燃料電池車は究極の解か

 先ごろ、ホンダが6月16日に開催した新型燃料電池車「FCXクラリティ」の工場ラインオフ式に出席してきました。この式典では、普段なら門外不出の燃料電池スタックの製造工程の一部や、車両組み立て工程も見学することができました。

 その詳細については、7月下旬発行の日経Automotive Technology9月号をご参照いただきたいのですが、FCXクラリティの特徴の一つは、非常にコンパクト化した燃料電池スタックをフロアトンネル内に搭載したことです。フロントにエンジンがないことも相まって、これまでの燃料電池車では見られなかった低く滑らかなボディデザインを実現しました。床下に燃料電池を積むことの多いこれまでの燃料電池車とは明らかに違う感じがします。

 エンジン車では実現の難しいデザインを具現化するため、3年間に世界で約200台という非常に限定された販売台数を予定しているにもかかわらず、プラットフォーム、車体ともに専用に開発しました。この点について開発担当者は「燃料電池車の魅力をアピールするには、燃料電池車だからこそ可能になるデザイン、パッケージを形にして見せる必要があった。それを上層部に提案し、受け入れられた結果」と話します。

 今回のイベントでは、自分でハンドルを握る機会にも恵まれましたが、燃料電池に空気を送り込むブロワの小さな騒音とロードノイズだけが高まる中で、背中を押す強力な加速が得られる走行感覚は、エンジン車とはまったく別種の運転する楽しさを予感させるものでした。

 燃料電池車は、燃料に水素を使用し、走行時に排出するのが水だけというクリーンさが最大の特徴です。そのクリーンさゆえに「究極のエコカー」と呼ばれています。しかし私たちは以前から、燃料電池車よりも電気自動車のほうが有望なのではないか、と主張してきました。たしかに燃料電池車の技術は急速に進化しています。今回ホンダがFCXクラリティに搭載した燃料電池スタックは、従来のFCXに比べて容積密度は50%、質量出力密度は67%も向上し、課題とされてきた低温始動性も、−30℃でも可能にしています。

 課題は製造コストですが、今回公開したステンレス製セパレータのプレス成形や、セルを積層してスタックにする工程などは自動化が進んでおり、これをスケールアップしていけばかなりのコスト削減が可能になるのではないかと思いました。そのことを認めつつも、私たちが電気自動車のほうが有望と思うその根拠は、燃料電池自体よりも、主に燃料に水素を使う、という点にあります。

 水素は、単体では天然にほとんどないエネルギですから、化石エネルギなどから取り出す必要があります。現在最も低コストの方法は天然ガスから取り出すことですが、その製造・輸送段階で4割近いエネルギ損失が生じます。また水素は気体エネルギであるため輸送に大きなタンクが必要ですし、供給インフラもまだ整備されていません。これらはいずれも一朝一夕に解決できない問題ばかりです。

 こうした点から、トヨタ自動車や日産自動車は、開発の力点をプラグインハイブリッド車や電気自動車に移しつつあるように見えます。しかしホンダは、(少なくとも表立っては)電気自動車の開発を手がけず、燃料電池車に力を注いでいます。

 その理由について、ホンダの福井威夫社長は記者との質疑応答の仲で、「電気自動車では十分な航続距離が確保できない」ことを挙げます。「現在のクルマと同じ実用性を確保しながらCO2発生をゼロにできる方法は今のところ燃料電池車しかない」(福井社長)。

 確かに、Liイオン2次電池の性能が向上したとはいえ、航続距離が不十分なのは事実です。現状では、実用的な航続距離はせいぜい100km程度でしょう。ただ、こうした問題は、電池の改良だけでなく、社会システム全体で解決するという考え方もあります。一般的なドライバーなら、一度に100km走る機会は1年の間でもそうないのですから、普段は自宅で深夜電力で充電し、たまに長距離走行する場合のためには、急速充電ステーションをあちこちに整備すれば済む話かもしれません。

 ホンダ自身、「もし画期的な性能の電池が登場した場合には、FCXクラリティの要素技術をベースに電気自動車を作ればいい」(福井社長)と、電気自動車の可能性を排除しているわけではありません。燃料電池車でも、電気自動車でも、モータで走ることに変わりはなく、今回感じたエンジン車とは異質の加速感も共通するはずです。

 いずれにせよ駆動の電動化は、クルマの姿や走行性能を一変させる可能性を秘めています。日経BP社は2008年7月23〜25日に、幕張メッセで、カーエレクトロニクスが進化させる自動車技術の総合イベント「AT International 2008」を開催します。最新の電子デバイスやソフトウエア、電子部品、計測機器、材料などカーエレクトロニクスを支える最新の技術や製品が一堂に集結します。会期中は三菱自動車や富士重工業の協力を得て、電気自動車の試乗コーナーも設けます。近未来のカーエレクトロニクスの一端を、ぜひご体感ください。 <<鶴原 吉郎=日経Automotive Technology>>

techon.nikkeibp.co.jp(2008-06-20)