沈む国内販売、ホンダが「フィット」で反転攻勢に
今こそ問われる販売改革の成果

 6年ぶりにフルモデルチェンジしたホンダの小型車「フィット」が順調に売れている。ホンダは11月9日、発売から2週間でフィットの受注がほぼ2万台に達したと発表した。
 初代フィットは、あくまでも「セカンドカー」としての用途を想定し、しかも当初は日本市場向け専用車として開発された。だが、原油価格の高騰などによる世界的な小型車需要の高まりを受け、今や中国、欧州、北米など世界110カ国以上で販売され、累計販売台数は200万台を超える。まさにホンダの「顔」とも言うべき商品となった。

 国内に限って見ても、累計販売台数は年内に100万台を突破する見込みという。ホンダにとってこの「100万台」という数字が持つ意味は大きい。

 国内新車販売は1990年に過去最高の788万台(軽自動車を含む)を記録したものの、最近では9年連続で600万台を割り込んでいる。2006年は573万台と、ピークの7割近い水準まで落ち込んだ。

 それでもホンダはこの10年で、国内での総保有台数を約300万台増やしてきた。ホンダの総保有台数は2006年末に940万台に達したが、その数字を達成できたのはフィットに負うところが大きい。この10年で増えた台数のほぼ3分の1はフィットという計算になる。フィットがいかに同社の顧客拡大を支えてきたかが分かる。

  ど真ん中を狙って剛速球で勝負した
 セカンドカー用の小型車と言えば、通常、ユーザーは女性7割に対して男性3割と言われる。だが、初代フィットはユーザーの男女比が5対5と、男性ユーザーが多い。それだけに新型フィットの開発では、「ファーストカーとして男性ユーザーにも満足してもらえるよう、性能などすべての面で初代フィットを超えることを目指した」(開発責任者を務めた人見康平ラージ・プロジェクト・リーダー)と言う。

 そこで新型フィットではまずサイズを拡大。初代に比べて長さが55ミリ長い3.9メートル、幅も20ミリ広い1.695メートルとなった。5ナンバー枠ぎりぎりまでサイズを大きくして、室内空間を拡大した。

 エンジンも新たに開発した。1.3リッターで100馬力、1.5リッターで120馬力という同クラストップの馬力性能を実現させながらも、燃費性能は初代と同じレベルを維持している。価格は1万円アップに抑えられており、性能の向上を考えると、実質上の値下げと言うこともできる。

 原油高やCO2(二酸化炭素)排出問題が深刻になる中、燃費のよい小型車は乗用車市場の中で、最もホットな激戦区となっている。人見氏は新型フィットを「市場のど真ん中を狙った剛速球商品」と説明する。トヨタ自動車の「カローラ」ではないが、「乗用車のスタンダードにしたい」(同)と意気込む。

 避けられない流れだった3チャンネルの統合
 ホンダはこの新型フィットを起爆剤として、国内販売で攻勢に転じようとしている。2年前から、20年ぶりとなる販売体制の抜本的な改革に着手し、その再構築を着々と推し進めてきた。その改革は、新型フィットの発売をにらんでのことだった。

 販売体制の再構築とは、販売チャネルの1本化である。長らくホンダは「プリモ」「クリオ」「ベルノ」という3チャネル体制で販売してきたが、2006年に「ホンダカーズ」に統一。ディーラー及び店舗の統合や合併、再配置を猛烈な勢いで進めてきた。その結果、2005年11月1日時点で977あったホンダの販社法人数は、2年後の2007年11月1日には860と、実に100以上減った。

 例えば今年1月に発足した「ホンダカーズ山陰中央」は、鳥取県の地場資本であるホンダディーラー4社が合併して誕生した。また5月に設立された「ホンダカーズ静岡」は、静岡にあるホンダの連結対象の販売会社2社と地場資本2社が統合して誕生した。いずれもディーラー同士の無駄な競合を廃し、顧客の視点に立った店舗網を構築するのが狙いである。エリアを1つの面として捉え、より戦略的に店舗を配置することができたという。

 1994年にミニバン「オデッセイ」を3チャネルで併売し始めて以来、SUV(多目的スポーツ車)や小型車などにも併売が広がり、2005年には全モデル(軽自動車は除く)の9割が併売になっていた。つまり、3つのチャネルがそれぞれ異なった車種を売り分けるという体制は、実際はほとんど機能していなかったのである。

 「3チャンネル体制を取ることは、4輪メーカー最後発のホンダがスピードを上げて成長していくためには不可欠だった。だが需要が頭打ちになり、併売があれだけ進むと、お客様にはかえって分かりにくい販売体制となっていた。その意味で販売チャネルの1本化は避けられなかった」とホンダの福井威夫社長は説明する。

 一生顧客でいてもらうために
 ホンダが販売体制の抜本的改革に踏み切ったのは、顧客満足度を高めて、長期にわたって顧客を囲い込んでいこうという戦略的狙いもある。

 この10月、軽自動車を除く乗用車の販売台数が28カ月ぶりに前年同期比2%増とプラスに転じた。しかし、少子高齢社会に突入した日本で、今後、大きな需要の回復を期待することは難しい。

 「最近は車の買い替え期間が長くなっている。車を購入すると6〜7年は保有される方が多く、新車販売だけで稼ぐには限界がある。むしろ、一度ホンダのユーザーになってくださった方に、車検や修理、買い替えなどを含めて、長く、できれば一生、ホンダの大事なお客様でい続けてもらうことが重要だ」

 こう語るのは、都内の販社3社が合併し、ホンダの販社としては国内最大手となったホンダカーズ東京中央(東京都世田谷区)の営業企画担当、池田哲也執行役員である。つまり、960万台というホンダの車を所有している顧客そのものが、ホンダにとって今後ビジネスを展開していくうえでの大切な資産だ、という考えだ。それだけに販売店は今まで以上にサービスの質を高めていかなければならない。

 販売戦略の失敗は許されない
 ホンダカーズ東京中央は新型フィットの発売に合わせて10月6日、東京都八王子市に新たに南大沢店をオープンした。南大沢店は敷地面積が1200坪と都内最大規模で、ホンダのほぼ全車種を見たり、試乗することができる。修理用のピットも7台分を備える。「近くの店舗がいっぱいで修理できなかったり、試乗車が足りない場合などは、こちらでいつでもサービスを提供できる」(池田執行役員)という。

 サービスの質向上を図っているのは、新車販売や修理においてだけでない。ホンダカーズ東京中央では最近、顧客が新型モデルの代車に乗れるようになった。店舗のほとんどは保険業も代行しているため、事故の時はもちろん、点検、修理の際に代車を提供することが多い。従来は少しでもコストを圧縮するため、代車と言えば古くて安いクルマばかり使っていたが、すべて最新モデルに一新。ホンダカーズ東京中央の本社で都内67店舗分のレンタカーを一括管理することで、試乗や代車のニーズない時はレンターとして貸し出し、試乗ニーズが多い時にはレンタカーを試乗車に回す。顧客満足度を高めると同時に、少しでも買い換えのきっかけにつなげようとの取り組みを進めている。

 こうしたことが可能になったのも、販売チャネル統一の大きな成果だと言える。販社3社が統合したことで、全75店舗で経営資源を共有できるようになった。「かつては各ディーラーが代車、試乗車、レンタカーという3種類のクルマを保有していた。3社分を一括管理するようになったことで試乗車や代車へのニーズに十分応えると同時に、レンタカーの稼働率も上がり、ディーラーの大幅な採算向上にもつながっている」(池田執行役員)という。

 販売体制は整いつつある。そして満を持して、新型フィットが投入された。ディーラーは「本当に待ち望んでいた車だ」と声を揃える。フィットを起爆剤に、ホンダはどこまで国内販売を立て直すことができるのか。次世代ディーゼル車、ハイブリッド車、そして燃料電池車を開発するという中長期的な環境戦略も、目の前の車が売れなければ修正を余儀なくされる恐れがある。それだけに販売戦略の失敗は許されない。 (日経ビジネス 石黒 千賀子)

business.nikkeibp.co.jp(2007-11-30)