1990年代とは様変わりの円高景色
「円高=自動車産業へのダメージ」はもう古い話

 円高ドル安が1996年以来の水準まで急ピッチで進んでいる。「円高=自動車産業へのダメージ」という構図が長年定着してきたが、90年代半ばの円高当時と比べると、自動車産業の様相は一変している。この間に需要地で生産する「現地化」が大きく進んだからだ。

 連結業績を円に換算するため、円高が影響を及ぼすのは当然だが、実態は利益の大半が現地通貨のまま各国の事業体に留保され、次への投資へと向かう。いわばキャッシュフローの「地域完結」体制が構築され、日本の自動車産業の為替変動抵抗力を強めている。

 「経済のグローバル化が強化されている状況なので、政府に手を打ってくれと申し上げる気はない」。日本自動車工業会の張富士夫会長(トヨタ自動車会長)は19日の定例会見で、為替市場への介入について、きっぱりとこう述べた。

 海外生産が進み、為替変動に強い体質に
 今回の円高は米経済の混迷による「ドル安」であり、日本政府・金融当局が手を打ってもしようがないということだろうが、自動車産業は少々の円高には揺るがないという自信の表れとも見えた。

 2003年から2004年にかけての日本政府の巨額介入は自動車産業には痛し痒しだった。GM(ゼネラル・モーターズ)のリック・ワゴナー会長など米自動車大手首脳は、「円売り介入は日本メーカーへの輸出補助金」と、繰り返し反発したからだ。

 日米自動車摩擦再燃への懸念も生じた。こうした中、トヨタは2005年7月に一部の米国販売モデルの値上げを実施した。価格改定は通常、モデルイヤーが切り替わる秋に行うのだが、タイミングとしても異例であり、摩擦の火種をもみ消すトヨタ流の配慮と受け止められた。

 張自工会会長は19日の会見で、1990年代半ばの円高局面と比較し「当時から各社は体質強化を進めてきたので、(今回の影響は)あれ程ではない」とも語った。体質強化の柱は、為替変動への抵抗力を高める海外生産の拡充だ。

 日本車の生産は2007年に初めて「内外逆転」となった。国内が1160万台、海外は1200万台規模であり、ほぼ1対1。1995年当時の海外生産は500万台に達したばかりであり、内外比率はほぼ1対0.5だったので、10年余りの間に大きく変貌した。

 トヨタが昨年米国で販売した262万台のうち、カナダ、メキシコを含む北米生産車は55%に相当する144万台。95年当時と現地生産比率はさほど変わらないが、北米生産車の規模は2倍強に増えた。

 1981年に日本メーカーで米国生産1番乗りを果たし、北米市場への依存度がトヨタ以上に高いホンダは、北米生産比率も8割と日本メーカーでは最高の現地化を進めている。依然として日本から輸出する車両や部品があるので、日本本社としては円高の影響は免れない。

 海外で上げた利益の8割は日本に戻さず現地で投資
 ただ、すべてを円換算して集計する連結決算に表れる円高の影響を鵜呑みにすると、実力は過小評価ということになる(逆に円安時には過大評価)。ホンダ幹部によると、北米子会社群が決算を締めた後の純利益から、日本本社に送金するのは配当を主体にざっと2割程度という。

 純利益の残り8割程度は米ドルや加ドルで子会社群に留保される。そして新工場や新車開発投資などへと振り向けられる。進出して日が浅い国ではこうはいかないが、進出先での事業が成熟していくにつれ、キャッシュフローは世界各地域で完結していくことになる。

 海外の子会社にとっては為替変動よりも、むしろインフレによる資産目減りの方が怖い。それがグローバル化の一断面だ。

 ホンダは地域別営業利益の約半分を北米で稼ぎ出している。このため、業界では為替変動が最も株価に敏感に反応する銘柄となっている。実際は円ドルレートの変動に最も揺らぎが小さい体質となっているのがホンダである。ここ10年で連結決算がすっかり定着したが、市場ではそれは円換算という「仮の姿」ということが忘れられやすくなっている。      

nikkeibp.co.jp(2008-03-21)