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この技術でルノーは勝利した!

 「マスダンパーって何さ」。文系のレース好き数人に相次いで聞かれた。今シーズン、F1の勝敗を左右する部品だ。8月27日に終わったトルコグランプリで正式に禁止されたので、この場を借りて説明いたしましょう。

 今シーズン初め、ルノーは開幕3連勝と圧倒的に速かった。ところが、途中からフェラーリが追撃、というよりルノーが“失速”して急接近した。ここ2戦はフェラーリがどたばたしていることもあって、ルノーはこのまま逃げ切れるかもしれないのだが、混沌としてきたことは確かだ。

 序盤、ルノーはマスダンパーを生かした設計をして快走した。主催者のFIA(国際自動車連盟)は「可動する空力付加物」だとして“別件逮捕”に動く。あれこれもめた末、トルコグランプリで禁止が確定した。

 ルノーが失速したのは、そのごたごたが始まった頃。ルノーは自主規制してマスダンパーをやめたようだから、マスダンパー問題とルノー失速の因果関係が噂されるのも無理はない。“強いものいじめ”はF1の伝統。興行なのだから、盛り上げるために何でもするのは当然のことだ。

単なる「錘」と「ばね」
 マスダンパー、またの名をダイナミックダンパー、日本語で動吸振器。レースの世界で通用しているようなので、ここではマスダンパーにしておく。

 物体(この場合は車体)にばねを介して錘(おもり)を取り付ける。この錘をひっぱたくと一定のリズム(固有振動数)で揺れ続ける。固有振動数は錘の質量とばね定数から計算できる。土台の物体が揺れる場合、マスダンパーの固有振動数と同じ振動数で揺れようとすると、マスダンパーからの力がこれを打ち消す。

 ルノーはこれを生かしてピッチングを抑え、路面と車体との距離を正確に管理した。車体の底に狙った通りに空気を流してダウンフォース(空気が車体を路面に押しつける力)を安定させ、速さを手にしたという。

 実際には、こんな分かりやすい「錘 + ばね」の形をしている必要はない。1枚の鋼板だって、形を工夫すれば「あっちが錘、こっちがばね、その境界線はうやむや」というマスダンパーを作れる。報道を仕事にしながら言ってはいけないことかもしれないが、「どうしてルノーは対外発表しちゃったんだろ」と思うくらい“黙ってりゃ分からない”部品なのである。

 もっと分かりにくいのが市販車だ。市販車には全部足すと何十キロというマスダンパーがある。「そんな軽量化に逆行することをするか」と言われそうだが、嘘ではない。確かにわざわざ専用の錘をつければそれだけ重くなる。だから、もともと必要な部品を錘として使う。ラジエーターやバッテリーが錘、それを支持するゴムがばねだ。

マスダンパーが地下に潜る
 ルノーもフェラーリもマスダンパーの威力を思い知った。ルノーのやり方がまずかったことも学習した。禁止されたものはもう使えないが、マスダンパーらしきものが、手を替え品を替え出てくるだろう。

 市販車式に、部品を弾性支持するかもしれない。これは部品を振動から守るためでもあるから違法ではない。極論だが、何層も巻き重ねているCFRP(炭素繊維強化プラスチック)に、柔らかい層(ばね)と重い層(錘)を仕込んでおくのも手だ。これは微妙に違法かな。“可動する”の解釈次第だ。

 「法律さえ守れば何をしてもいいのか」という議論がひと頃あった。F1では「何をしてもいい」。合法、非合法の境目を見極め、ぎりぎりまで攻めることが正義だ。排気量2.4リットルまでと決められれば2.4リットルぎりぎりに作るのと同じで、何も後ろめたいことはない。

business.nikkeibp.co.jp(2006-09-05)

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