「勝ち残るための強みは何か」
「非正規社員の雇用は?」
---トヨタ新社長の豊田章男氏への質疑応答

 トヨタ自動車は2009年1月20日,社長以上の役員人事について内定したと発表。その発表の記者会見において,新社長に昇格することが内定した豊田章男氏が報道陣の質問に答えた。

──「100年に一度の危機」と言われる厳しい経済環境の中,米国でオバマ大統領が就任する。その同じ日にトヨタ自動車の社長への内定が決まった。これをどのように感じているか。また,オバマ新政権に期待することがあれば教えてほしい。

 大変大きな質問でどう答えてよいか分からないが,偶然にもそうした日が重なったことについては光栄に感じている。我々自動車業界は,昨年(2008年)が「T型フォード」が誕生してちょうど100年目だった。同じ時期にGM社が産声を上げた。そして,ちょうどこの(100年という)タイミングで,「100年に一度」とも言われる経済危機に見舞われた。
 これにはどういう意味があるのか。この100年,すなわち20世紀の間には,自動車産業が発展できた理由が多々あったと思う。産業革命が始まり,それを支援した企業家がいた。労働者が即,消費者になるという労働分配の仕組みがあった。そして,その消費者が我々のお客様となり得る「ミドルクラス」(の顧客層)が形成された。さらに,自動車産業への憧れや賞賛もあって,20世紀には(自動車業界が発展する要素が)すべてがそろっていたと思う。
 ところが,ちょうど100年たった今,「これまでとは違うぞ」という状況となった。ヘンリー・フォード氏がT型フォードを造る前のお客様の要望は「今より速い馬を造ってほしい」というものだった。当時,米国には1600万頭の馬がいたと聞いている。ちなみに,昨年前半まで,米国には1600万台/年のクルマの市場があった。
 ヘンリー・フォード氏は「今より速い馬を」と望む声に応えて,(それまでとは違う)T型フォードを出したのだ。T型フォードは1車型・1色だけで世界で1500万台を販売したクルマだ。
 こうした背景を踏まえると,市場やお客様は,今のクルマに変わっていくものを期待しているのではないか。その節目の時期に社長に就任するということは,大変重く感じている。21世紀のこれから100年も「自動車,頑張れ」と市場やお客様から言ってもらえるように頑張りたい。
 我々には,素晴らしい販売店,従業員,仕入れ先がいる。トヨタ自動車1社ではなかなか難しいと思うが,みんなで協力すればきっとこれからの100年も(しっかりした)産業として育っていくと思う。

──自動車メーカーはどこも業績が厳しいが,トヨタ自動車が世界で勝ち残るために,必要なものは何か。

 私は,まずは現職(である副社長)を任期満了まで精一杯務めたい。それまで時間があるので,具体策はいろいろと考えていきたいが,基本的な考えは「お客様第一」,「現地・現物」といった創業の原点に回帰し,これまでトヨタ自動車を築き上げてくれた皆さんに感謝しながら,その思いや,彼らが抱いた理想をしっかりと引き継いでいく。一方で,過去に縛られることなく,大胆に勇気を持って変革に挑戦していきたい。

──2009年以降も世界で販売不振が続くと思うが,商品戦略や販売の施策に関して現状で考えていることを教えてほしい。また,これから先のトヨタ自動車の強みは何か。

 言い古された言葉だが,お客様の声をしっかりと聞くということに尽きると思っている。お客様は今,またこの先,どのようなライフスタイルを求めており,どのようなクルマを望んでいるのか。幸いなことに,我々はフルラインアップでビジネスをしているため,その中で(トヨタ自動車としての)役割や使命を考えていきたいと思っている。
 具体的には,営業を担当してから「マーケット・ビジョン」という考えで,今後も販売店がそれぞれの国でトヨタ自動車とともに持続的成長を歩んでいきたいと思えるような商品ラインアップをずっと研究している。しかし,ここに来て急激なマーケットの落ち込みを受け,それがどう影響するかについても,現地と一生懸命考えているところだ。
 トヨタ自動車の強みは,70年の歴史の中において60年の苦労の連続によって培われたものだ。すなわち,こうした苦労の中,「明日は今日より良くなるぞ」と希望を持てたこと,そして,それを支えた現場があったことに尽きる。私自身は「現場に最も近い社長になりたい」とあいさつで述べた通り,この現場を大切にしていきたいと思っている。

──昨年の年末会見で,年間700万台でもトヨタ自動車単体で利益が出る体制にすると発表した。これに向けてどのような具体策を考えているか。

 確かに,現在は新車市場が大変落ち込んでおり,(世界で最大の)米国市場も1000万台/年程度に縮んでいる。だが,この1000万台の意味をよく考えてみると,まず,米国にはクルマの保有台数が2億5000万台ある。それなのに1000万台/年の市場というのは,現在クルマを所有しているお客様が,25年に1回のペースでクルマを買い替えるという計算だ。これはあまりに異常値だと思っている。
 従って,新車市場はいつかは回復してくるだろう。ただ,残念ながらまだ底を打ったという実感を持っていないため,計画は作りにくい。
 こうした中でも,トヨタ自動車は日本では70年,米国では50年,その他,中近東などでも50年と,長年ビジネスをしてきた。これにより,多数のお客様の保有という財産を持っている。こうした方々と共に絆をつくっていくことが,市場が落ち込んだ中でお客様の信頼を勝ち取っていくことだと思っている。今はサービスなどお客様との絆づくりに頑張っているところだ。

──国内の雇用についての考えを聞かせてほしい。

 私は常々,トヨタ自動車という会社は定年を迎えたときに「本当に自分は良い人生であった」と思ってもらえる会社だと考えている。定年を迎えた際に,「自分はトヨタ自動車と共に良い人生だったな」と思ってもらえて,自分の近い存在の人,例えば子供などを再びトヨタ自動車で働かせたいと考えてもらえる会社ということだ。(創業者の豊田喜一郎氏,現名誉会長の豊田章一郎氏に続いて)3代目となる私など,その典型だ。実際,子供や孫を働かせたいと思ってくれる従業員はたくさんいる。基本的な従業員に対する思いは,そういうことだと考えている。
 残念ながら,この市場の急変化によって,いろいろなところにご迷惑をお掛けしていることは重々理解しているが,この気持ちは今までもこれからも変わらないと思っている。

──14年前(1995年)に(現相談役の)奥田碩氏が社長になったとき,「トヨタ自動車は資産をはき出しても雇用を守る」と宣言した。確かに,従業員(正規社員)を解雇することはなかった。しかし,状況が変わり,今は非正規社員の雇用の問題がクローズアップされている。豊田章男氏が社長になって以降,非正規雇用を含めた雇用問題をどのように考えるか。

 私にとって,同じ生産ラインで汗を流したり,机を並べて議論を交わしたりした仲間は,いわば家族のようなものだ。彼ら一人ひとりにとって,働く場は単に生活の原資を得るだけでなく,友人を得たり,自分を成長させたり,社会に貢献する場であったりすると考えている。すなわち,それぞれの人生そのものであり,雇用の安定や維持は,企業にとって極めて重要な役割であると認識している。今後も法律や契約の枠の中で精一杯努力したい。
 中長期的には,これにより企業体質が強くなると確信している。そのためにも,雇用は自ら作り出すものという強い信念を持ち,労使一体で我慢しながら会社を再生させることが重要であると思っている。このことが,企業として責任を果たすための大前提と考えている。

──豊田家の1人としてトヨタ自動車における求心力はどのように作用すると考えるか。

 豊田の姓に生まれたことについて,私に選択権はなかった。私は今までもそうであったように,これからも豊田章男として私がやるべきと信じること,私にできることを精一杯やっていきたいと考えている。
 奥田相談役が(豊田家のことを)「旗」という言い方をするが,私は決して自分のことを旗だとは思っていない。それは名誉会長といった人たちだろう。私も20年後,30年後にグループ各社からそう言ってもらえるように日々精進し,研鑽を重ねていきたい。 <<近岡 裕=日経ものづくり>>

techon.nikkeibp.co.jp(2009-01-21)