奥田碩氏の言葉の重み 車「CASE」時代の雇用は

従業員のクビを切るならば、経営者は当然、自ら腹を切るべきだ……。経団連会長も務めたトヨタ自動車の奥田碩元社長は、雇用にこんな言葉を残した。経営危機に陥った日産自動車でカルロス・ゴーン元会長が「コスト・カッター」と呼ばれ、リストラを進めた時期と重なる。今の日産も含めて、自動車産業は「CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)」時代に突入し、再び雇用が大きなテーマになってきそうだ。

■ホワイトカラーの削減ラッシュ

2019年に入って、独フォルクスワーゲン(VW)は中核のVW乗用車ブランドでホワイトカラーの人員を最大7千人削減すると発表した。米フォード・モーターもホワイトカラー7千人の削減計画を明らかにしている。

そして、経営難に陥った日産。7月25日、19年4〜6月の連結決算の発表にあわせて、22年度までにグループ従業員の1割にあたる1万2500人の削減計画を明らかにした。記者会見での西川広人社長兼最高経営責任者(CEO)の表情が気になった。

日産が実施する人員削減は2段階に分かれる。18〜19年度の内容は既に公になっている点も多いが、20〜22年度の詳細を伏せた。メディアからの質問に対し、構造改革担当の関潤専務執行役員は断固として拒んだ。一方、西川社長は「私は言いたいんだけどな」と関氏に笑みをこぼす一幕があった。

同社の4〜6月期の営業利益は前年同期比98%減。経営再建が視界不良のなかで、収益改善の道筋を示したかったのかもしれない。それでも、従業員の胸中を思えば西川社長の言動に疑問符が付く。それほどリストラ慣れしたのだろうか。

解雇規制が厳しい日本では海外ほど人員削減に踏み切りにくい。今回の日産の削減対象も主に海外だ。08年秋のリーマン・ショックが襲った時も、国内の車産業の直接雇用者数はそれほど減らなかった。「雇い止め」が話題となったが、期間従業員が対象となり、有期契約が終わると延長を見送るというものだった。

今、日産が直面しているリストラを別にしても、自動車業界は新たな雇用問題に向き合う。「CASE」の大波が、業界構造を根本から崩そうとしている。

■CASE時代イコール「利益枯れ」

日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は5月、「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少しないと終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と発言した。8月2日のトヨタの決算会見でも吉田守孝副社長が、「雇用を守ることがいかに大変か、自動車産業に関わる皆が認識する必要がある」と述べた。

日本自動車工業会によれば国内の自動車産業で働く人の数は546万人。全就業者人口(6664万人)の8.2%を占める。

ただ、CASE対応の負担は相当に重い。コンサルティング大手、アリックスパートナーズは7月に発刊したリポートで「自動車業界が長期にわたる『利益枯れ』の時代に入った」とした。

これまでの車両開発の枠を超えて、新たな技術、サービスに対する先行投資を迫られる。そのうえで、「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業と伍(ご)して戦っていく必要がある。アリックスパートナーズのマネージング・ディレクターの川口幸一氏は、「固定費の抜本的な削減を強いられる」とコメントした。

■問われる経営者の覚悟

米経営学者のピーター・ドラッカーが「産業の中の産業」と呼んだ自動車産業。それだけ業界への波及効果が大きいことを示す。CASEはそんな盟主の座を揺るがすインパクトを持つ。

ただ、「産業の中の産業」と呼ばれるのは、リーン生産、カンバン、省人・自動化など近代組織を築きあげてきたからだ。そこには雇用のあり方も含まれる。冒頭の奥田元社長のメッセージそのものは過激だが、経営者はそれほどの覚悟を問われているはずだ。

(企業報道部 古川慶一)

                 [日経産業新聞 2019年8月22日付]

nikkei.com(2019-09-04)