普及前夜の燃料電池
自信深めるトヨタ、ホンダ、日産

 走行性能に関し、燃料電池車はガソリン車に追い付いた。コストと耐久性の課題克服に向け、大手3社は協調戦略を強める。

 「いい車さえ出せば、必要な燃料供給インフラは付いてくる。ガソリン車がそうだった」。ホンダの福井威夫社長は、燃料電池車の普及に水素供給施設が前提になるか否かを問われると、こう持論を展開する。

 約100年前、馬車が廃れ、自動車が流行(はや)り始めるなか、蒸気自動車や電気自動車など、本命は混沌としていた。ガソリン車が抜け出したのは、ガソリンスタンドが増えたからではなく、ガソリン車の性能が消費者から支持されたからだ。福井社長はこうした歴史を踏まえている。

 実は、福井社長はほんの4〜5年前まで、環境問題のシンポジウムなどで、「燃料電池車の技術は我々がなんとかする。水素インフラの普及については政府がはっきりと方針を示してほしい」と要望していた。

 ホンダは、昨年11月の米ロサンゼルス自動車ショーで、「世界初の量産型の燃料電池車」と銘打ち、「FCXクラリティ」を発表した。福井社長が、お上頼みから「インフラは付いてくる」との強気に転じた背景には、この最新型燃料電池車の性能に対する並々ならぬ自信からだ。

 FCXクラリティは、出力100kWのPEFC(固体高分子型燃料電池)を積み、最高時速160km、1回の水素充填(じゅうてん)で走行できる航続距離は570km(米LA-4モード走行時・ホンダ測定値)に達する。同社はこの車で燃料電池を革新させた。燃料電池を収めた箱(スタック)の出力密度(体積当たりの出力)を従来比で50%も高めた。燃料電池スタックの大幅な小型化により、スポーティーなデザインを実現した。


 昨年11月の米ロサンゼルス自動車ショーで初公開されたホンダの新型燃料電池車「FCXクラリティ」。縦置きの燃料電池スタックが特徴で、反応で生成した水を重力で効率的に外部に排水できる。

 ホンダに先駆け、トヨタ自動車も昨年9月に燃料電池車「トヨタFCHV」の改良型を公表し、大阪から東京までを水素の補充なしで完走してみせた。水素タンクの圧力を従来の35MPa(メガパスカル)から70MPaに高めて水素貯蔵量を約2倍に増やすとともに、PEFCの熱損失の抑制や制御手法の改良などにより燃費を約25%向上させ、航続距離を約780km(10・15モード走行時・トヨタ測定値)にまで伸ばした。

 トヨタ・FC開発本部FC技術部の大仲英巳担当部長は、「これで燃料電池車はガソリン車の性能に比べ遜色(そんしょく)なくなった」と胸を張る。トヨタFCHVの最高時速は155kmとホンダFCXクラリティに並ぶ。両車とも-30℃の低温始動も実現している。


 白金触媒を10分の1に
 2002年12月に世界に先駆けて燃料電池車の商品化を実現したトヨタとホンダ。当時、ホンダは燃料電池スタックをカナダのバラード・パワー・システムズ社から購入していた。その後、自社製に切り替え、いまや「出力密度は、競合他社を大幅にリードした」(本田技術研究所の加美陽三主席研究員)と自負する。

 また、日産自動車は既に2005年に燃料電池車「エクストレイルFCV」に世界で初めて70MPaの高圧水素タンクを搭載し、500km以上の航続距離を達成。氷点下での始動にも成功している。同社は2003年モデルまで燃料電池スタックを米ユナイテッド・テクノロジーズ傘下のUTCFCから購入していたが、2005年モデルから自社製に変更した。
 自動車用の燃料電池はバラード社が初めて開発し、販売し始めた。2000年ころには「燃料電池車の心臓部はバラード社に握られる」との危惧(きぐ)さえあったが、日本の大手3社は内製化に成功、性能を上げてきた。

 とはいえ、普及への筋道が明確になったわけではないのも事実だ。

 経済産業省は、燃料電池車開発のロードマップを作成。その2006年版では、2010年ころに初期車限定導入(想定年間10万台)、2015年に初期車普及(同100万台)というシナリオだった。だが、現在の日本メーカーの販売実績は3社合わせても100台に満たない。今年、改定される2008年版では、2010年ころに「技術実証から社会実証に」、2015年ころに普及初期とし、想定台数は削除された。

 自動車メーカー各社が独自に開発してきたため、業界全体として、残された課題が整理し切れていなかったことも、普及に向けた推進力を弱めていた。性能面で自信を深めた自動車メーカーはようやくそれに気付き、「協調と競争」に乗り出した。

 実は、トヨタが70MPaのタンクを搭載したのも「ホンダの35MPaと2タイプそろえることで、インフラ側の技術課題を見極める狙いもある」と、大仲担当部長は漏らす。

 昨年1月、PEFCの開発企業などからなる燃料電池実用化推進協議会で、トヨタ、ホンダ、日産の燃料電池開発責任者が集まり、自動車用燃料電池の開発課題の整理と評価方法の提案がまとめられた。「各社がバラバラに開発していても限界がある。残された課題を整理し、大学や研究機関に知恵を借りることで開発速度を上げたい」(日産・燃料電池研究所の飯山明裕所長)との狙いだ。

 ここで整理された各社共通の課題は、やはり燃料電池の耐久性とコストだった。耐久性の目標は5000時間、しかも量産によって将来、低コスト化が見込めることが条件だ。

 耐久性にかかわる燃料電池の劣化メカニズムは解明が進んできた。実は自動車用燃料電池の劣化は走行距離ではなく、発進・停止や加減速の回数に影響される。停止や加速に伴い電極が部分的に高電位になり、触媒を固定している炭素が酸化したり、触媒の白金が膜の内側に溶出したりする。ただ、メカニズムがわかっただけに、「今後、改良していく余地はある」(トヨタの大仲担当部長)。

 コストに関しては、最大の壁は触媒に使う白金だ。量産しても下がる見込みがない。現在、燃料電池車1台当たり約100gも使われ、その原価だけで約50万円にもなる。これを10分の1の10gに減らすことが共通課題となった。1台10gなら、現在のガソリン車の排ガス浄化触媒に使われる量とほぼ同じになる。「4分の1ならめどがたってきたが、10分の1は今の技術では全く見えない」(日産の飯山所長)

 こうした技術課題に自動車メーカー側で解決策を見いだして初めて、国や企業などに水素インフラ整備を強力に働きかけられる。「2015年までにコスト削減を実現できる技術にめどが立てられるかがポイント」と、飯山所長はみている。

nikkeibp.co.jp(2008-07-08)