ホンダ新社長、福井威夫氏が語る次の一手

 ホンダの6代目社長として福井威夫氏が就任した。絶好調だった業績は2004年3月期に営業減益が予想されるなど、節目を迎えている。創業者である故・本田宗一郎氏の長男が社長を務める「無限」で脱税事件も起きた。逆風も吹く中、創業者の薫陶を受けた最後の世代として、福井社長は「ホンダイズムは継承する」と言う一方で、「それ以外はどんどん変える」と経営の揺り戻しを宣言する。

このまま行けばおかしくなる

 昔に比べるとホンダの経営は相当近代化しました。生産、営業、研究所…、すべての管理レベルが上がっています。日本自動車工業会の会長を引き受けるまでになったわけだから当然です。しかし、このまま惰性で続けていくと、必ず破綻を来すと思っています。だから、私はホンダに揺り戻しを与えたい。今が悪いというわけではない。このまま放っておいて、成長が止まるようなことがあってはいけないし、もっともっと成長したいからです。

 本来、商品開発におけるプロダクトアウトとマーケットインの発想は噛み合うはずですが、ホンダのクルマ作りは、外から見ると開発優位のプロダクトアウトが強かった。それを意識的にマーケットインの方に振りました。川本信彦社長(現特別顧問)のときに、相当振ったわけです。けれども、お客の声ばかり聞いていたら、みんな同じクルマになっちゃいますからね。

 創業期のように、人間尊重、権限委譲をもう一度見直して従業員のモチベーションを上げる必要があると思う。全体としてはきっちり動くんだけれども、部分的には何かとがったことをやっていきたい――。そういう社内風土ができるといいと思っています。

 いずれにしろ、変えていくことは絶対必要なことです。同じ状況が続くと、必ずおかしくなるというのは世の常だから変えていく。もちろん、ホンダが大切にしているフィロソフィー、ホンダイズムは残します。

 ホンダイズムを私なりに定義するなら「物事の本質を追求すること」ということでしょうか。商品開発も単なる競合他社との相対的な比較ではありません。客の本質的な潜在需要をどう発見するか。技術論で言うと環境技術なら、規制や他社の動向ではなくて、「本来こうあるべきだ」ということをまず考えるのがホンダのやり方なんです。

 内部で徹底的に考え抜いて議論し、方向を決めたらそこにまっしぐらに進む。そういう本質論と一途な努力、これが過去のホンダの成功商品を生んできました。これを忘れちゃいけない。

 1990年代後半、自動車業界ではグローバル規模での合従連衡が相次いだ。それに対し、ホンダは自主独立路線を貫き通した。しかし、次世代自動車の最右翼とされる燃料電池車など技術開発を背景に、再び合従連衡が起きるという見方がある。

「400万台」など無意味

 提携の可能性そのものは否定しません。ホンダのお客にとってプラスになるようなことがあれば考えます。

 90年代後半、「400万台クラブ」という言葉がありました。生産台数が400万台以上ないと自動車メーカーとして生き残れない、とね。大メーカーが部品を集中購買することでコストを下げ、すごい利益を出すんだなんてね。結局そんな話はありませんでした。ないんですよ、あんなの。我々もいろいろと考えたんですが、400万台に何のメリットがあるかというと、あまりなかったんです。

 台数が多いということは、それだけ販売チャネルの維持などにカネがかかります。米国ではインセンティブ(販売奨励金)による値引き販売競争が盛んですが、あんな競争をやっていたら(米国メーカーは)持ちこたえられないでしょう。

 では、次世代技術の開発では提携のメリットはあるのか。誤解があるようですが、燃料電池車など技術開発にかかる投資というのは、皆さんが考えているほど莫大なものじゃない。自動車メーカーにとっていちばんお金がかかっているのは新車の開発なんです。幸い今の利益水準はそこそこいっています。

 財務的には自前で十分将来投資に耐えることができます。費用だけでなく研究部隊もそろっており、将来技術のためにどこかと提携しなければならないという状況だとは考えていません。

 広州汽車との提携で順調に中国ビジネスを拡大しているホンダは、さらに、日産自動車の提携先である東風汽車との合弁で自動車を生産する。各社が殺到する中国市場について福井社長はどのような見通しを持っているのか。

 中国はおかげさまで受注残を抱えている状況です。生産拡大にはもうかなり手を打っています。広州本田で「アコード」「オデッセイ」を作っています。そこに新たに「フィット サルーン(日本名フィット アリア)」を出します。この3車種で、中国市場で24万台と、ほかに広州からの輸出で4万〜5万台というのが一つの目標です。東風側はいろいろな話をしておりますが、ホンダとしてはこれができたら次を考えてもいい。

 皆さん、中国で一挙に自動車が大衆化するという、割と楽観的な見通しを持っているようです。私は、ちょっと違う見方をしています。自動車を買えるお客はまだ限られた金持ちであって、一般大衆は2輪車です。

 中国経済も一本調子で伸びていくかどうか不安があります。まあ2008年の北京オリンピックまでは順調に伸びるんじゃないかというのが大方の見方ですが、その先は分からない。あるいは、自由化のプレッシャーが先進国からかかってきてどうなるか。そこは慎重に見極めたいなというのが基本的なスタンスです。

 コンパクトカー「フィット」が、車名別販売台数ランキングでトヨタ自動車の「カローラ」を破るなど快進撃を続けていた国内販売は、今年に入ってから失速気味だ。前年比2ケタ減を続ける国内販売をどう立て直すのか。

台数や利益は最上位ではない

 周りが、台数の話をし過ぎるんですよ。国内販売100万台を目指すと言ったんですが、私は台数を追うつもりはありません。企業内の位置づけとして、台数とか利益というのは最上位じゃないと思っているんです。

 企業である以上、必要な利益を上げなきゃいけないし、利益を上げるには台数も必要でしょう。株主に対しての義務もあります。それは当然だが、お客や社会に対する責任みたいなもの、これをもっと上位概念に置いて、会社のベクトルをそちらに持っていく。だからあんまり「台数、台数」で先走りたくないということなんですね。

 もちろん国内販売100万台はやるんです。やるんだけれども、タイミングは多少ずれます。恐らく今のホンダの力では、80万台から90万台ぐらいがきっちり支えられるレベルだと思う。車種や拠点数、販売サービスの体制などを強化していって、90万台プラスアルファ、95万台、100万台と、だんだん強化していきます。

 ここ数カ月の国内販売のマイナスは、短期的な問題だと思っています。構造的な問題ではありません。数字で見ると確かに相当落ちているけれども、前年がある種異常な状況だったわけです。我々が重要視している受注だと、もう昨年並みになりつつあるんですよ。「フィット」だって決して落ちていない。

 かつてホンダは80万台を達成してから落ち込みました。それからまたじりじり上がってきて、今に至っているわけです。まだ安定して継続成長するという実力はホンダにはないと思うんですよ。国内販売は、振幅があるんだけれどもベクトルは上向いているという認識を持っています。トップメーカーみたいに安定して何万台をきっちり売るという体制はなかなか難しいですが、ホンダは振れながら上がっていきますよ。下期を見ていてください。(聞き手は細田 孝宏)

日経BP社 情報(2004-03)