プリウスvsインサイト、
ハイブリッド対決の勝者はどちら?

 ハイブリッド車は特効薬となり得るか

 アメリカで自動車産業の再生プログラムが始まった。新しいハイブリッド車の誕生にも期待が集まっている。しかし、米社のハイブリッド車が本格普及するには、まだ数年は要するだろう。

 そんななか、1月のデトロイトショーでデビューしたトヨタ「プリウス」とホンダ「インサイト」は、世界に注目されながらの船出となった。果たしてハイブリッド車は自動車危機の救世主となり得るのか? 今回は新型のプリウスとインサイトに注目してみたいと思う。

 今回のプリウスは3代目となる。初代プリウスが誕生したのは、京都で「気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)」が開催された1997年のこと。いわゆる「京都議定書」の締結に間に合わせる形で、デビューを果たしたのである。

 このプリウスは世界で初めての量産ハイブリッド乗用車であるが、実は欧州では以前から乗用車のハイブリッド化が考えられていた。例えば、1996年にはアウディのディーゼルハイブリッド車「DUO」が、ドイツの法人向けにリース販売される計画があった。外部から充電できるプラグインタイプのハイブリッド車であったが、プリウスのコンセプトを聞いたアウディは、このモデルの実用化計画を中止させたという。

 さらにさかのぼれば、1900年のパリ博覧会にてフェルディナンド・ポルシェが自分の名前を冠した「ローナーポルシェ」というハイブリッド車を発表している。ガソリン自動車が誕生して間もないころから、ハイブリッド車を考えていたポルシェ博士の先見性には驚かされる。このように100年も前からハイブリッド車の構想はあったが、結局はバッテリーの性能がネックとなり、本格的な普及はプリウスの誕生まで待つことになった。

 成功したのはプリウスだけ

 初代プリウスの特徴は、単にエンジンと電気モーターを組み合わせただけではなく、ハイブリッド専用のエンジンを開発したり、電気的CVT(無段変速機)と呼ばれるトルク分配器を実現したり、多くの独自技術を見ることができたことである。

 2003年には2代目プリウスが発表された。ボディスタイルはセダンから5ドアハッチへと転換している。そして「エコだけど走らない」といわれた初代の弱点を補うべく、パフォーマンスを大幅にアップさせたことが、成功につながった。このころからアメリカでもプリウスの人気が高まり、ハリウッドスターもプリウスに乗るようになった。

 トヨタはこの間に数々のハイブリッドカーを実用化している。ミニバンからレクサスの最高級車、さらにはSUVまでもハイブリッド化している。だが、成功したのは結局、プリウスだけであった。

 それでは3代目プリウスはどんなコンセプトで開発されたのだろうか。

 チーフエンジニアの大塚明彦さんは、初代プリウスや2代目のように明確なメッセージを出しにくいと感じている。コンセプトは「機械としてのハードウェア価値をしっかりと見直すこと」とし、ハードウェアの熟成に努めた。このエンジンは初代プリウスと同じアトキンソンサイクルを使うが、圧縮比は13対1と非常に高い。

 排気量は1.5Lから1.8Lに増えたので、高速走行に余裕が生まれた。その結果、エンジン回転数を下げることができ、燃費も向上している。さらに「クールドEGR」と呼ばれるシステムを採用した。これは水冷却された排ガスを再び吸入ポートに戻すことで、混合気を冷やすことができるというもの。窒素酸化物(NOx)が低減しやすく、しかも充填効率が高まる効果が得られる。

 エコを主張できるクルマ、できないクルマ

 電気駆動システムはシステム全体の小型軽量化が進んでいる。トランスミッションは減速ギアをモーターとプラネタリーギアの間に置くことで、モーターの回転数を高めることに成功した。従来の6500回転から1万3500回転へと高まったことで、モーターを小型化することができたのだ。コンバーターが500Vから650Vに高まったことも、システムの小型化に貢献している。

 快適性を高める先進技術としては、新たに採用された「ソーラーベンチレーションシステム」と「リモートエアーコンディショニングシステム」が挙げられる。前者は太陽エネルギーを使って空調ファンを駆動させ、車室内を換気するものだ。特に夏場の室内温度上昇を抑制してくれる。さらに、車外からワイヤレスキーによって、エンジンを使わずにハイブリッドバッテリーでエアコンをリモート作動させることも可能になった。

 空力性能を示すCd値は0.25と、すばらしい値を実現し、スタイリングも2代目より格好良くなっている。タイヤは転がり抵抗が少なく、雨でも安心して使えるブリヂストン製「ECOPIA(エコピア)」(「iQ」と同じタイヤ)を採用。タイヤのパンク修理剤も使い勝手が向上している。バッテリーなどが小型化したおかげで、トランク容量は従来の415Lから445Lに拡大し、ゴルフバックなら3つは収納できるようになった。


 一方、2月5日に日本国内で正式発表したばかりの、ホンダのインサイトは190万円を切る低価格が話題となっている。  ホンダのハイブリッド車の歴史は1999年に誕生したインサイトから始まるが、プリウスのようには成功しなかった。初代インサイトは2人しか乗れず、実用性に乏しかったことが失敗の原因だろう。

 しかし、ほかのホンダのハイブリッド車も決して順風満帆ではなかった。「アコード ハイブリッド」や「シビック ハイブリッド」は専用ボディでないために、ハイブリッド車に乗っているという“主張”がしにくい。つまり目立たない存在であったことが売れない理由であった。少なくともホンダはそう考えたのだろう。

 今回発売された2代目インサイトは、実用性とコストを重視して開発された。プリウスと同じような5ドアのパッケージを持ち込んだことで、見た目にも若々しいイメージを打ち出すことができた。

 世界とのハイブリッド戦争に向けて

 2代目インサイトに搭載されるのは、88PSで気筒休止するという先進的な1.3LのSOHCエンジン。ハイブリッドシステムは徹底的に小型軽量化が追求されていて、組み合わされる電気モーターは新設計の13PS(9.7kW)の小型モーターのみ。このモーターは、加速時は駆動用、減速時は発電用に使われる。

 バッテリーは三洋電機と共同開発したニッケル水素タイプ。内部のモジュール数を減らすことで、大幅に小型になり、重量も低減した。そのバッテリーはリアの低い位置に搭載されるので、低重心で安定した走りを可能としている。

 プリウスがハイブリッドのコア技術である電気駆動システムを積極的に使う考えを持っているのに対して、インサイトは電気駆動をアシストと割り切りっているところが対照的だ。インサイトのエンジンと電気モーターを合わせた最大トルクは167Nmと、1.8Lクラスのクルマと同じパフォーマンスを得ている。それでいながら車幅が1695mmなので、5ナンバーが与えられた。また、ドライバーにエコドライブをリードしてくれる「エコアシスト」というユニークな技術も採用されている。

 実際に乗ってみると小気味よく走るコンパクトカーという雰囲気である。サスペンションは少し硬めであるが、転がり抵抗が少ないタイヤを履くのでやむを得ないだろう。燃費はリッター当たり30km/h近い数字をマークすることは可能だ。

 新型プリウスのステアリングはまだ握ったことがないが、スペックを見る限り、インサイトとプリウスは、まったく異なるコンセプトであることは明確だ。プリウスは、より上質な方向に進化している一方で、インサイトは低価格なハイブリッド車に挑戦している。

 したがって「どちらが優れているのか?」という俗っぽい質問には答えることができないが、ハイブリッドの多様化が進んでいるのは間違いない。両社のハイブリッドの価格差は50万円以上もあるので、トヨタは旧型プリウスを併売する考えのようだ。

 トヨタとホンダの新たなハイブリッド戦争は勃発したばかり。そしてこれから、世界とのハイブリッド戦争がいよいよ始まろうとしている。 (モータージャーナリスト 清水和夫氏 2009年2月10日)

nikkeibp.co.jp(2009-02-10)