クリーンディーゼル

騒音や振動、パワー不足も解消 ガソリン並みの排ガス性能を目指す


 現在、日本の乗用車市場におけるディーゼル車のシェアは1%にも満たない。排ガス中の黒煙など粒子状物質(PM)や窒素酸化物(NOx)に対する規制強化の影響を受け、壊滅状態に陥った。さらに東京都が1999年に始めた「ディーゼル車NO(ノー)作戦」が、消費者に「ディーゼル車は環境に悪い」というイメージを定着させてしまった。

 しかし世界では、ディーゼル車がエコカーとしての地位を確立しつつある。90年代後半から政策的にディーゼル車を推進してきた欧州では、新車販売台数の40%を占める。

 実際、最新のディーゼル車の性能は、従来型とは格段の差がある。排ガス中のNOxやPMは、90年当時と比べて9割以上減少している。出力は倍増しパワーのある走行を実現しているが、燃費も4割以上改善した。燃費の良さはCO2排出量の少なさとほぼ同義だ。もともとディーゼル車はガソリン車よりも燃費が良く、「CO2削減効果はガソリンのハイブリッド車に及ばないまでも、運転条件によっては近いところまでもっていける能力がある」(ボッシュ・ディーゼルシステム事業部開発部門長の伊藤悟・常務執行役員)。こうした進化から、従来型と区別するために「クリーンディーゼル」という言葉が使われるようになった。













 ホンダが米国参入を宣言原油高が追い風になる
 自動車メーカー各社は欧州に次いで米国市場をターゲットに据えている。ガソリンの価格が安くディーゼル車が少ない米国でも、原油高で消費者の燃費への関心が高まっているからだ。ここに商機を見たホンダは2006年5月、世界一厳しい米国の排ガス規制「Tier2 Bin5」をクリアしたディーゼル車を2008年に米国市場に投入すると発表し、世界を驚かせた。これを皮切りに、国内外の自動車メーカーも一斉に動き出した。

 日本の排ガス規制は、最も厳しいといわれる米国規制と同レベル。各社が米国市場への製品投入を実現できれば、日本市場でのディーゼル復活の可能性が見えてくる。

 そもそもディーゼルエンジンとガソリンエンジンは、燃料の燃焼方法が異なる。ガソリンエンジンは、空気とガソリンをあらかじめ一定の比率で混ぜ合わせてから燃焼室(シリンダー)に入れて圧縮し、点火プラグで着火して爆発させる。一方、ディーゼルエンジンは、空気だけを燃料室に入れて圧縮し高温にしてから軽油を数百気圧で吹き込む。すると点火プラグなしで自然に発火し爆発する。空気だけを圧縮するとガソリンエンジンよりも圧縮比を高くでき、1回の爆発からより多くの運動エネルギーが得られるために燃費が良い。

 だが、ディーゼル車の欠点も、この燃焼方法から生じる。自然着火ゆえにシリンダー内の燃焼が不均一になりがちで、騒音や振動が出やすい。従来型の燃料噴射装置はエンジンの回転力で動かすため、回転数が低い始動時は燃料を噴射する圧力が小さい。燃料と空気がうまく混ざらず、不完全燃焼しPMが発生する。

 2000気圧で燃料を噴射するコモンレールが欠点を補う
 こうしたディーゼルの欠点を一挙に解決したのが、90年代後半に登場した「コモンレール」という燃料噴射技術だ。コモンレールは、シリンダーの手前にある蓄圧室(レール)に、2000気圧といった高い圧力で燃料をためておく。蓄圧室につながる燃料噴射装置の弁を、ごく短時間開閉し燃焼室内に霧状の燃料を噴射する。

 2000気圧といえば、指先にゾウを乗せるほど大きな圧力。これほどの高圧で噴射すれば、同じ時間で吹き込める燃料が増え、トルク(回転力)が上がる。また、燃焼室に噴射する燃料の液滴が小さくなり、空気との接触面積が増えて理想的な燃焼状態に近付く。燃料の燃え残りであるPMが減り、燃費も向上する。



















 コモンレールの効力は、それだけではない。常に高圧を保っているため燃料噴射装置の弁を緻密に制御することで、燃焼室内に吹き込む燃料の量や間隔を自在に変えられる。複数あるシリンダーに最適なタイミングで最適な量を吹き込めるわけだ。

 さらに、ピストンを1回動かすのに必要な燃料を、少量ずつ複数回に分けて噴射することも可能になった。メインの噴射の前に、ごく少量の燃料を噴射し燃焼を始めておくことで、燃焼室内の温度上昇が緩やかになり騒音や振動を抑えられる。コモンレールの仕組みとコンピューター制御を駆使することで、常に理想的な燃焼を維持できるわけだ。結果としてPMの発生も抑制できる。

 世界で初めてコモンレールの開発に成功したのはデンソーだ。高圧に耐える材料や、燃料を微粒化して高速噴射する技術を開発するのに10年を要したという。現在、コモンレールの市場シェアはボッシュが60%を占めるといわれ、20%のシェアを持つデンソーが追いかける。開発競争の争点は、さらなる高圧化や燃料噴射装置の応答性向上だ。猛烈な圧力に耐えられる素材の開発や、髪の毛よりも細い穴を開けるといった高精度の製造技術も欠かせない。

 排ガス対策は専用装置でDPFとNOx触媒を併用
 コモンレールの登場は、出力や燃費、排ガス性能の向上をもたらした。だが、各国の排ガス規制は厳しくなる一方だ。米国の新規制(用語解説参照)に対応するには、現在のエンジンに比べてNOxとPMを3分の1にまで減らさなければならない。

 だが、ディーゼル排ガスの浄化には、ガソリンエンジンで有効な「三元触媒」(用語解説参照)が使えない。さらに、NOxとPMの生成が二律背反の関係にあることが、排ガス対策を一層難しくしている。コモンレールを採用すれば燃焼状態が良くなりPMは減少する。だが、燃焼状態が良いことは、より高温で燃焼させることを意味し、空気中の窒素が酸化してNOxになりやすい。NOxの発生を抑えるには燃焼温度を引き下げることが有効だが、そうすると燃料が燃えきらずPMが発生してしまう。













 メーカー各社は、排ガス中のNOxとPMを浄化する後処理装置の開発を急ピッチで進めている。まず、PMの除去には「DPF」(粒子状物質低減フィルター)が効果的だ。セラミックス製のフィルターでPMをこし取ることで、米国規制をも満たせる。

 問題はNOxだ。NOxの浄化方法は、DPFのような確立した技術はなく、複数の方式が並び立つ状況にある。トヨタ自動車などの「DPNR」、ホンダの新NOx触媒、日産ディーゼルなどの「尿素SCR(選択還元触媒)」に大別できる。NOx浄化技術とDPFを組み合わせて、厳しい排ガス規制をクリアしようという作戦だ。

 トヨタとホンダは、いずれも排ガス中のNOxを一時的にためられる性質を持つNOx触媒を使う。トヨタは、触媒上にNOxが十分にたまったタイミングを見計らって、エンジンに過剰な燃料を注入する。すると不完全燃焼が起こり、NOxを還元する性質を持った一酸化炭素や炭化水素が発生し、NOxを窒素に変える。トヨタのDPNRは、DPFの表面にNOx触媒を塗布したものだ。

 ホンダ方式は、触媒にNOxをためるまではトヨタと同じだが、NOxをアンモニアで窒素に還元する点が異なる。アンモニアは、触媒にたまったNOxから触媒の働きで生成する。

 尿素SCRは、尿素水を直接、排ガスに噴射する。尿素水はアンモニアに形を変え、NOxを窒素に還元する。尿素水は専用タンクに入れておき、定期的に補充する。ホンダ方式と尿素SCRはDPFを別途、用意する。

 この3方式にはそれぞれ長所、短所がある。例えば、浄化率では尿素SCRが最も安定的に高い水準を維持するが、構成する装置が多いためスペースやコスト面では分が悪い。尿素水を補給するためのインフラやメンテナンスの手間もかかる。一方、NOx触媒は省スペースやメンテナンス不要という長所があるが、触媒劣化による耐久性に課題がある。

 日産ディーゼル工業の三浦昭憲・研究部技監は、「トラックは走行距離が長く、劣化するNOx触媒は使いにくい。複数のトラックメーカーが中型以上のトラックに尿素SCRを搭載する方針で動き出している」と明かす。一方、本田技術研究所・四輪開発センターの長弘憲一主席研究員は、「乗用車はスペースやメンテナンスの面でNOx触媒しか考えられない」と説明する。ディーゼル排ガスの後処理装置は、車種や走行パターンによって、適材適所の利用になりそうだ。<<文/山根 小雪(日経エコロジー)>>

nikkeibp.co.jp(2007-07-31)