ホンダvsトヨタ、「近未来競争」
ロボット対決、ヒト型とモノ作り型で切磋琢磨

 東京・青山のホンダ本社ビル──。「田中様、いらっしゃいませ」。受付カウンターで来客を出迎えた2足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」が、テーブルに誘導する。複数のテーブルで注文された飲み物をワゴンで運び、2体のアシモが手分けして配る。「ホットコーヒーと煎茶をお持ちしました」。

 ホンダは12月11日、複数のアシモが状況に応じて自律的に動き、接客する新しい知能化技術を公開した。サーバーとアシモ、アシモ同士で作業内容や位置情報をやり取りし、制御する。自分で充電し、正面から来る人の動きを予測して避ける機能も追加した。研究子会社の本田技術研究所の川鍋智彦専務は「生活空間で共存し、人に役立つロボットとして大きな1歩を踏み出した」と力説。ホンダは来年1月末まで本社で試験運用を行う。

 ホンダの発表に先立つ12月6日、トヨタ自動車は東京・お台場の自社施設に実機を持ち込み、ロボット技術について発表した。

 会場に響き渡ったのは、英国の第2の国歌と言われる「威風堂々」のバイオリン。演奏したのは左手の指で弦を押さえ、右手で弓を引くロボットだ。楽譜を電子データ化し、右手と左手をそれぞれにコントロールするという高度な制御技術を完成させた。

 また、今年8月から愛知県豊田市のトヨタの展示施設で案内役を務めているロボット「ロビーナ」も登場。約2万の単語を音声認識して簡単な挨拶をしたり、自分で障害物をよけながら車輪を使って動くこともできる。指関節を伸縮させてペンを握り、色紙に自分の名前をサインするなど、手の動きも滑らかだ。

 新モビリティー社会創れ
 1週間の間に相次いでロボット技術を発表したホンダとトヨタ。先進性を競い合う両社だが、その生い立ちやアプローチは似て非なるものである。

 「鉄腕アトムを作ってくれ」。こんなホンダ首脳の掛け声の下、本田技術研究所がヒト型ロボットの開発に着手したのは1986年。工作機械メーカーから30歳でホンダに転じた若手研究者の下、極秘裏に進められた。

 当初から技術的に極めて困難な2足歩行に照準を絞った。あえて高い目標を設定して技術的なブレークスルーを実現するというのが、ホンダの哲学でもある。さらに、ホンダには「個人のモビリティーへのこだわりがある」(福井威夫社長)。自動車では移動できなくても、2足歩行なら行けるところはある。新しい移動手段の実現で、新たなモビリティー社会を創造する狙いもあった。

 研究は10年目の96年に開花した。アシモの前身である「P2」が20世紀中は困難と言われていた2足歩行を披露したのだ。その後は加速度的に開発が進む。初代のアシモを2000年に発表。2002年には、挨拶をしたり、握手をしたりする“知能”を備えたアシモが登場。身体機能も年々、充実させ、2005年には時速6kmで走ることにも成功した。

 今回、ホンダがオフィスワーカーとしての知能技術の進化に力を入れた背景には、ヒト型ロボットに「人間と共生するパートナー」という役割をも担わせようとしているからだ。この考えは、運転者の体格や体調、動作などに応じて、自動車を自律的に制御する安全技術にも通じる。

 アシモは現在、企業などに貸し出されているものの、収益に貢献するのはかなり先になる。しかし、技術の孵化器としての役割と、ホンダの理念を体現する役回りは確実に強まっている。

 生産技術の高度化も狙う
 一方、ヒト型ロボットでホンダに後れを取ったトヨタは、今回の発表で2足走行ロボットの動画を公表。アシモを上回る時速7km走行を実現したとし、対抗心をうかがわせた。

 ところが、トヨタの開発者は「走ることはそう重視していない」とも言う。ここに、トヨタとホンダのこの分野への取り組み方の違いがある。

 ヒト型にこだわったホンダに対し、トヨタは1980年代に工場の生産ラインの作業を人間に代わって請け負えるロボットの開発に取り組んだ。その開発部隊自身も生産技術部門の一部として活動しており、あくまでも「産業ロボット」として進化させ、多機能化、高度化を追求してきた。現在では、フロントガラスへの接着剤の塗布や、複数の塗料を使う塗装工程、車体の構造材の溶接など様々な分野でロボットを活用している。

 その集大成は、2005年に開催された「愛知万博(愛・地球博)」に登場した。トランペットを吹くロボットや、2足歩行の乗り物ロボットなどの展示に漕ぎ着けた。

 「一時は開発計画を見直すという話が出たこともあるが、議論を重ね、プロジェクトを続行した。この発表はトヨタがロボットに本気で取り組むという覚悟の表れ」。生産技術を担当する内山田竹志副社長は力を入れる。

 2008年度中には、豊田市の広瀬工場にロボット開発拠点を新設。現在は約100人である開発人員を、今後2〜3年で外部から人材を招きながら倍増させる。米マサチューセッツ工科大学や東京大学など、社外の研究機関との共同研究も進める一方で、ソニーなどからもロボット技術や開発者を受け入れている。自動車に関しては自前主義を貫いてきたトヨタだが、ホンダを追う立場となったロボットでは積極的に社外との提携を進める考えだ。

 今年、創業70周年を迎えたトヨタは、このほど2020年までの経営ビジョンを発表した。そこでは、ロボットを中核事業のうちの1つとして取り上げている。滑らかな手の動きやセンサーなどの高機能化は、生産技術の高度化にも結びつく。

 生産技術との親和性を重視してきたトヨタも、ホンダと同様に社会生活の中での実用性を模索し始めている。渡辺捷昭社長は「生産支援のほかに、個人の移動支援、介護・医療、家事をターゲットに、新たな技術開発に取り組みたい」と言う。2008年後半からは工場内、社内のオフィス、グループの病院などに複数のロボットを持ち込んで、実証実験に取り組んでいく。

 2輪車からスタートしたホンダと、自動織機が母胎となったトヨタ。今や4輪自動車で世界をリードする存在となった両社が、ともに見据える「次の産業」こそがロボットだ。もちろん実用化に向けては、コストダウン、法律、インフラ整備など様々な課題が山積している。

 トヨタは生産現場から日常生活にロボットを送り出す決意を固め、ホンダと同じ土俵で開発を競い合うことになる。両社が本格的な実証実験を始める2007〜08年が、21世紀の雌雄を決める「近未来競争」の第1ラウンドとなる。

日経ビジネス 2007年12月17日号6ページより