全固体電池で1000キロ走るEV 安全で大容量

次世代のリチウムイオン電池である「全固体電池」が電気自動車(EV)を一変すると期待を集めている。2020年代前半には製造技術が確立する見通しで、30年ごろには1回の充電で現在の2倍以上にあたる1000キロメートルの走行も夢ではない。発火しにくい全固体電池は安全性の高さに関心が向くが、容量が大幅に増える利点もある。電池切れの懸念を払拭するだけでなく、大きな蓄電池とみなして太陽光発電などの電気をためたり非常用電源に使えたりする。電気自動車が「発電所」になる可能性も秘めている。


203×年の連休初日。あなたは東京から大阪まで旅行することに決めた。電気自動車を自宅の電源につなぐと、わずか10分で80%まで充電できた。あとは大阪まで向かうだけだ。全固体電池を積んだ車体は急速充電ができ、1回の充電で1000キロメートルも走る。電気自動車は充電がわずらわしく、街中でしか乗れないと話していたのが懐かしい。家が停電のときは、電気自動車の電気を使い回す。

全固体電池は、主にリチウムイオン電池の安全性を高める発想から開発が始まった。燃えやすい液体の電解質を固体の材料に替え、燃えにくくする。大きな発見もあった。電気をつくるリチウムイオンの動きが速まったのだ。急速充電や容量の大幅向上がにわかに現実味を帯びてきた。

研究に力を入れるのが、2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏が理事長を務める技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センターだ。全固体電池の委託事業にトヨタ自動車などの企業と大学が参加する。車載向けの全固体電池の標準の形を22年に完成させる計画を立て、大学などを支援する。

豊橋技術科学大学の松田厚範教授らは固体電解質のイオンの動きをさらに速くできるとにらむ。硫化物の固体電解質にイットリウムなどを混ぜると、電解質に空間ができてイオンが動きやすくなった。セ氏50度では電解質の抵抗が10分の1になった。試算では、電池の放電容量は約2.5倍に向上する。

より多くのリチウムイオンを負極にためて電池の容量を引き上げようとしているのが、大阪府立大学の辰巳砂昌弘教授らだ。負極に金属リチウムを使う全固体電池を研究する。電解質に塩素などを混ぜた全固体電池では、電極にからみつくリチウムがそれまでの固体電解質よりも少なくできるめどをつけた。「容量を2倍にできる可能性がある」(辰巳砂教授)と期待する。

甲南大学の町田信也教授らはシリコンを使う新たな負極を考案した。シリコンは炭素負極よりも2〜3倍のリチウムイオンをため込めるという。液体のシリコンを使い、負極の劣化を抑えた。

ある調査によると、全固体電池の市場は35年に2兆7千億円を超える。吉野氏は12月のノーベル賞受賞記念講演で「リチウムイオン電池が電気自動車や再生可能エネルギーの蓄電に広く普及する未来社会」を紹介した。全固体電池にかかる期待は大きい。

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 車載向けの全固体電池は、2011年に東京工業大学の菅野了次教授とトヨタ自動車がリチウムイオン電池の性能を引き出す電解質を発表し、本格的に研究が動き出した。日本発の電池の実用化に向けて国も支援し、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は18年から5年間で100億円の予算をつける。

 技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センターが22年に完成を見込む標準電池は、走行距離に関係する「エネルギー密度」という性能が最新のリチウムイオン電池に近づく。現在の車載用リチウムイオン電池に必要な冷却装置などが全固体電池でいらなくなれば、多くの電池を積める。「1回の充電で500キロメートルは走る車になるのではないか」と同センターの石黒恭生常務理事は話す。ただ、ハイブリッド車などは1度の充電と給油で1000キロメートルを走る車もある。全固体電池でも1回の充電で1000キロメートルを超える性能が目標になる。

 米国や台湾のベンチャーも20年代前半の実用化に向けて車載向け全固体電池を研究しており、どの国の電池が市場を握るかは不透明だ。ナトリウムイオン電池など他の次世代電池の研究も活発になり、全固体電池の開発で先手を打てるかどうかが問われる。
(福井健人)

nikkei.com(2019-12-27)