逆境で強くなるのが日本企業の習性?

 ここへきて日本の自動車メーカーによる「ハイテン」と呼ばれる強度の高い鋼材の採用比率が急激に高まっている。例えば、先週発売されたホンダの「シビック」。第8世代となる今回のシビックは、ボディーの主要骨格部分には第7世代で使った40kg級より一段階強度が高い60kg級のハイテンを使用、その比率は主要骨格部分の5割近くに達した。8月にマツダが発売した「ロードスター」に至っては車体の12%が80kg超のハイテンで、80kg以下のハイテンも含めると実に車体全体の58%をハイテンが占めるという。

 「日本車が劇的に変わり始めたのは2000年頃から」。こう指摘するのは、ハイテンの開発については鉄鋼業界で最も早くから取り組んできた神戸製鋼所の鉄鋼部門商品技術担当の中村秀樹常務執行役員だ。ちなみに、80kg級のハイテンというのは、1mm2当たりの引っ張り強度が、一般のマイルド鋼が約30kgであるのに対し80kgという意味で、通常の鋼材に比べ、約3倍弱の強度を持つ。さて、ではなぜ2000年頃からなのか。

▼両立させにくかった軽量化と衝突安全の向上

 中村常務によると、1980年代はハイテンを使ったクルマの軽量化が進んだものの、90年代に入ると、衝突安全の規制が強化されたのに伴い、ハイテンに様々な補強材を加えていったため軽量化の動きが犠牲になった。

ところが2000年以降、安全に対する要求が高まり続ける一方で、京都議定書の発効を前にCO2(二酸化炭素)排出削減問題が深刻化する。しかし、安全装備の充実で、クルマは重くなるばかり。こうした中でメーカー各社が一斉に、軽量化による燃費向上と衝突安全の向上という二律背反する要素を解決する手段として、思い切ったハイテンの採用に動き出したというのだ。 ところが2000年以降、安全に対する要求が高まり続ける一方で、京都議定書の発効を前にCO2(二酸化炭素)排出削減問題が深刻化する。しかし、安全装備の充実で、クルマは重くなるばかり。こうした中でメーカー各社が一斉に、軽量化による燃費向上と衝突安全の向上という二律背反する要素を解決する手段として、思い切ったハイテンの採用に動き出したというのだ。




上が9月22日に発表されたホンダの新型「シビック」。下はシビックのホワイトボディ。オレンジの部分がハイテンを使っているところ。 写真:都築雅人

 以前も書いたが、1970年に米カリフォルニア州が導入した排ガス規制、マスキー法をホンダが72年、CVCCエンジンを開発し、世界で初めてクリアしたことが日本車メーカーの飛躍につながった。「追い込まれると飛躍する」というのがどうも日本企業の習性なのか。

 神戸製鋼所だってそんな会社の1つだ。95年の阪神・淡路大震災で被った被害額は1020億円。倒産の危機に追い込まれた中で、バブル時代に手を広げた多角化事業をリストラし、弁バネなどニッチ市場ではあっても世界でトップシェアを握る差別化商品に特化していく戦略に転換。今や経常利益率8%(2006年3月期予想)という企業に生まれ変わった。

 同社のハイテンも、弁バネ、懸架バネといった特殊鋼で培ってきた技術を生かして伸ばしてきた事業の1つ。特に80kg級、100kg級など超ハイテンと呼ばれる分野では圧倒的な強さを誇るという。

 「何といっても日本車メーカーにはしごいていただいてますから」と中村常務は笑いながら話す。ハイテンの採用にはBMW、メルセデス・ベンツといった欧州メーカーも積極的らしいが、「あくまでも指定されたスペックの製品を納品するだけで、後は何も問われない」(同)

 ハイテンは強度が高いだけに、加工しにくく、使いこなすのが難しいと言われる。溶接も難しいらしい。しかし、日本の自動車メーカーは、「強度」はもちろん、「成型性、加工性がいいこと」、さらに「溶接も塗装もしやすく」、おまけに「コストの安さ」まで求めてくる。この要請に応えようと、鉄鋼メーカー側も設計段階から自動車メーカーに入り込み、メーカーと膝を突き合わせて研究を続ける。おのずと力がつくわけだ。やはり「追い込まれて飛躍」である。

 実際、最近のハイテンを使った「安全なクルマ」作りの進化は目覚ましい。例えば乗員が乗るキャビン部分のセンターピラー(側面の前の窓と後ろの窓の間にあるピラー)。ハイテンが最もよく使われる部分の1つだが、側面からSUV(スポーツ・ユーティリティー・ビークル)といった車高の高いクルマに衝突された場合、ピラーにただ剛性があるだけでは、かえって乗員に衝突の衝撃が加わる。そのため、一定の衝撃が加わると折れるように、ピラーの腰から下の特定部分だけあらかじめ強度を弱く作り、これにより衝突の衝撃を吸収し、中の乗員を守るのだという。

 同じピラーでも、頭のあたりのピラーが折れたのでは困る。頭を守るために腰から下の部分で折れるように設計してあるというのだ。しかも、折れても側面から追突してきたクルマの食い込みが一定の範囲内に収まる設計になっており、それにより中にいる乗員が生存できるだけの空間を確保している。

 つまり、従来は衝突安全性と燃費向上は相反する要素だったが、日本のメーカーはハイテンを使いこなすことで、軽くて強いボディー作りのノウハウを着々と蓄積しつつある。クルマは軽くなると、それだけ衝突安全にも効いてくる。ぶつかった時のエネルギーは、質量が軽くなればそれだけ軽くなるからだ。

▼米国の自動車メーカーとは差が拡大するばかり

 米国の自動車メーカーがハイテンの採用に動き出したのは最近という。ここまで燃費の向上が求められるようになって、使わざるを得なくなってきたというのが理由らしいが、ハイテンを使いこなすノウハウという意味でも、日本車メーカーと差がまた開いてしまったのだろう。

 また、一定レベル以上のハイテンは、日本の鉄鋼メーカー以外は供給できないという。世界の鉄鋼メーカーの間では、大きな再編が続いており、新日本製鉄、JFEスチールといえどももはや規模は大きいとは言えない。一方、アジアでは韓国のポスコを筆頭に、中国の上海宝鋼集団や台湾の中国鋼鉄など、新たな高炉建設計画をぶち上げる企業が相次いでいる。

 しかし、「日本の鉄鋼メーカーが高炉を新たに作る可能性は低い。むしろ既存の設備を使って、汎用品からより高付加価値な鋼材を作る方向に今後一層進んでいくだろうし、そうすることが日本が競争力を維持強化していくことにつながる」と中村常務は語る。

 バブル崩壊、中国台頭で一時は追い詰められた日本の企業だが、ハイテンの徹底採用で差別化を図る日本の自動車メーカーや鉄鋼メーカーの歩みは、今後の日本の製造業のあり方を示しているのかもしれない。

日経ビジネス(2005-09)