ホンダの3本線とトヨタの山登り
===自動車メーカーは全方位開発。その中身と意図は?===

 ホンダが環境技術やパワートレイン(エンジンやモーター、燃料電池などの駆動系)の開発を説明する際、繰り返し示してきたグラフがある。3本の線が描かれたもので、自動車業界では「ホンダの3本線」と呼ばれる(下の図)。シンプルなグラフだが奥が深い。

 ホンダは3本線で課題を整理















 環境・エネルギー問題に直面している自動車産業の課題を、まず「大気環境」「温暖化」「エネルギー」の3つに分類。その深刻度や影響の大きさを縦軸とし、横軸には時間軸を採っている。そして、現在は排出ガスなどの「大気環境」問題の解決が見えつつあり、温暖化問題が急激に立ち上がっていると指摘。そして、次にエネルギーの持続可能性の問題が控えていると分析する。

 「化石燃料の燃焼でCO2濃度が増えていることは確実。さらに、何年後かわからないが、化石燃料がなくなるのも事実」と、ホンダの福井威夫社長は説明する。何年後かわからないから、時間を示す横軸には1カ所に2000年と示されているだけだ。

 トヨタの山登りは全方位開発
 こうした課題に対する自動車メーカーの取り組みを示した図がある。こちらは「トヨタの山登り」と呼ばれる。「代替燃料エンジン」「ディーゼルエンジン」「ガソリンエンジン」「電気エネルギー」をベースとし、究極のエコカーに向かう様子が、山登りをイメージさせることからこう呼ばれる(下の図)。














 詳しく見ると、山登りの途中には「バイオ燃料」「(ディーゼル排出ガスの)クリーン化技術」「直噴エンジン」「燃料電池車」など多様な技術が並んでいる。こうした個別技術にはさらに細分化された要素技術の開発が必要になる。例えばディーゼル排出ガスのクリーン化では、黒鉛を除去するフィルターやNOxを無害化する触媒、元から排出ガスをクリーンにするための燃焼技術などだ。燃料電池車に至っては要素技術のすべてが課題といっても過言でない。

 コストの削減を含め、これら課題のすべてを解決していかなければならない。自動車産業の合従連衡が活発化している原因として、単独では環境技術の開発の負担が大き過ぎるという指摘が多いが、図中にある様々な技術課題を見れば、その重荷を実感できるだろう。

 実はトヨタは、状況変化や開発の進展を盛り込み、図を微妙に修正している。最新版ではガソリンエンジンルートと電気エネルギールートにまたがる頂上近くにプラグイン・ハイブリッドが追加された。

 日産は2050年の長期目標
 ホンダの課題整理とトヨタの開発戦略で、問題の中身と、解決のための方向性が浮かび上がる。だが、化石燃料から、再生可能エネルギーで造る電気や水素、バイオ燃料にいつ、どのくらい移行するのかという全体の流れは見えてこない。これは非常に不確定要素が多いためだが、そんな中、日産自動車が示した長期目標が1つのモノサシになる。













 これはあるべき姿を描いたシナリオで、昨年12月11日に中期環境行動計画「ニッサン・グリーンプログラム2010」と同時に明らかにされたもの。行動計画は2010年に向けての具体的な取り組み内容を定めたものだが、長期目標は、化石燃料からの脱却など全体の流れを踏まえ、2050年までに新車からのCO2排出を70%削減するという内容だ。

 「現在のガソリンエンジンは、燃費を30%向上させる潜在能力があるが70%削減は無理。化石燃料から再生可能エネルギーなどへの移行が必須になる」と志賀俊之COO(最高執行責任者)は説明する。

 そのシナリオによると、2010年前後に通常のエンジン車の燃費が30%程度向上するが(2000年比)、2020年前後に限界に近づく。このころからプラグイン・ハイブリッド車や燃料電池車の本格的な普及が始まる。

 併せてガソリン車の燃料は再生可能なバイオ燃料に移行し始め、再生可能エネルギーからの電気や水素も普及していく。2050年になると、「電気自動車、燃料電池車」「プラグイン・ハイブリッド車、ハイブリッド車」「エンジン搭載車」が市場を分け合うようになる(下の円グラフ)。燃料は、再生可能エネルギー起源が主体になるので、新車からのCO2排出を70%削減できる──。

 志賀COOは「長期目標は、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行を視野に入れた日産の理念と意志」としており、「そのための基幹技術は自前で開発していく」と話す。

 昨年夏に1バレル約80ドルにまで高騰した原油は、現在同50ドル台まで戻った。原油高に対する危機感も落ち着いた状況だ。だが、再生可能エネルギーへの移行に向けた自動車メーカーの開発は、こうした原油価格の短期的な変動に惑わされることなく、“いつか来る明日”に向けて着実に進んでいる。
<<田中太郎、相馬隆宏(日経エコロジー)、高田憲一(日経ものづくり)、イラスト/大寺 聡>>

nikkeibp.co.jp(2007-04-04)