「技能五輪」 観戦記

 「技能五輪」の応援に行ってきました。 日本代表を決めるための全国大会で各県の代表が来ていました。 技能五輪は戦後まもなくスペインで始まり、まもなく隣国ポルトガルを加えて国際大会になったそうです。 日本は40年位前から参加し、一時期メダルを独占した時もあったようですが、最近は台湾や韓国に追い上げられたようです。
 EGも5年程前から参加し、何とか入賞できるレベルになりました。 種目は電子機器組立と抜き型(金型)製作で、21歳までの若者にこれを業務として、特訓をしています。

 以前、テレビで紹介されたことがありましたが、心・技・体が整わなければできない、将に想像を絶する技能の世界です。 経験豊かな中年、熟年といえども、とても体力的にもたず、専ら若者を指導する役になっています。 我々応援団も会社の名誉をかけて、応援旗ならぬ、社名入りのジャンバーに身を固め、辺りをうろつきまわりました。 電子機器、抜き型共、金メダルには届きませんでしたが、入賞を果たしました。

 たまたま、隣が「和裁」の会場でした。 私の母は父に嫁ぐ前から和裁を始め、半ば職業として70年余りにわたって携わったプロでした。、その姿を小さい時からそばで見ていましたので、その頃が甦ってくるようでした。 21歳以下の若い娘さん達ですが、各県の代表ですから、かなりのレベルに違いありません。 競技が始まる前から懸命に運針をしている人も何人かいました。
 「ばんいた」(番板?)に向かう、作業姿勢は正座が一割、ちょっと足を崩したのが二割、残り大半はあぐら(座禅?)スタイルでした。
 ふと、これを母が見たらどう思うのかな、見せてあげたいなと、頭を過ぎりました。 いろいろ違いはあっても若い人達がこんなに一生懸命に取り組んでいる姿を見てどんなにか喜ぶに違いないと思いました。
題材は女物の袷(あわせ)の着物で一部、半完成したものを持ち込み、残りを決められた時間で仕上げるという競技のようでした。  案内パネルの中に、昔聞いた言葉がたくさんありました。 先生は50〜60歳位の年配の男女で、その和服姿は若干「着流し風」でした。 彼女達が履いてきた履物も将に様変わりでした!!

 国際大会の種目は「31」あるそうで、若者たちが左官、石工、造園等に懸命に取り組んでいました。  因みに日本大会だけの種目が4つあるそうです。(和裁・日本料理・畳・瓦) 地元、福島県の名工といわれる人たちも作品持参で来ており、興味のある話しを伺うことができました。

記:木田橋 義之(2003-03-17)