マレーシア技術指導情報

 自工会とJODCのアセアン地区における自動車部品サプライヤーの技術支援事業に参加して、マレーシアでの滞在が4ヵ月になりました。衛星放送による日本の気象情報に比べ、8月の赴任以来30℃を超えてほとんど変わらない気候は季節感がなく、時間が停止しているように感じます。仕事の方はまずまず順調に推移していますが、不思議な国マレーシアについて、短期間の経験ですが所感をお伝えします。

 マレーシアの民族構成は、マレー人60%、中国人30%、インド人10%、それぞれの民族が独特な宗教、文化を持ち同化することなく生活している。例えば、日本の正月にあたる国民祭日は民族ごとに設定され、全国民の休日となっている。レストランは民族別に区分されている。豚肉、牛肉、酒、宗教ごとの戒律がある。イスラムではギャンブルが禁じられているが、中国人、外国人用のカジノがあり、高額ギャンブルが行われている。

 政治の基本はブミプトラ(マレー人優遇)とルックイースト(日本や韓国に学ぶ)。ブミプトラ政策は全ての分野においてマレー人を優遇するという政策。大学への入学はマレー人枠が設けられている。企業のトップは一定比率でマレー人でなければならない。首相のマハティールは医学者でマレー人は遺伝子的に中国人より劣るという論文を発表し、国家として成立させるためにはマレー人を優遇しなけらばならないという論法。国としては天然資源があり豊。貧困はほとんど目に付かない。道路、住宅などインフラの整備は日本以上に素晴らしい。マレー人は保護され、人懐こく、いつもニコニコ生活している。
 マジョリティーのマレー人が保護されているという不思議な話であるが、時代は日本の明治維新のような感じで、政治、行政の主導で商工業の成長を図っている。

 97年のアジア通貨危機で日本政府は何らかの支援をしなければアジア地区は経済的に沈没する、日本への跳ね返りを最小限にするために支援事業を決め、その一つがマレーシア、タイ、フィリッピン、インドネシアの自動車部品産業の技術支援事業、結果的に日本の自動車産業の下支えになることを目指している。

 マレーシアでの活動は上記の政治背景から、マレーシアの中小企業庁、自工会、部品工業団体の方針に大きく左右される。この事業で対象となる企業61社が提示され、マレー系現地資本、現地技術の企業が多い。外国資本、外国技術を導入している企業は基本的に対象外となっている。

 30社近くを訪問したが、中国人が実質的に経営している会社(形式上の最高責任者はマレー人)はレベルが高く、マレー人経営の会社は工場の形態をなしていないように思えるところが多い。要するに、規制による保護は競争心を失い、政府が何とかしてくれるという意識が改革改善に向かわせないことになっている。2005年に自動車は自由化されることになっているが危機感はあまりない。その時が来ても政府が何とかしてくれるとでも思っているように感じる。

 全ては国の保護のもとにある。自動車は年間30万台近く生産しているが国民車としてプロトン(三菱系)とプレデュア(ダイハツ系)が90%を占め、手厚い保護を受けている。他の自動車メーカーの現地生産は100%の税金、輸入車は200%の関税。それでも国民車以外の車が相当数走っている。

 私が現在使用している車は1500ccの国民車、新車価格で150万円。基本的に、三菱が15年前に技術支援、生産を開始した車がベースで、商品性、品質レベルが進化していないと感じる。2万kmの走行距離で、この4ヶ月間で3度故障し、2度は走行不能状態。日本の車では考えられない故障内容である。現地人の意識はまず輸入車を買いたい。次に国民車以外の国産車、できれば国民車は買いたくない。しかし、経済的な理由から国民車で我慢しているのが実情。輸入車のアコード2300cc、4気筒が500万円。規制緩和と国民所得の向上で国民車の将来は見えているように思えてならない。

 このような背景の中で、国民車の部品を生産している一次サプライヤーを指導することに疑問を感じざるを得ないが、大きな目で見てマレーシア全体の部品産業の底上げが、将来、国民車に限らず、現地自動車産業の発展に役立てば幸いと考え、与えられた役割果たそうと努めている。

 ところで、私の仕事は当初技術指導のつもりで来たが、サプライヤーを訪問して、私の固有技術で指導できるところは少なく、また、マレーシア側の方針もあって、工場運営の指導を行っている。5S、ムダの削減、在庫削減など。現在私が担当して指導している会社は6社。これらの会社の管理者は工場運営についての座学的知識はもっているが、知識と現場があまりにもかけ離れている。

 例えば5Sの掲示を受付カウンターに張ってあり、そのような会社は概ね工場内はゼロSの状態、5Sは従業員向けにアナウンスすることとは理解していない。また、いたるところでカンバン生産システムの質問を受けるが、何か魔法の生産システムがあるように勘違いしている。ムダをなくし、不良を削減し、工場を管理状態にしない限り生産システムの導入は考えられない。工場内はムダの山だらけ、在庫の山。一つずつ、何が問題で、どのようにして改善するか指導している。その気になって改善に着手するまで相当な時間を必要とする。私の期間は6ヶ月、2月に第2陣にバトンタッチすることになるが、2〜3年で61社をレベルアップするには相当の困難が伴うと思われる。

 私のチームは5名、平均年齢61歳位、4名は定年退職者。このような事業に参加するについて必要なスキルは、第一に何かの分野でエキスパートであること。第二に、生徒に教える先生役ができること。エキスパートであっても先生役が演じられないと旨くいかない。第三に英語、コミュニケーションが旨くいかないと仕事が進まない、英文の資料作成とその説明ができないと、マレーシア関係役所へ報告できない。第四にパソコン、資料作成(エクセル、パワーポイント)、Eメール、資料添付、デジカメ、ビデオ。文明の利器は現地でも結構利用されている。その他の要件もあるかもしれないが、オールマイティーな人はいないので、結局チームメンバー間でお互いに不足するところを補完しあうことになる。このような事業を成功させるには見ず知らずのチームメンバーのマネージメントも重要なポイントになる。
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 クアラルンプールでの私生活は非常に快適である。6ヶ月の滞在であるが家具、電気製品、食器等のレンタル付マンションの一室を借用し、週2回メイドが来て家事一切をやってくれる。

 大型ショッピングモール、JUSCO、伊勢丹が各所に点在し買い物も便利。車は左通行なので自分で運転できる。ただし、道路が立体交差で複雑であることと、車の故障を考えると不安であまり遠くへは行けない。物価は日本の1/2程度の感じであるが、日本からの輸入品は高い。都心は世界一高いツインタワービルをはじめ多くの高層ビルがあり、緑の多い美しい街である。趣味のゴルフは週一回のペースでプレーしているが、早朝に日本では考えられない余裕のあるゴルフができる。しかし、日焼けすることは避けられない。観光地も各所にあって休日には運転手付で出かけている。日本の観光客は非常に少ない。治安はひったくりなどの情報が時々、不安に感じることはあまりない。

 今回この事業に参加できたのはVP(Voluntary Project)メンバーである粕谷氏から情報を貰ったこと、VP活動の一環であること、自己目的として英会話が少しはできるようになりたかったこと、等が上げられる。私のような定年退職者が生きがいを求めるための一つの方法ではないかと思っている。こちらに来てから新たに10人を超える日本人と知り合いになり、サプライヤーのマレー人とも帰国後メール交換ができるような関係になりたい。
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 以上、とり止めもなく私の雑感を書きましたが、気づいたことなど、何か助言をいただければ幸いです。

記:渡辺 輝興(2001-12-21)