BRICsで「HY戦争」再び?

 ヤマハ発動機がBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)市場において、ホンダとの2輪車勝負に挑む。ヤマハ発とホンダといえば、1980年代に国内の2輪車市場で激しいシェア争いを演じた「HY戦争」が有名だが、その舞台を海外に移すことになる。しかし、かつてのような値引きによる競り合いではない。知恵を絞った販売戦略によって、“巨人”ホンダが圧倒的シェアを持つ新興国市場に切り込む。

 ホンダの2輪車は確かに強い。アジア市場では5割のシェアを握り、ブラジル市場でも75%以上のシェアを確保する。世界第2位のインド市場では、地場の有力企業集団であるヒーローグループと合弁で100〜150ccの2輪車を生産。年間817万台のインド市場(2007年)でその半分に当たる409万台を販売した。

 顧客を富裕層に絞る
 ヤマハ発にとって新興国市場、特に将来は1000万台規模に拡大すると目されているインド市場の攻略は急務。とはいえ、ホンダと同じ土俵で販売台数を競っては勝ち目は薄い。実際、ヤマハ発のインドでの販売台数は2007年に12万台。現状ではホンダに惨敗している。

 そこでホンダと同じ顧客層を狙わない戦略で市場を攻める。例えば、ホンダのメーンターゲットである庶民層ではなく、所得の多い富裕層に絞った商品展開を進める。今年半ばには排気量150ccのスポーツタイプ2輪車「YZF-R15」を市場投入する。商品と顧客層をホンダとずらした「すれ違い戦略」で、価格競争を避ける。そして同時に、高級ブランドとしての認知度を高める戦略だ。

 実は、こうした高付加価値マーケティングで市場開拓する戦略では、既に成功例がある。1999年に1%程度だったシェアを2007年には30%まで伸ばしたベトナム市場の開拓だ。経済発展が進むベトナムで、ヤマハ発は高級感のある大型ショールーム「ヤマハタウン」を都市部に作った。台頭し始めた富裕層にアピールすることで、品質の良い高級ブランドのイメージを定着させて、じわりと販売を伸ばしてきた。

 実際、ヤマハ発はアジア市場では同様の販売戦略を展開してホンダのシェアを猛追してきた。インドネシアやベトナムでは2008年中に新工場を建設して、生産台数でもホンダと互角に渡り合う体制を整えている。その成功モデルをインド市場にも取り入れる。今後3年間でアジア、中南米に投資する1090億円のうち約200億円をインドに振り分ける。既に、デリーに大型の旗艦店を開店しており、今後も各地で同様の店舗を拡大していく予定だ。

 円高・ドル安で視線は新興国へ
 ホンダという虎の尾を踏んではいけない──。HY戦争で著しく体力を消耗したトラウマからか、ヤマハ発社内には長い間、そうした雰囲気が漂っていたという。しかし、今後の成長戦略を描くうえでは、ホンダが強いBRICs市場でのシェア確保は避けて通れない経営課題になっている。

 2月5日に発表した2010年までの新中期計画では、売上高2兆1000億円、営業利益1430億円と成長路線を掲げるものの、目先の2008年12月期の営業利益は前年比2割減となる見通しだ。円高・ドル安の影響が大きく響きそうだからだ。これまでも円高を克服する努力は続けてきたが、この状況が続けば、利幅の厚い大型2輪車を北米市場に輸出して利益を上げるという従来型の成長戦略は描きにくい。

 また米国では、サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題によって、嗜好品である2輪車の買い控え傾向が強まっている。そうなれば、薄利多売でも新興国を攻めて新規顧客を開拓せざるを得ない。

 庶民の足として大衆を攻めるホンダ、一方で高級感を打ち出して富裕層を狙うヤマハ発。2強による世界での競争は、新興国の2輪車需要をより活性化させる側面もある。

日経ビジネス2008年2月11日号16ページより