ホンダ、研究所に大なた振るい「CASE」方針固める

ホンダが、自動車開発を揺るがす「CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)」に対する方針をいよいよ固めた。世界中堅規模のメーカーにもかかわらず、全方位に映る開発志向だったホンダ。「選択と集中」を進めて、独自性を打ち出せる領域で勝負する。何を捨てて、何を残すのか。「ホンダらしさ」を失わないのか。再スタートを切るホンダの決意を読み解く。

■ハイブリッド車、2モーター式に1本化

ホンダが7月に開催した技術説明会「ホンダミーティング2019」。3種類のハイブリッド車(HEV)技術のうち、1モーター式と3モーター式の開発をやめる決断を明かした。2モーター式だけを残す。


HEVで先行するトヨタ自動車は、基本的に1種類の技術で勝負する。世界販売でトヨタの半分程度のホンダが3種類を用意していたのは、さすがに過剰だった。1種類に絞る「選択と集中」によって、開発工数を抑える。

生産面でも本格的な選択と集中に着手する。2021年中に、英国とトルコの生産拠点を閉じることを発表した。同年以降に、工場の稼働率は「90%から100%になる」(ホンダ社長の八郷隆弘氏)見込みだ。

ホンダにとって初めてといえる本格的なリストラ。現状で1.9%と壊滅的に低い4輪事業の利益率を大幅に高められるだろう。

「ホンダに関心のある投資家はいない」――。自動車アナリストの多くが、現在のホンダに冷淡である。自動車開発の大きな潮流であるコネクテッド、自動運転、次世代移動サービス「MaaS(マース)」、電気自動車(EV)。

CASEとも呼ばれる大潮流に対して、ホンダの方針がはっきり見えないことが大きい。

CASEが本格化する25年前後を見据えると、準備を始めるには今がぎりぎりの時期である。ホンダは選択と集中で得られた工数や利益を、出遅れた分野に振り向ける。方針の見えない「優柔不断」な状態に終止符を打ち、再スタートを切る。

■航続距離500キロ超の中型EV投入へ

CASEには、自ら手掛ける領域と他社と協調する領域を切り分けて臨む。限られた開発資源で、競合他社に追い付くことを優先する。「大きな絵を描き、足りないところを(他社との協調で)埋めていく」(本田技術研究所社長の三部敏宏氏)。

EVについては、専用のプラットフォーム(PF)を自ら新しく開発する。EV航続距離は明かさないが500キロメートル超を視野に入れ、エンジン車を代替できる水準を目指す。投入時期は22年ごろになりそうだ。ホンダが19年後半に欧州で発売する小型EV「ホンダe」の約200キロメートルから大幅に増やす。

かねてEVは近距離用というニッチな存在と位置付けて、エンジン車と競合するのを避けていたホンダ。新しいEV専用PFは中型車向けで、エンジン車と真っ向勝負できる車両にする。後部モーター・後輪駆動(RR)を基本にして、EVでも「走り」を強調する。

EVのPFを自ら手掛ける一方で、モーターやリチウムイオン電池などの中核部品は協調路線で臨む。モーターは内製品に加えて、日立オートモティブシステムズとの共同出資会社で生産する。電池はGSユアサと設立したブルーエナジー(京都府福知山市)で生産するだけではなく、パナソニックや中国・寧徳時代新能源科技(CATL)、米ゼネラル・モーターズ(GM)から調達する。


■自動運転、レベル4は他社と協業

自動運転については、運転者が関わる「レベル3」は主に自前で開発する。一方で、無人運転ができてシェアリングサービスなどに活用する「レベル4」は協調路線で、GM子会社のGMクルーズの開発に参画する。

ホンダは20年にも、高速道路の渋滞時に限る形でレベル3に対応したシステムを用意する。法律が整えば、実用化する計画だ。さらに25年以降には、高速道路に比べて環境がはるかに複雑な一般道でレベル3を目指していることを明かした。

MaaSについては、ホンダ独自の考えである「eMaaS」を打ち出した上で、他社と協調する。eMaaSとは、エネルギーをサービスとして提供する「EaaS(エネルギー・アズ・ア・サービス)」とMaaSを組み合わせた造語で、移動とエネルギーのサービスを一つのプラットフォーム上で実現する構想を指す。


MaaSで室内から短距離、中長距離の移動をスマートフォンなどを使って効率的にする。トヨタやGMなどとの協業が前提となる。EaaSは、EVや電動2輪車、充電器、持ち運べる電池などの充電量をサーバー上で管理して、再生可能エネルギーの導入に役立てる。

具体的には地域内で分散したEVなどに搭載した電池を活用し、天候によって大きく変動する再エネを平準化する。再エネの平準化に貢献することで電力会社から対価を得たり、EVへの充電料金を安くしたりする。

■研究所再編で戦略実行に覚悟示す

「選択と集中」に加えて、「自前と協業」の切り分けが明確になってきたホンダ。15年に社長に就任した八郷氏の戦略が、4年かけてまとまってきた。

次はいよいよ実行段階に入る。八郷氏は本田技術研究所の体制を変更し、事業部門の戦略を研究所に浸透させる大なたを振るう。

研究所の独立性を重んじる松本宣之氏(研究所の前社長)が退任し、八郷社長自らが研究開発の担当取締役になった。事業部門(本田技研工業)と研究開発部門(本田技術研究所)を独立した別会社としてきた伝統に、くさびを打ち込む。

創業者が築いたホンダの文化を壊すことにつながりかねず、「研究所の独立性が失われる」(ホンダ技術者)との懸念は大きい。一方で事業部門が立案した戦略を実行することに対して、不退転の覚悟を示した格好とも言える。

「レベル4の自社開発は続けている」――。

もちろん研究所にいるホンダの技術者が、事業部門の方針に唯々諾々と従う社風ではない。会社の方針ではレベル4のMaaS用自動運転車の開発はGMクルーズと協調するが、開発現場では自社開発を続けていると当然のように話す。「協調路線の先に、独自性は際立たない」(ホンダ技術者)。

選択と集中による事業効率の向上と、「ホンダらしさ」の源泉である「失敗とムダを許容する創造性主義」(松本氏)は相反しがちである。社長の八郷氏自身、「全員が良いと思う組織はなかなかない」と悩んで決断したと認める。 ただ広がる一方の技術領域への対応に、中堅規模のホンダが限られた人材と資金の振り向け先を取捨選択するのは当然だ。自動運転やMaaS対応などで「周回遅れ」ともささやかれる体たらくを招いた本田技術研究所の再編は、やむを得ない。

ホンダの技術者全員が競合に劣後する現状を認め、「世界一であって初めて日本一となり得る」と語った本田宗一郎氏の心意気を取り戻したとき、ホンダの未来は開ける。
(日経 xTECH 清水直茂)
[日経 xTECH 2019年7月31日付の記事を再構成]

nikkei.com.(2018-08-22)