2007年を斬る:自動車産業に「8つのシフト」
歴史的転換点の大波に日本メーカーは乗り切れるのか?

 2007年は、グローバルな自動車産業の潮流が大きく変わる年になる。同時多発的にいくつもの要因が重ね合わさるため、その潮目を正しく読むのは容易ではない。世界の自動車産業が経験する変化を、「8つのシフト」をキーワードに見通してみよう。

ポイント1 トヨタ世界一の後に来る「デジタルシフト」の衝撃

 2007年にトヨタ自動車が米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて生産台数で世界一になることがほぼ確実だ。ホンダについても、北米市場で米フォード・モーターが例年並みのシェア低下を繰り返せば、年内か2008年にはホンダがフォードを追い抜くことになる。日本車勢の好調は、単に石油価格の高騰や小型車ブームに押されたわけではなく、生産性、品質のみならず技術開発などモノづくりのすべての結果である。

 特に、衝突防止機能など電子機器を駆使した新しい装備においては、自動車の機械技術に電子技術が融合した日本の自動車メーカーの底力を見せつけるだろう。ただし、自動車を「機械」から「デジタル商品」に変えてしまったことの影響は想像以上に大きい。日本メーカーは、膨れ上がるソフトウエアの開発・維持の重さとデジタル製品に特有の価格下落の速さという怖さを数年後に痛いほど味わうことになる。

ポイント2 再編の台風の目となる「軽自動車シフト」

 グローバルには圧倒的な強さを誇る日本メーカーも、日本の国内市場では軽自動車優位、登録車(登録が必要な普通自動車)の低迷という状況に大きな変化はないだろう。自動車に対するニーズの変化、軽自動車の居住性や機能の進化とともに、軽自動車へのシフトはさらに拍車がかかると思われる。人々が移動手段としての車に求めるものが最も合理的に凝縮されているのが軽自動車だからである。

 軽自動車市場でトヨタのプライドをかけた猛攻勢で利益なき繁忙を続けているダイハツ工業だが、スズキは賢く回避した。インドや中国などのアジア市場での成否が、軽自動車が持つ合理性が新興国を中心としたグローバル市場に浸透するかどうかの試金石となる。リッターカーでの競合を考えても、普通車メーカーが小さい車を作るよりも軽自動車メーカーが小型車、普通自動車へ移行する方が攻めやすい。その意味でも、スズキとダイハツの動きからは目が離せない。

 迎え撃つ登録車メーカーにも厳しい価格競争が巻き起こる。トヨタが新興国向けに開発中の70万円のコンパクトカーは、軽の技術、登録車の規模のメリットを取り込みながらクルマの新しい世界標準となるだろう。利幅の薄い軽自動車を売るには現在ある高コストのディーラー網は重荷になる。必然的に販売形態の見直しが流通再編を引き起こす。2007年にその予兆が表れてくるはずだ。

ポイント3 「内陸シフト」で変容する中国の巨大市場

 中国は日本を抜き、台数規模で世界第2位の自動車市場となる。遠くない将来には米国を抜いて世界最大の座を獲得するだろう。そして、昨年末の北京モーターショーでも注目を集めたように、3000ドル台の国産軽トラックが乗用車として内陸部を中心に拡販されていく流れが際立ってくる。今の中国の内陸部市場では、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)やエアバッグといった安全装備へのニーズは低く、多少リベットの跡が残っているような仕上がりだとしても、価格が安くて、丈夫な軽トラックが最も合理的な移動手段となるからだ。

 中国市場における競争の焦点が沿岸部から内陸部に広がっていくのが2007年の注目ポイントである。沿岸部と内陸部では全く異なった経済圏、市場性がある。

 内陸部で闘うには、各省の力や合弁相手の国営企業との関係がカギを握る。地方政府や国営企業における若手の優秀な幹部は大抵が共産党員であり、彼らは日本企業が交渉で簡単に太刀打ちできるような相手ではない。内陸部では、沿岸部以上に日本メーカーは現地パートナーや省庁に振り回される。国産メーカーとの戦いも熾烈となる。

 沿岸部で成功したメーカーが内陸部で成功するとは限らない。中国の自動車市場は内陸シフトにつれて新しい競争ステージに入っていく。

ポイント4 生産の「インドシフト」の規模と速さに注目

 インドにおける自動車生産は、これまで国内向け市場が中心だったが、今後は完成車や部品の生産・輸出基地としての役割が大きく高まり、開発・生産拠点を置く欧米メーカーが増えることは間違いない。英語で高い教育を受けたインドの労働者の圧倒的な数とコストの低さは強力な吸引力である。既に、韓国の現代自動車はインドを生産基地として輸出を始めている。

 特に今後目立つのは部品輸出である。インド製の自動車部品の輸出は年率3割を超える猛烈な勢いで増加している。日産自動車が現地生産の計画を発表したように、これからもOEM(相手先ブランドによる生産)シフトが相次ぐと思われる。

 「市場」「生産・輸出基地」「開発拠点」という3要素を、自動車メーカーや部品メーカーがどのような規模と速さで絡み合わせていくかが、2007年のインドを見る着眼点となる。

ポイント5 ビッグ3の「低コスト国シフト」が加速

 西海岸では既に日本車や韓国メーカーの車を当たり前のように見かける。今、カリフォルニアでビッグ3の新車を見かけたら、それらはかなりの確率でレンタカーである。さらには米国製ではなくメキシコ製である。純米国産ビッグ3は既に西海岸では消えつつある。

 北米ではかつてカラーテレビで起こったことが自動車でも起こりかけている。生産の空洞化である。今、GM、フォード、ダイムラークライスラーの「ビッグ3」は、中国やインドなどのLCC(Low Cost Country)と呼ばれる低コスト国からの調達を数兆円規模へと急増させつつある。UAW(全米自動車労組)がいなかったらとっくに生産拠点も低コスト国へシフトさせていたはずだ。

 消費地生産を目指して米国の現地工場に投資しているのはアジア系メーカーだけである。10年後、北米から米国メーカーの生産拠点は消滅しているかもしれない。その時、アジア系メーカーは現地生産のメリットを見いだせずに北米に設備投資をしたことを後悔することになるだろう。

ポイント6 北米部品メーカーの「脱自動車シフト」が招く負の連鎖

 2007年の北米市場は荒れる。米国内では特に部品メーカーを中心にチャプター11(連邦破産法第11条)の申請が急増する年になる。ギリギリまで下げさせられた部品価格のうえに、原材料高、さらにはビッグ2の減産・工場閉鎖が追い討ちをかけ、生き延びるためにやむなく「脱自動車シフト」に踏み切る部品メーカーが続出するだろう。部品メーカーの破綻が連鎖倒産を起こすことも予想される。

 米国部品メーカーの弱体化を受けて北米の自動車メーカーは、部品調達を海外、特に中国やインドなどの低コスト国にシフトさせると予想され、LCC調達がキーワードとなる。北米の自動車産業の中心は、デトロイト周辺のミシガン州から、次第にアジア系現地工場が集中する中西部から南部にシフトしていく。北米の自動車産業が大きく構造変化を迫られる1年となりそうである。

 北米の経済は緩やかな景気減速が予想され、金利上昇のスピード次第では過去3年続いた高いレベルの自動車需要が100万台単位で縮小する。自動車需要を実態以上に底支えしてきたのが、主にビッグ2による「0%ファイナンシング」「従業員向け価格」「フリート(レンタカー向け)販売強化」の3点セットだったが、これらの需要維持策も限界に達し、2007年からは市場の縮小へ向かうだろう。

 年間1000万台以上を消費する北米市場の動向が、グローバルの自動車産業に与えるインパクトは小さくない。過去の循環型の市場で発生したのと同様の落ち込みが来れば200万〜300万台規模の需要減が起きてもおかしくない。OEMおよび部品メーカーは北米の現地生産比率が高いほどダメージも大きくなる。つまり、北米に利益と売り上げを依存しているメーカーほど危ない。

ポイント7 技術競争の焦点は「パワートレインシフト」
 今年は環境規制のさらなる高まりとともに、新しいパワートレイン(駆動系)をめぐる動きが具体化してくる年である。欧州勢はディーゼルや燃料電池、水素自動車、電気自動車など新しいパワートレインへのシフトを明確に打ち出し、技術リーダーとしてのポジションを強調してくるはずだ。

 独BMWは水素自動車を、ホンダは燃料電池車の販売を開始し、電気自動車のスポーツカー、米テスラ・モーターズの「ロードスター」も発売される。ハイブリッドエンジンでは、トヨタとホンダがそれぞれの方式で2強の座を確固たるものとし、OEM各社はどちらと技術提携するかという選択を迫られることになる。

 「プラグイン」と呼ばれる、家庭の電気コンセントから充電できるタイプが発売されるなどと予想され、多様なパワートレインの選択肢が一気に広がるのが2007年である。

ポイント8 欧州メーカーの「高級車シフト」に追随できるか

 最後のポイントは、欧州メーカーの「高級車シフト」である。欧州メーカー各社は量産車では利益なき戦いを強いられているため、高級車での優位性確保が大きな課題となる。独フォルクスワーゲンは苦戦するが、同じグループのアウディは好調を続けるだろう。ポルシェ、BMW、ベンツの上級車種は、値段を下げずに販売を続けて十分な利益率を確保する。欧州メーカーの重点が高級車種へシフトするのは必然である。

 Lexus(トヨタ)やAcura(ホンダ)、Infiniti(日産、投入計画未定)などの日本車高級ブランドは、日本市場で難しい戦いが続くだろう。日本版Lexusの登場はベンツやBMW、アウディに全くダメージを与えていない。日本という階層のない社会において、高級車の価値をどのように表現し、理解してもらうかというのが日本メーカーの前に立ちふさがった厚く高い壁である。

 「機能価値」から「ブランド価値」へのシフト。トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーの首脳が最も苦手とするものである。作り手が、発想のコペルニクス的転換を経ない限り、永久に理解できない世界なのかもしれない。<<坂手 康志>>

nikkeibp.co.jp(2007-01-23)