地球温暖化問題を追い風に

トヨタとホンダが競うエコカー市場


 トヨタの企業価値高めたハイブリッド車戦略
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)レポートの第3作業部会報告書には、温室効果ガス(GHG)削減に効果のある技術や仕組みが、建築や産業、農業など7つの部門別にリストアップされている。このうち運輸部門では、ハイブリッド車やクリーンディーゼル車、バイオ燃料、公共交通システムへのモーダルシフトなどが、すぐにでも導入できる施策として挙げられている。

 なかでも、ハイブリッド技術は日本企業の独壇場。世界で初めて、日本のトヨタ自動車が実用化。同社は1997年に初代「プリウス」を発表して以来、「エスティマ」、「ハリアー」などの大型車でもハイブリッド車を展開してきた。最近は高級車である「レクサス」ブランドの「LS600」にもハイブリッド車を投入。プリウスの登場から10年で、ハイブリッド車の累計販売台数は100万台を超え、2007年末には、米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて世界一になると見られる、同社の好調な業績の原動力となっている。

 トヨタに続いてホンダも、1999年にハイブリッド車の「インサイト」を発表。定地燃費で36km/lという、ガソリンエンジンとしては当時、世界最高の燃費を実現した。2000年には「シビックハイブリッド」も発売、ホンダのハイブリッド車の累計販売台数も20万台を超える。

 ガソリンエンジンは、ガソリンの持つエネルギーの約30%程度しか動力として取り出せないとされている。燃焼の際の損失や、エンジン内部で部品同士が擦れ合うことによるフリクションロス、ピストンが混合気を圧縮する際のポンピングロスなどによって、エネルギーが失われるためだ。走行時には、駆動系のロスや走行抵抗などのために、さらにエネルギーの損失が発生する。

 ハイブリッド車では、そのうち、減速・制動時に熱として失われていたエネルギーを電気エネルギーとして回収し、モーターの動力として活用する(エネルギーの回生)点が画期的であった。

 制御技術が決め手だった「プリウス」の成功
 ガソリンエンジンと電気モーターの動力を組み合わせて用いるハイブリッド車には、いくつかの方式がある。エンジンによって発電機を動かし、その電力で車輪を動かす「シリーズハイブリッド方式」、エンジンとモーターの双方の動力を用いる「パラレルハイブリッド方式」、そして、その二つの方式を組み合わせた「シリーズ・パラレルハイブリッド方式」だ。

 「プリウス」などに搭載される、トヨタのハイブリッドシステムは、「シリーズ・パラレル方式」と呼ばれるもので、エンジンの動力を車輪を動かす力と発電に使用し、その使用割合を自在に変化させることができるのが特徴だ。発進時や低速域での低回転時には、効率の悪いガソリンエンジンを停止し、モーターのみで駆動。通常走行時にはエンジンで車輪と発電機の双方を駆動させる。減速・制動時には、車輪がモーターを駆動させ、その力を発電に利用することで、車の制動エネルギーを電力として回収しバッテリーに蓄える。そして、急加速時にはエンジンの駆動力をモーターで補い、より少ないガソリンの燃焼で大きな加速力を得ることができる。

 「ハイブリッドシステムを構成するのは主にエンジン、モーター、バッテリーの三つですが、いずれも従来からあった技術。これらを組み合わせて連携・制御する技術、例えば、コンピューター制御の技術などが発達したことで、ハイブリッドシステムが可能になった」と、トヨタ自動車東京技術部の田坂一美主査は話す。従来からある技術を用いることで、壊れにくく信頼性の高いシステムを作り上げることができたという。

 初代プリウスに搭載された「THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」は、その後「THS II」に進化し、初代「プリウス」では28km/lだった定地燃費も現在のプリウスでは35.5km/lに向上。エンジンとモーターの出力も向上させ、両者を総合したシステムとして発揮できる出力は、当初の74kWから82kWにまでアップしている。

 エンジンとモーターの特性生かすホンダ
 対して、「シビックハイブリッド」などホンダ車に搭載される「IMA(Integrated Motor Assist)」は、「パラレル方式」と呼ばれるハイブリッドシステム。この方式はエンジンが主役で、モーターの出力を補助的に用いることで、燃費を向上させるシステムだ。従来のガソリンエンジンのフライホイールの部分にモーター兼発電機を設置することで、システム全体を軽量・コンパクトにまとめることができ、燃費向上に一役買うとともに、既存のガソリンエンジン搭載車種に大きな設計変更なしに載せることができる。「プリウス」のように専用の車体ではなく、「シビック」という従来からある車種に搭載できたのも、パラレル方式ならではと言える。

 IMAは発進時に、エンジンとモーターが同時に駆動するが、モーターの出力がエンジンを上回る。これは、モーターは動き出した瞬間の出力が最も大きく、回転数が上がるにつれて出力が減少するのに対し、エンジンは、ある程度回転数が上がってから出力が上昇するため、発進時にはモーターの力を用いる方が効率がいいからだ。

 低速でのクルーズ走行ではエンジンを休止し、モーターの力だけで走行。ガソリンの消費はゼロとなる。高速クルーズやゆっくりとした加速時はエンジンの効率が最もよいため、エンジンのみで走行する。そして急加速時には、エンジンの出力をモーターがサポート。システム全体の出力としては、この時が最大となる。減速時にはエンジンを休止し、慣性力で回るタイヤの回転力でモーターを発電機として動かし、バッテリーにエネルギーを蓄えるという仕組みだ。

 現行の「シビックハイブリッド」の場合、このIMAに「3ステージ i-VTEC」というエンジンを組み合わせている。VTECとは吸排気バルブの開く量を走行状況に合わせて制御するシステム。元々は、低回転域ではバルブの開く量を少なくし、高回転域ではバルブの開きを大きく取ることで、低回転域でのトルクと高回転域での最高出力を両立させるためのシステムだった。ホンダはこのシステムを燃費向上のために応用、低回転域では少ない燃料で走行できるように、高回転域ではエンジンの効率をより引き出すようにバルブの開きを制御するとともに、エンジン停止時にはバルブを完全に閉じる機構を追加し、3ステージ i-VTECとした。

 吸排気バルブを完全に閉じることで、シリンダー内を真空に保つことができ、ピストンが上下する際の圧縮で生じる損失=ポンピングロスを大幅に低減した。これにより、モーター走行時のエンジンによる抵抗を減らし、モーターの出力を効率よく活かせるようになった。また減速時には、エンジンブレーキの抵抗を約66%も低減。つまり、エンジン内部の抵抗を減らすことで、より多くのエネルギーを発電にまわせるようになっている。



















 大型車はクリーンディーゼルかハイブリッドか?
 「ホンダのIMAの場合、あくまでも主役はエンジン。だから効率や燃費の向上のためには、エンジンの技術革新が重要と考えている」と話すのは、ホンダ広報部の奥野勉主幹。エンジンを主とすることで、「シビックハイブリッド」では「燃費だけでなく“走りの楽しさ”も同時に実現している」と語る。

 ホンダは現在、「グローバル・ハイブリッド」というプロジェクトを進めており、2009年にはハイブリッド専用車種を発売する予定。「シビックハイブリッド」と同クラスながら、より安い価格帯とすることで、さらなる普及を進めていく考えだ。

 トヨタとホンダでは、ハイブリッド技術の方式が異なるだけでなく、展開方法にも明確な違いがある。トヨタが「エスティマ」や「ハリアー」、「レクサスLSシリーズ」など、排気量の大きなクラスにもハイブリッド車を展開しているのは、「もともと燃料消費の多い大排気量車に導入すれば、より多くの二酸化炭素(CO2)を削減できる」(田坂主査)という考えに基づくものだ。これに対し、ホンダは「アコードハイブリッド」を生産中止にするなど、大排気量車にハイブリッド車を展開する考えはなさそうだ。奥野主幹は、「IMAはシビッククラスの車種で最も効率がよくなるシステム。より大きな車種での燃費向上には、クリーンディーゼルなどで対応していく予定」と説明する。

 クリーンディーゼルは、ハイブリッド車とともにIPCCレポートでもCO2削減に効果がある技術として挙げられていた技術だが、ホンダはこの分野では、世界の先頭を走っていると言っていい。

 ディーゼルエンジンは、もともと排気量が同じガソリンエンジンに比べると燃費が2〜3割はよく、その分CO2の排出量も少ない。一方で、NOx (窒素酸化物)やPM(粒子状物質)などの大気汚染物質の排出量が多いという欠点も持っている。しかも、燃費を向上させるために完全燃焼を促進しようとすると、PMは減るが高温燃焼が進みNOxが増えやすくなる。その逆に、燃焼温度を下げてNOxの発生を抑制すると、PMが増えてしまうという厄介な性質を抱えている。>
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 米国は2009年からディーゼル車のNOxやPMを、ガソリン車並みにする規制を設けたが、ホンダは、この新規制に対応したクリーンディーゼルエンジンをいち早く発表している。このエンジンは、燃焼効率を高めることで発生するNOxを排気ガスの触媒部分に溜めておき、NOxが溜まったところでやや多めの燃料を送り込む燃焼モードに切り替えてアンモニアを発生させ、そのアンモニアによってNOxを窒素に還元するという方式。ガソリン車並みのクリーンな排気ガスとディーゼル車本来の燃費のよさを両立した画期的な技術といえる。>
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 トヨタは、あくまでもハイブリッド軸の展開考える
 米国の新規制に対応するほどではないが、トヨタも欧州では、レクサスブランドで、クリーンディーゼルエンジンを搭載したモデルを販売している。また、国内では、日野自動車との共同開発によるディーゼル・ハイブリッドシステムを搭載した「ダイナ/トヨエース」を販売している。ディーゼルエンジンにハイブリッドシステムを組み合わせても、燃費の向上はそれほど望めないが、エンジンの稼働を抑えることでNOxやPMを低減することが可能だ。同社がハイブリッドを「環境対策のコア技術」と位置付けているのは、こんなところにも理由がある。燃料電池ハイブリッドシステムを組み合わせた「トヨタFCHV」も、ヤマト運輸との協力で中部国際空港周辺の地域で営業運行を行っており、ハイブリッドシステムを組み合わせることで、燃料電池だけでは走行可能距離の短かった欠点を補うことができるという。

 さらにトヨタは、家庭用電源などから充電できる、プラグ・イン・ハイブリッド車も開発。「トヨタHV」として2007年7月に、国土交通省の大臣認定を取得している。これは、従来のハイブリッド車のバッテリー容量を増やし、充電装置を付加することで、家庭用電源などから充電を行い、モーターだけでの走行可能距離を向上させたもの。モーター単独での走行可能距離は13km(10・15モード走行)とされ、近距離ならばエンジンを稼働させずに移動できる。それ以上の距離になった場合は、従来のハイブリッド車と同じく、エンジンとモーターを組み合わせて稼働させる仕組みだ。トヨタは、さまざまなハイブリッドシステムを開発、市場に導入することで、CO2の削減や排気ガスの浄化を図るとともに、ハイブリッドシステムのブランド力をも高めようとしている。

 ホンダも燃料電池車の開発には早くから取り組み、2002年には「FCX」の車名で国内と米国で認定を取得、リース販売を開始している。2006年には、その次世代モデルとなる「FCXコンセプト」を発表。2008年にはリース販売を開始する予定。ハイブリッドだけにこだわらず、クリーンディーゼルや燃料電池など、個々の技術をそれぞれの得意分野に合わせて展開していく考えだ。

 日本車メーカーは、1970年代に米国で施行された排気ガス規制(通称マスキー法)に対応することで、世界レベルで戦えるメーカーに飛躍を遂げたと言われる。自動車業界にとって環境問題は、本質的には逆風なのだが、その逆風をも利用して、世界トップレベルにある温暖化対策技術によって、さらなる飛躍を遂げる機会とすることが期待される。<<取材・文/増谷茂樹(日経エコロジー)>>

nikkeibp.co.jp(2007-08-09)