も大きな喜びを感じたことは何か。また,最大の決断は何だったか。
福井氏:直近で印象深かったことと言えば,(ハイブリッド車の)「インサイト」の発表会だ。6年間で相当な数の新車の発表会に出席したが,インサイトほどメディアの関心が高かったものはなかった。これは「喜び」とは異なるかもしれないが,印象深い発表会だった。こうした発表がインサイトだけで終わるのではなく,2の矢,3の矢と,毎年のように続けられるようにすることが重要だと再認識している。
 大きな決断もいろいろした。(小型ジェット機)「HondaJet」など新しい事業に参入することは非常に大きな決断だが,直近のもので言えばやはり,F1の撤退だ。

──あえて一つ挙げるとすると,社長としてやり残したことは何か。
福井氏:やり残したことはいっぱいあるから難しい。例えば,「スーパーカブを超えるスーパーカブを造りたい」ということは,ずっとやってきてもできなかった。もっとも,これは永遠の課題かもしれないが。

──新社長として変えたいことは何か。
伊東氏:チェンジのためのチェンジは全く狙っていない。もともとホンダは,世の中に敏感で,素早い行動で,お客様に喜びを早く還元することを得意としてきた。あえて言うなら,若干そこにスローなところがあると認識している。それは,技術開発でも,組織上のいろいろなつながりにおいてもあるかもしれない。今,これほど(経済環境が)大きく変化するときに,それに先んじて動ける会社でなければ永続性は望めない。その意味では,感受性があって,行動力が備わっている会社にしたいというのが,私の思いだ。

──現在,国内市場は非常に厳しい。伊東氏が考える,今後発売したい魅力あるクルマのイメージを教えてほしい。
伊東氏:国内市場が若干芳しくないのは,お客様がクルマを必要としないというのではないと私は思う。「買いたいな」と思っていただけるクルマを出せない企業側の責任はかなりあると考えている。可能か不可能かは別として,例えば,燃費が今のクルマの2倍どころか,3倍も優れるクルマや,お客様が10人も20人も乗れる小さなクルマなど,現在のクルマの「決まった形」というものに対して,新たな発見を提供すること(が大切)だと思う。
 そういう意味では,これまで自動車産業は「通り一遍のクルマ」を出せば売れるという,少し安易なサイクルで回っていたのかなと思っている。お客様は今,どういうことを望んでいるのかについて,もう一度真摯に勉強することが肝要だ。

──世界同時不況の影響を受けて,今後のリストラ策として伊東氏が考えているものはあるか。
伊東氏:「100年に1度」と言われる大変な時期に来ていると思っている。希望を言えば,来期の下期に少しでも市場が回復の兆しが見えてくれればなあ,というふうに思うものの,それに頼っていると(会社が)ひっくり返るというレベルの厳しさで考えている。従って,経営資源の集中や選択など,いろいろな意味でのアクションは考えていかなければならないと思っている。

──今後の雇用問題についてはどう考えるか。
伊東氏:雇用は難しい問題だが,企業の命題はきちんと税金を払い,雇用を確保していくことだとの認識でこれから運営していきたい。

──これからのホンダは,モータースポーツに対してどのように臨んでいくのか。
伊東氏:(F1から撤退するなど)若干縮小気味であるのは非常に残念という認識だ。モビリティーにかかわる者として,レース活動は非常に挑戦的であり,楽しいものでもあるはずだ。残念ながら企業の体力としては若干,風邪気味なので,早く完治してもう一度,その喜びに邁進したいと考えている。 <<高田 憲一=日経ものづくり,近岡 裕=日経ものづくり>>

nikkeibp.co.jp(2009-02-23)