見えてきた「トヨタ世界一」、
奥田会長を悩ます早過ぎるという“誤算”


「トヨタは多分引き上げるだろう」

 6月8日、日本経済団体連合会の奥田碩会長(トヨタ自動車会長)は、米国での自動車販売価格についてこう発言した。日米自動車摩擦の再燃を巡る自動車業界内での議論に対し、トヨタの姿勢を明らかにした。

 トヨタの北米統括会社では、値上げの影響について検討が始まっている。気になるのはトヨタの販売にどこまで影響が出るかだ。同社のシェアは12%台に過ぎず、低価格攻勢をかける韓国の現代自動車の存在もある。他社が追随しなければ、1台当たりの利益は増やせてもシェア競争では不利になる。それでもという、この発言に込めた意図は何か。

 販売好調、2年前倒し達成か

 1990年代に日米自動車摩擦の解決を陣頭指揮した奥田会長は、「米国の象徴産業が崩れると感情論が国家政策に表れるかもしれない」と、摩擦の再燃を危惧する。トヨタは今後モデルチェンジでの車種の値上げなどで、急激過ぎる米国での売り上げの伸びにブレーキを利かせようとすると見られる。

 少なくともそう意識せざるを得ない事情がある。早ければ来年にもトヨタが米ゼネラル・モーターズ(GM)を追い越し、生産台数で世界最大手となる可能性が強まったことだ。これまでは、両社が肩を並べるのは2008年以降との見方が一般的だったが、GMの不振により予想以上に早まるという“誤算”が生じそうだ。

 ダイハツ工業と日野自動車を含めたトヨタグループは、2004年に全世界で754万7177台を生産しており、今年は8%増の812万台という目標を打ち出している。2002年以降、トヨタは毎年、前年比8%以上のペースで生産台数を伸ばしてきた。今後もその勢いを持続できれば、2006年には877万台程度が期待できる。

 ただし、このところ世界各地でトヨタ車への需要は旺盛で、2004年は同10.6%台数を伸ばした。今年1〜4月でも前年同期比8.9%増だった。2006年には米テキサス州などで新工場が稼働し、北米の主力車種「カムリ」の新型を発売する予定。東南アジアなどは国際戦略車「IMV」の増産が期待され、国内では高級車の「レクサス」で車種が出揃う。こうした積極策に乗り、9%程度の成長が続くと、来年には900万台の大台が見えてくる。

 GM、販売低迷がより鮮明に

 一方、GMの失速は鮮明になり始めた。8日開かれた株主総会で、リチャード・ワゴナー会長兼CEO(最高経営責任者)は「2002年段階で600万台だった北米の生産能力を、今年末までに500万台に削減する」と表明した。

 昨年GMは、グループ全体で909万台を生産した。しかし、今年に入ってからの販売不振は深刻で、GMが既に生産計画を発表している1〜9月分では、グループ全体で約2%減の計画を打ち出している。競争力のある車種が不足する中、生産台数減がいつまで、どの程度続くかが見えにくい。

 GMの元上級副社長であるマーク・ホーガン・マグナ・インターナショナル社長は「GMの復活を信じているが、魅力的なクルマが出るにはもう少し時間がかかる」と指摘する。今年の生産台数は890万台程度にとどまる公算。年末から投入する新車が空振りし、来年もこの水準が続いた場合、トヨタが9%成長を維持すると世界一が入れ替わる。GMの台数がさらに落ち込めば、それだけトヨタに追い風となる。

 奥田会長を悩ます“誤算”は生じるのか。トヨタの社内からは、世界一奪取に向けて楽観論も漏れ始めてきた。こうした雰囲気に対して警鐘を鳴らそうというのが、奥田会長のもう1つの狙いでもあるようだ。(ニューヨーク支局 山川 龍雄、伊藤 暢人)

日経BP(2005-06-21)