ウィスキーの専門家ではなく、分子科学者が作る新しいウィスキー


樽に寝かせないウィスキーが登場

 夢のある記事を見つけた。「分子レベルで高級品を再現 人工ウイスキーの実力は?」という記事である。サンフランシスコに本社のあるスタートアップ企業、米エンドレス・ウエストが、「グリフ」というウィスキーを作ったのだ。ただ、作ったのではない。おいしいウィスキーを分子レベルで研究し、重要な分子が何であるのかを特定した。そして、樽で寝かせていないのに、何年もの年月が経過したようなウイスキーを再現したのだ。

 うーん、ある意味、ウィスキー・ファンには、夢がない話に聞こえるかもしれない。ウィスキーは、何年も樽に寝かせることで、ウィスキーが成長し、独特の風味と味わいになる。そして、何年も前に仕込んだウィスキーを空けることで、仕込んだ時に思いを巡らせながら、ゆっくり味合うのがウィスキーだからである。

 しかし、実際に米国では売れているのである。つまり、この樽で寝かせていないウィスキーを飲みたいと思う人もおり、飲んでいる人もいるのである。これは、一体どういうことだろうか。

新しいタイプのウィスキーがあっても良いのでは

 この分子レベルの同定技術。何も新しい技術ではない。前からあった。が、新しいのは、分子レベルの同定技術を、発酵・熟成というものが必要なウィスキーに応用した点である。なぜ、今まで行われなかったのか。それはおそらく多くのウィスキー醸造者は、ウィスキーは樽で熟成させるものと考え、このようなことを思いつかなかったのであろう。

 確かに、樽に寝かせるウィスキーとは異なる。その意味では、このウィスキーは今までのウィスキーと違う「新しいタイプのウィスキー」で、「非熟成ウィスキー」などと別な名前で呼んだほうが良いかもしれない。

 このような「新しいタイプの〇〇」というのが、この時代の流れな気もする。自動運転車はは、「新しいタイプの車」だろうし、UberEATSは、「新しいタイプの出前」である。

 この「新しいタイプの〇〇」は、必ずしもその〇〇の専門家でないことが多い。今回の「新しいタイプのウィスキー」も醸造の専門家ではない。このようにある事業を、専門家でない、別の視点でとらえると新しいビジネスのヒントがあるのだろう。

企業でも専門家以外をいれてみては

 よく企業経営者から、弊社も次世代のためのイノベーション推進チームを作りました、というお話を伺う。確かに、日経の人事ニュースでは、「イノベーション推進室」という言葉を良く目にするようになってきた。この新しい室の登場は、問題ない。問題なのは、構成メンバーである。その企業のメンバーだけ、それもその企業の主力事業の専門家だけになっていないだろうか。

 専門家以外のイノベーションの議論に入れると、この樽に寝かせないウィスキーのように、新しいアイディアが出てくる可能性が、専門家だけより高くなるのではないだろうか。

 私も「新しタイプの〇〇」を、自分の専門以外のビジネスで、ウィスキーの飲みながら、考えてみよう。

<< 本間 充(アウトブレイン顧問/アビームコンサルティング顧問) >>

nikkei.com(2019-02-09)