CASEが迫るホンダの脱皮

ホンダがCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)という新技術潮流への適応に苦闘している。研究開発費の負担が年々増すなか、株式市場は収益回復とイノベーションの両立への確信を持てないでいる。技術力で先進性や独創性を追い求めてきたホンダは、限られた資源と時間のなかで、新たな開発思想・体制への脱皮を目指している。

「電気自動車(EV)のクルマの基本骨格を共有すれば、多くの自動車を効率的に開発できる」。4日、埼玉県和光市のホンダの技術研究所で研究開発の将来像を社内外に示す「ホンダミーティング」が開かれた。八郷隆弘社長が初公表したEV専用骨格は、ホンダの製造・開発の方向転換を象徴するサプライズだった。

専用骨格は、米国ゼネラル・モーターズ(GM)、パナソニック、中国CATLなど外部メーカーのどの電池にも対応できるものとなる。ガソリン車ではローカライズを重視してきたホンダは、世界各地の生産拠点で地域ごとに様々な製品を開発し、顧客ニーズをつかんでシェアを獲得する戦略をとってきた。21年以降の投入が見込まれる次期EVでは、部品や装置の互換性を優先する。

方針転換の背景の1つは台所事情だ。CASE対応が重荷で2019年3月期の研究開発費は前の期比7%増の8069億円に膨らんだ。売上高研究開発費率は0.2ポイント増の5%に達し、売上高営業利益率の5%と並んだ。営業利益率は、二輪車の14%に対して、四輪車は2%にとどまる。屋台骨が揺らぐなか、ホンダは研究開発費比率を5%以内に抑え、業績の立て直しを急ぐ構えだ。

一方で、EVを含む電動車の販売比率を全体の10分の1に満たない現状から、2030年には3分の2に増やす計画も打ち出す。限られた資源でスピードを上げるにはガソリン車のような分散型の開発体制はとれない。ハイブリッドのモーター機構も3つから1つにまとめる。クレディ・スイス証券の秋田昌洋アナリストは「EVやハイブリッドで骨格やコア部品の共通化を狙う戦略は理解できる」と評価する。

問題はこの戦略が思惑通りに進むかだが、市場の懐疑の目は根深いようだ。株価は2800円台で低迷し、PER(株価収益率)は約8倍と東証1部平均の約14倍を大きく下回る。17年末から1年半の間にトヨタ自動車は4%安、米ゼネラル・モーターズ(GM)は7%安、独フォルクスワーゲン(VW)は8%安と自動車大手の株価は総じてさえないが、ホンダ株の下落率は26%に達する。経営トップの不正で揺れに揺れる日産自動車の下落率31%と大差ないという体たらくだ。

ホンダ株の低評価は、トヨタやVWなどと比べた業績の出遅れに加え、「コネクテッドや全自動など次世代領域の事業のビジョンを明確にしてこなかったため、CASE時代の構造変化に適応できるか不透明」(東海東京調査センターの杉浦誠司アナリスト)なのが響いている。ホンダは自前主義の開発にこだわるというイメージが、今後数年が勝負どころのCASE対応への不安を強めている面もある。

だが、現実にはホンダは、経営資源が限られているのを前提に事業戦略を練り直している。たとえば英国やドイツのスタートアップ企業への出資は電力制御や充電器などの技術を生かすのが狙いだ。「事業インフラ構築ではパートナー企業との連携を生かして、当社の負担ができるだけ少なくて済むようにと2〜3年前から準備を進めてきた」(開発担当者)。無人全自動タクシー開発はGM関連会社との共同事業に委ねる。

ホンダらしいチャレンジ精神も生きている。好例が「CASE時代にやりたいことが見えて印象的だった」(クレディ・スイス証券の秋田氏)との声がある「eMaaS(イーマース)」事業だ。多数のEVや充電器をつなげて電力供給システムにする仕組みで、19年に着手する欧州を皮切りに、世界で実証実験に乗り出す。「構想は壮大だが、10年待っても収益化できるのか」(国内証券アナリスト)と疑問視する声もあるが、新たなビジネスチャンスを探る姿勢を失えば、待つのは生き残りもおぼつかない縮小均衡だろう。

2020年代半ばから、「自動車」が生み出す富の源泉は、ハードの製造販売からシェアリングなど関連データを使ったサービスに徐々に移る。IT企業など異業種も参入するなかで、自動車メーカー各社がこの革命を超えて生き残れるのか、市場は見極めようとしている。

東海東京調査センターの杉浦氏は、ホンダが今の低評価を覆すには「CASE戦略の開発や投資の費用を回収するシナリオと、収益や財務面の目標を明示し、市場が信じられる実現性を示すこと」を条件に挙げる。ホンダ自身は、CASE対応のコストを吸収しつつ、売上高営業利益率を7〜8%台へ回復させるシナリオを描く。だが、世界の自動車販売にブレーキがかかるなか、「有言実行」のハードルは、かつてなく高い。
(証券部 岡田達也)

nikkei.com(2019-07-11)