銀行とゴルフ場とホンダの本社社屋

 昨晩,都内で開かれたある講演会に行ってきました。壇上に立たれていたのは,NHKスペシャル「常識の壁を打ち破れ〜脱・大量生産の工場改革」で取り上げられて一躍有名になったムダどりコンサルタントの山田日登志氏です。お話そのものも面白かったのですが,私の興味を引いたのはむしろ,講演後に受講者から寄せられた質問とそれに対する山田氏の答えでした。ある男性はこう聞きました。「私は金融関係の仕事をしています。山田先生の目から見られて,金融のムダは何ですか?」

 山田氏はすぐにこう言いました。「皆さんは,銀行でサービスを受けるのにどのくらい待ちますか?40分は待つでしょう。ムダやと思いませんか?」。ざわつく会場。「何十人ものお客さんが待っとるのに,支店長は奥のほうでドカーンと座っとる。これはムダやないですか?」。山田氏がここまで言うと,会場の一部で拍手が沸きました。

 「待っているお客さんの6割は,ほぼ毎日,銀行に来とるお客さんですよ。会社の上司に『行けぃ』とか言われて,しょんねぇなぁと思いながら雑誌読んで待っとる。これがムダやくてなんですか?銀行というのは,そういうふうにお客さんを教育してまったのね」。

 別の男性はこう聞きました。「私はゴルフ場を経営しております。ゴルフ場でのムダはどんなことでしょうか」。山田氏は再び,間髪入れずにこう答えました。「サービス業では生産性が低いのがいいサービスね」。山田氏は,キヤノンやスタンレー電気などの生産現場にセル生産を取り入れて生産性を上げた張本人です。質問者が「えっ?」という顔をしていると,こう続けました。

 「この間,中国の大連でゴルフに行ったんですが,そこのキャディさんがどんなショットを打っても『うわーーっ!すごいーー』って喜んでくれるんですよ。なんぼスコアが悪くても,美人のキャディさんがいい思いさせてくれたからええかなぁと。料亭でもそうやけど,サービス業で生産性のことばっかり考えられたら,お客さんはええ気せんですね」。会場から笑いが起こりました。

 このやり取りを聞いていて,いつか本で読んだ,本田宗一郎氏の逸話を思い出しました。本田氏は,本社社屋を建設するとき,設計士が自信たっぷりに持ってきた設計図を見てこう言ったといいます。「ガラス窓が道路に面していてはだめだ。ベランダのようなものでガラスを囲いなさい。地震が起きたらどうするんだ?ガラスが落ちてきて通行人がけがをしてしまうだろう」。結局,社屋はスタイリッシュなガラス張りの高層ビルではなく,囲いばかりの奇妙な建築物になりました。

 この逸話を知ったとき,本田氏は「人のために何ができるか」をトコトン考えていた人なのだと思いました。
 どんな仕事も商売も,突き詰めて考えれば「人のため」にあります。
 山田氏も,同じようなことが言いたかったのではないでしょうか。
 ただ何でもかんでも生産性を上げるのが良いわけではない。
 それが人のために何の役に立つのかがあって初めて,意味があると…。
 <<池松 由香=日経ものづくり>>

techon.nikkeibp.co.jp(2007-10-24)