北朝鮮核実験、金正日の戦略とは!
武貞秀士・防衛庁防衛研究所主任研究官に聞く

 3日の核実験宣言から間をおかず、9日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は核実験に踏み切った。

 今回の実験は、関係諸国の立場やメンツを真正面から潰すものだ。日本・中国は、安倍晋三首相が訪中し「核実験に対し強い態度を取る」ことをお互いに表明、そして安倍首相が韓国を訪れたまさにその時、実験の実施宣言が出た
 そこまでのリスクを犯す理由は何なのか。

 暴走にも見える一連の北朝鮮の行動は、同国の核戦略に基づくと主張してきた武貞秀士・防衛庁防衛研究所主任研究官に、今回の核実験をどう判断するのかを聞いた。

Q:9日の核実験は、先にお話を聞いた時点での武貞さんの予想よりもかなり早く行われました。まず、実験宣言に対する国際社会の受け止め方を見守ってからになるのでは、と言っておられましたね。

武貞 ええ。あのとき申し上げた「国際社会の受け止め方」の具体的な姿として、日中首脳会談、労働党創立記念日、今月21日に行われる米韓の定例安保協議会(SCM)、年末には潘基文・外交通商相の国連事務総長就任、などがあると考えていました。核実験は早くても10月20日(SCM開催に合わせて)、遅くなれば12月、と思ったのですが、日中首脳会談直後にやるとは。しかし、いかにも北朝鮮らしいタイミングだと思います。

Q:どういうことでしょうか。

武貞 「北朝鮮は、他の国の意向や都合、面子にはいっさい顧慮せず、自らの理由で行動する」という傾向がある。日中首脳会談の直後、日韓首脳会談の直前で、「中国と韓国の対日外交に配慮せず」というタイミングです。中韓の体面を穢してでも、自力開発した核の実験のタイミングは自分が決めるということでしょうか。核実験は彼らいうところの「主体(チュチェ)」思想そのものです。中間選挙前の米国政府にとっては、「核保有国を増やしてしまった。ブッシュの対北朝鮮政策は過ちだった」と国民に思わせることになる。ブッシュ政権に対する当てつけとしてはこれ以上ないタイミングでした。

Q:そこに合理的な理由は存在するのでしょうか。

武貞 「全員が困るタイミングを狙って、困らせたい」という気分はあるでしょうし、北朝鮮の行動にある種「楽観」ぶりを見ることもできます。北が強気に出ても、米国のほうが、北をなだめるために譲歩するかもしれないという楽観主義です。しかし、北の決断の背景をそれだけだと見るのは誤りで、「合理的な戦略」に立った決断という説明が必要です。

Q:リスクを賭けても欲しかったものは

武貞 9月のインタビューでも同様のことを詳しく申し上げましたが、北朝鮮にとっては核実験宣言により、この1カ月でリスクは跳ね上がりました。その上での実験実施。これまで様々に援助の手をさしのべてきた中国、「包容(太陽)政策」で接してくれた韓国、この両国の態度が変わるかもしれない。そして米国のさらなる制裁強化。これは当然、容易に予想が付くリスクであり、コストです。

Q:合理的に考えればそうなります。だから今、北朝鮮の考えていることが見えなくなり、「暴走」説が出ているわけですが。

武貞 私は、この核実験実施は、北朝鮮の核開発を「協議の席に米国を着かせるためのハッタリ」「瀬戸際戦略」「暴走」と考える説にとどめを刺したものだと思います。

 国際的な制裁の輪が広がり、北朝鮮経済にダメージを与えるというコストを想定しているでしょうが、それでもその上を行くメリットがあると判断したから、核実験に踏み切ったと考えるべきでしょう。金融制裁が強化されて、今度は韓国、中国も、7月、テポドン発射のときのようには米国と一線を引いた政策をとってくれないかもしれない。それでも実験をしたと宣言をするのは、コストとリスクを補って余りある、核保有のメリットがあるからです。

 それは、核保有国になって、米国の朝鮮半島への介入を阻止する手段が完成できるからです。端的に言えば、核実験を行ったことで、北朝鮮は名だけでなく名実共に「核保有国」になってしまった。これまでは“We have nukes”といっても、非難されこそすれ真実味は「それなり」でしたが、これで、「核保有国の北朝鮮を攻撃したら、米国は核攻撃の目標になる」という論理にリアリティが出る。つまり、米国に「北の核抑止力」を信じさせるためには核実験が必須だった。

 3日の核実験宣言の中にも「北が先に核を使用することはない」と、「核保有国としての責任」を滲ませる内容が見られます。核戦略を持った核クラブの一員になることを強く意識している。

 将来、米国の軍事介入を諦めさせ、釘づけにしてしまう核の完成のために核実験をしたのだから、北の内部では、いわば「大国の仲間入り」といったお祭りムードになるでしょう。それを実現しつつある金正日の人気上昇や権威付けにもなるという計算もあるでしょう。

Q:裏返すと北朝鮮は、国際社会に対し「核保有国」としての対応を要求してくるということでしょうか。

武貞 その通りだと思います。「核保有国として、核拡散の防止に責任を持つ」とか、「核保有国に対して、核を手放せとは言わせない」くらいは言いかねないですね。

Q:ここで、前回までの2回のインタビューで、武貞さんが主張する北朝鮮の核戦略と、その根拠について簡単に再掲させて頂きます。そのあと、今後の日本が取りうる対応策や、米中の動きについての予想をうかがいます。

武貞 北朝鮮の最終的な目標は「南北融和を演出しつつ、在韓米軍を撤収させ、自らが主導する形で南北を事実上統一する」。核兵器は「過程で起こりうる米国の介入を排除するために、米本国に届く大量破壊兵器が必要」となる。要は「米国と戦わずに半島を統一する」ことが、彼らの軍事戦略であり、その実行のためには核兵器と大陸間弾道弾が欠かせない。

Q:戦わずに統一、というが、政治体制や経済力で大きく異なる北朝鮮を、韓国が受け入れることがありえるだろうか。

武貞 韓国は金大中・盧武鉉政権を通して北への「包容(太陽)政策」を取ってきた。そして、経済成長やワールドカップでの活躍、国連事務総長を自国から出せることになったことなどで、民族的な自信を強めている。企業で言えば「サムスンはソニーともう遜色がない。ヒュンダイのクルマも、トヨタはともかく日産あたりなら互角なんじゃないか」、そんな気分が横溢している。それが事実か否か、ではなく。

 日本は経済力が弱まり、存在感が小さくなった、と彼らには見える。米国はRMA(軍事革命)の導入で、大量の兵力を前線に張り付ける形を改め、結果、やはり存在感が薄くなる。一方でロシアが資源を手に誘いをかけ、中国が市場として爆発的に成長した。

 「同じ民族同士で北と融和し、日米に頭を下げるのをやめて、中国、ロシアとつき合えば、今まで以上にうまくやっていける」。これが韓国のいまの民情。つまり、国の政策、民族としての自信に、国際環境の変化が加わって、韓国の国情は北との親和性を強めている。それを金正日はチャンス到来と考え、核弾頭開発の最終段階、仕上げに入った、私はそう見ている。

Q:さて、「核保有国」となった北朝鮮への対応ですが、もっとも過激な選択肢として「米国による単独先制攻撃」はあり得るでしょうか。

武貞 米国は常に全ての選択肢を否定しない国です。論理的にはあり得る。6月頃から「韓国が反対しても、超精密兵器による攻撃を検討してもよいのでは」という意見がウィリアム・ペリー元国防長官(現スタンフォード大学教授)から出ており、同様の議論が本日(9日)以降出てくるでしょう。しかし、北は本気では心配していないと思います。反対する国家が存在することと、イラク、イランで、その余力が米国にはないと判断しているのでしょう。

Q:中間的な策としては、国連決議がありますね。前回、国連憲章第7章、武力行使の道を開くその第42条を含む形での決議を認めるよう、米国・日本が中国・ロシアを説得する。

武貞 厳しい制裁案に対し中国が拒否権を発動しないよう、米国が迫る、といった可能性はあります。制裁決議に反対する国家にも経済制裁を加える、というように、制裁をちらつかせて、反対国の同意を求めることも考えられる。しかし、中国はそうなっても、必ず拒否権を発動するでしょう。

Q:中国も今回は、かなり厳しい言葉を発しているように見えますが。 中国は、今度は本気で北朝鮮を止めるか?

武貞 きつい言葉は、いくらでも言えますよ。言葉ですからね。厳しい発言は、「中国は北朝鮮にこんなに厳しい姿勢をとっている」というワシントン向けのもの、と理解した方がいい。中国も米中関係を傷つけたくない。むしろ、「この地域(朝鮮半島)の安定を損なうことに反対する」といった表現にこそ注意を払う必要があります。半島の安定を損なうとは、北朝鮮への武力侵攻、すなわち戦争のことで、それを招く事態には反対だという意味です。平壌はこれを、自分たちを守るというメッセージとして受け止めるでしょう。米国が色々言ってきても、我々は半島での戦争にはあくまで反対するよ、と。

 ですから、中国の半島への政策順位は、1:半島での戦争の阻止。難民流出も心配ですが、朝鮮半島で戦争が起これば、北朝鮮の敗北となり、中国が米国の影響下にある国と国境を接するような事態を招きかねないからです。2:金正日体制の崩壊回避。金正日体制が崩壊したら、その後、親中政権ができる保障はない。逆に、金正日のコントロール下にあり、中国の核戦力にとって、軍事脅威とはならない金正日体制が、米国の朝鮮半島への影響力を低下させてゆくというシナリオは、中国にとって非常に都合がいい。最終的には、北朝鮮を中国に経済的に依存させることで、植民地的な存在にしていく狙いがある。そして3:核兵器のない半島の実現。中国はずっとこれを追求してきました。それは事実ですが、だからといって3番目の目標のために、1、2を犠牲にすることはありえない。

 もちろん、これまで北朝鮮に相当の投資を行ってきたこともあります。昨年対比で、中国から北朝鮮への投資額は2倍に膨らんでいます。韓国からの投資や援助も大きい。北朝鮮の水害を理由に挙げる方もいますが、あれは相当実態より大げさに報道されています。3万人の死者という話がありますが、現地の対岸、中国の延辺地方の人の話では、「せいぜい900人」だそうです。

Q:米国単独、国連経由の制裁、いずれも難しいとなると、金融制裁強化や公海上の臨検などが、残る策ということになりますか。

武貞 そうですね。今ある枠組みの強化や、「拡散に対する安全保障構想(PSI)」への中国、韓国の加入要請、などでしょうか。

Q:効果は期待できますか。

武貞 金融制裁は確かに少しずつ効き始めた。しかし、封鎖には抜け道が必ずある。国際社会が一致団結しないと、金融制裁や軍民汎用の物資の輸出規制は効果がないのです。

 それに、いま浮かび上ってしてきたのは、「金融制裁など、米国が北朝鮮を追い詰めるから我々はミサイル実験や核実験をやっているんだ」という発言の真意です。核実験をすれば、ブッシュ政権が金融制裁を解除するようには見えない。北もそれは分かっているのではないか。

 それでも実験をしているのですから、「米国が北を追い詰めるから」という理屈が、大量破壊兵器開発の口実にされている感があります。米国が簡単に取引に応じることはないと見越して、無理な取引をもちかけて、粛々と核開発を進めてゆこうという考えが北にあるのではないかということです。万が一、米国が制裁を緩めてくれたらラッキーですし、どちらにしても核開発は国家戦略として手放す気はない。

Q:前回までのお話で武貞さんは、「1:在韓米軍の事実上の撤退」「2:韓国の国情の親北化」「3:弾道弾と核爆弾の開発」が成ったときに、北の韓国統合への動きが始まる、と予想されていました。逆に言えばこの3要素が成り立たないようにすれば、最悪の事態、すなわち「朝鮮半島有事」は避けられるわけですね。

武貞 そういう意味では、今注目すべきは10月21日のSCM(米韓定例安保協議会)です。米国と韓国の間で論議の種になっている、米韓連合司令部の戦時作戦統制権の韓国軍への委譲の時期が話し合われます。米国が2009年返還、韓国は2012年返還を主張している。最初に返還を持ちかけた韓国が今は、返還を急がないでほしいと言っています。北の核実験に衝撃を受けた韓国がこの問題の協議棚上げを要望するかもしれない。韓国軍への委譲が決まれば、北朝鮮の侵攻への安全装置になっている在韓米軍のプレゼンスが大きく減り、「米国は手を引く」というメッセージを北朝鮮に送ることになるからです。

Q:日本は何か能動的な手を打てるのでしょうか。

武貞 日本外交にとっては、少なくとも、テポドン発射の時期より条件が良くなっていると思いますよ。あのときは中韓とのパイプが完全に目詰まりしていましたが、今は少なくとも首脳の往来ができるようになった。国連で北への制裁の道を開く憲章第7章の文言を盛り込んだ決議に、中国が反対しないように、外交努力をしやすい状況です。核実験のタイミングは安倍政権に、戦略的外交のまたとないチャンスを与えている。韓国には、「日米韓の結束で、北朝鮮の大量破壊兵器開発阻止を」と訴えやすい条件ができた。

 その他、米国との緊密な協力によるミサイル防衛体制の前倒し実施、軍事転用物資の北への流入防止のための国際的協調を進めること、朝鮮半島での米国の軍事的役割低下の時期を先送りすることがあります。また、6か国協議が膠着状態で、北の大量破壊兵器開発が進んでいる間に、南北経済協力だけが突出して進展してきた感があります。そのあたりの足並みを揃えるための呼びかけも必要でしょう。

 さらに、北朝鮮が核実験に踏み切ったことで、日本人の意識は、変わることは間違いない。日本人は核に対するアレルギーが強いですから、北朝鮮の核実験には驚いた。ミサイル発射のときの驚きとは、ケタ違いです。自国の安全保障を、他人まかせにするのではなく、ひとりひとりがいろいろな意見に耳を傾け、議論をするようになるのではないでしょうか。
(聞き手:日経ビジネスオンライン編集部)

business.nikkeibp.co.jp(2006-10-10)