人口が減ってどこが悪いのでしょう
=== 宋 文洲(そう・ぶんしゅう)===

 「少子化」と「人口減少」という言葉は、誰もが前向きにとらえません。「このまま減り続けると…」日本人がやがて恐竜のように地上から絶滅するような杞憂が横行しています。

 しかし、今日もあなたとあなたのご家族が世界でも珍しい狭い住宅に住み、世界でも珍しい込み合う電車に乗り、いつやってくるか分からないリストラの恐怖に怯えています。これは人が多いからです。

 為替レートで見れば日本人の所得は紛れもなくトップレベルですが、別荘を持ったり、ヨットを楽しんだりする日本人は何人いるでしょうか。欧米と比べて日本人が豊かな暮らしを満喫できないのは、無駄や規制や公共事業なども関係していますが、狭い国土に密集して暮らすために不動産など居住にまつわるコストが必要以上にかかり、余暇や遊興にお金を回しにくいこともあるかと思います。

 日本の人口密度は中国よりはるかに高い
 ご存じの通り、中国は人が多すぎて困っています。しかし、そんな中国の人口密度は、日本よりはるかに低いのです。「日本には生活に適する地域が少ない」と解釈する専門家が多いようですが、技術力と経済力を備えればインフラ整備が進み、住めない土地も人間が住めるようになるケースが多いです。

 戦前では今よりずっと人口が少なかったのに海外に移民させた日本ですが、なぜ戦後にこれだけの人間を増やしても大丈夫なのでしょうか。それは明らかに経済力と技術力のお陰です。このことは砂漠に国家を建設したイスラエルを見ても分かります。

 しかし、日本の絶対面積は変わっていないのです。日本列島にもう十分に大勢な人々が住んでいることは、通勤や居住など日々の生活の実感や、データなど定量面から見ても分かることです。しかし、不思議なことに多くの人々が、人口増こそが日本にとって重要だと考えてしまいます。

 産業界の人は消費人口が減ると市場が萎むと危惧します。政治家と官僚は若い人が減ると年金が足りないと心配します。有識者は人口が減ると日本人が居なくなると恐れます。

 グローバル経済の恩恵を受けて大勢の人口を養えるようになった日本ですが、ゆっくりした人口減にも怯える企業は日本の人口減を心配する前に自社のグローバル展開を心配した方がいいと思います。

 年金は若い人が増えないから問題になったのではなく無駄遣いとそれに起因する不加入が原因です。人口を増やし続けることは老齢化対策の邪道です。増やした人もいずれ老人となります。増やさなくても「老齢化」の後に必ず「正常化」や「若年化」がやってきます。

 人口も自然現象、上下があってよいはず
 人口は増える時もあれば、減る時もあります。それを決めるのは個々人の勘です。1億人以上の人々が体を張って「人口を減らすべきだ」と言っているから、それはそれなりの深い理由があるはずです。株の世界も同じですが、一見合理性に欠ける個々の投資家の投資行為によって形成された相場は不思議に合理性に富んでいます。

 「このまま人口が減り続けると…」という議論はほとんど杞憂です。それはお腹が空いていないために食べない子供を見て「このまま食べないと餓死する」と考えるようなものです。そんなひ弱な人間たちではありません。つい最近までは国の公共投資も企業の製品戦略も「このまま増えていく」ということを前提にしていたのではありませんか。

 僕の議論が間違っているかもしれません。なら逆説で考えてみましょう。仮に人口を増やすとして、この島国の日本に適切な人口数はどのくらいなのでしょうか。1億5000万人、それとも2億人でしょうか。まさか10億人と思わないでしょう。日本にとって、どのくらいの人口が妥当な数かということを考えず、とにかく増やすというのは、近視眼的だと思います。上下水道が整備され、少人数で充実した教育ができ、居住面積の広い家屋に住めるような「美しい国」にするには、もしかしたら8000万人が妥当かもしれませんし、今より多くても美しい国をつくれるかもしれません。

 中国で生まれたからなのでしょうか、今の日本が「人は多いほどいい」という強迫観念にとらわれている理由が、僕にはさっぱり分かりません。分かるのは昔、毛沢東が人口を増やす必要があるということを言っていたことです。その中国は、一人っ子政策で人口抑制をしてきているのだから皮肉なものです。

 高齢化も社会問題として誰もが口にしますが、高齢化は戦争がもたらした不自然な年齢構成であると同時に、人口構成の正常化への準備でもあります。人はやがて死亡していくので、不自然な若年化も高齢化も必ず時間とともに解消されていきます。

 経済と消費の立場で人口の多寡と構成に危機感を持つよりも、豊かな自然を守りながら、個々の生活者の幸福を高めることをもっと議論されるべきではないかと思います。「少子化」が進んでいるのは、大多数の日本人にとって潜在意識の中で賛成していることが顕在化しているたのだと思います。

business.nikkeibp.co.jp(2006-12-15)