ホンダ、爆売れジェットで狙う航空業界変革 「生みの親」藤野CEOがこだわった価値観とは


 小型ビジネスジェット機の新星として2015年12月に登場したホンダの「ホンダジェット」。最高速度や燃費性能、静粛性などでライバル機を圧倒する。航空機としての性能はもとより、そのデザインの美しさにもパイロットや航空工学の専門家、バイヤーからも高い評価を集める。2017年には小型ジェット機のデリバリー(顧客への納入数)で首位に踊り出た。

 ホンダジェットの「生みの親」とされるのが、米国子会社・ホンダエアクラフトカンパニーの藤野道格(みちまさ)CEOだ。入社3年目の1986年に始まった航空機の研究開発プロジェクトに参加して以来、一貫して航空機分野に取り組み、困難な道を切り開いてきた。左右の主翼の上という独創的なエンジン配置も藤野氏の発案だ。来日した藤野氏CEOに、航空機ビジネスについて余すところなく語ってもらった。

 抵抗勢力があっても性能では負けない

 ――2015年に発売してからこれまでの総括をお願いします。

 発売から2年半が経ち、ようやく生産が軌道に乗ってきた。手作業が多いので、人が慣れてくると作業がどんどん早くなってくる。商品としての評判も予想よりよい。操縦する人が「明らかに違う」と言ってくれているのは、アビオニクス(航空機内電子制御機器)など、性能の部分だろう。操縦しない人も「ものすごく静かで、乗り心地がいい」と驚いてくれる。

 ――業界での反響も非常に大きいです。ライバル会社からはどう見られていますか。

 ジェット業界からは、最初は「自動車屋に何ができる」と無視された。少し評判が上がると「アメリカでは通用しないよ」、航空機の製造認定が近づくと「認定取れるわけないよ」と、いざ取れそうになると「絶対取れるわけない」といってホンダのお客さんの不安をあおる。認定を取ったあとも、「認定は取ったが安心できない」と・・・・・・。今はとにかく、批判を1つずつ潰していくしかない。どんな世界でもそうだが、いちばんになると抵抗勢力がなんとか阻止しようとしてくる。

 ホンダジェットの登場後、ライバル製品にも変化が出てきている。とはいえ、性能ではホンダジェットに勝てない。向こうもわかっているので最近は、インテリアや塗装を近づけたり、アビオニクスのサプライヤーをまねしたり、ウェブサイトまで似せてきたりしている。

 まずは小型ジェット機におけるシェアを確実なものにしたい。ニューヨーク―マイアミなど、世界でビジネスジェットの就航数が多いルートトップ10のうち、5ルートはカバーできており、残りの5ルートをどう取るか。また、小型ジェット機セグメントでは、シェアの40%程度を占めるが、これを(改良機の)「ホンダジェット エリート」でどこまで上げられるかに挑戦する。

 ホンダジェットの販売は海外で先行していたが、5月に発表した改良機の「ホンダジェット エリート」は日本でも販売する。価格は525万ドル(5億9000万円)。2019年前半の初納入を目指す。2661キロメートルと現行機より17%伸びた航続距離では、羽田・成田から全国の都市、中国の上海や北京までも乗り換えなく飛ぶことができる。しかし、ビジネスジェット機の市場は、米国の約2万機に対して、日本では民間機に至っては30機ほどしかない。日本市場をどう開拓するのか。

 ――日本では「ビジネスジェットはお金持ちの乗り物」というイメージがあります。

 確かに、日本ではビジネスジェットといえばハリウッドスターが使うようなイメージがある。彼らが使うのは70億円ほどする太平洋をひとっ飛びできるような大型の機材。一方、ホンダジェットはもっと実用的な使われ方をする。たとえば、複数都市をまたいで仕事をする中小企業の経営者などがジェットを持っているとビジネスの幅が広がるし、時間も短縮できる。ラグジュアリーなライフスタイルではなく、仕事をする人の生活の質を上げるために役立つ道具だ。「一度乗ってもらえれば、考え方が変わる」という実感がある。

 時間短縮におカネを使う価値がある

 ――どのように訴求をしていきますか。

 たとえば、日本から米国東部の都市に行く時に、通常の大型機では乗り継ぎで3時間、下手をすれば遅延でさらに一晩余計に待たされることがある。でもホンダジェットがそこで待っていたら、その心配はない。室内はとても静かで快適に過ごせ、本当に疲れない。それは日本でも同じで、便利さや快適さを一度経験すると、10万円多く出してホンダジェットに乗ることに価値があると考える人が多いと思う。

 日本でも問題になっていることだが、仕事ができる人は、仕事に忙殺されていて、そういう人が成功したとしても、家族と過ごす大切な時間などを買い戻すことはできない。時間を買うことにおカネを使う価値があることに気づいてもらえる。給料を上げるだけでは、生活の質は上がらない。

 ――全日本空輸(ANA)とは、ビジネスジェット領域で戦略的な提携を結びました。海外の出張・旅行先でホンダジェットを用いたチャーター便を手配するというものですが、この提携は国内のビジネスジェット市場拡大にどのように貢献しますか。

 ANAの人にホンダジェットに乗ってもらう機会があり、普段大型機に乗り慣れている彼らもこんなに揺れないのかとびっくりしていた。エアラインの人が乗って満足する仕上がりだ。それで(ANAの)片野坂真哉社長と話が盛り上がり、ビジネスアライアンスを組むことになった。

 ANAは法人など大口の顧客をお持ちで、こことアライアンスを組んでおくのは(販売拡大の)第一歩だ。とにかく、まずはジェットを使ってみるというきっかけを作りたい。一般の人たちで買うというところまで行かない人が大勢いる。しかし、使えるというところまで可能性を広げることはできる。

 ――海外ではシェアジェットビジネスが普及しつつあります。ホンダとしてはどう展開しますか?

 今はチャーターが多いが、車でいうウーバー・テクノロジーズのようなシェアサービスとして、エアタクシーやシェアジェットが、海外ではすでに広まっている。ビジネスジェット機を購入した人が使わない時間、稼働率を上げるために、機体を運用してくれる業者を使ってほかの人に貸す。たくさん使えば、使うほどコストは下がっていく。

 こうしたビジネスをホンダがやるかはわからないが、いいハードウェアを作るだけではなくて、ビジネスジェットの業態を変えたとか、ウェーブをもたらした、となればいい。まずはエアラインとの協業で使える人を増やす。

 車でのライドシェアやカーシェアは今でこそ注目されているが、実はシェアサービスのコンセプトは飛行機のほうが前からある。だが、機体が少ないから実現しにくい。まずは機体を増やすことが大切。満たさなければならない条件が多いが、シェアサービスのビジネスモデルをホンダジェットで開花させたい。

 サービスによる収益安定化がカギ

 ――自動車などと異なり、航空機事業は投資の回収スパンが非常に長いビジネスだと言われています。それはなぜでしょうか。

 ホンダは飛行機をやってこなかった。1機種作るにしろ、3機種にしろ、ゼロから試験設備や工場などのインフラに投資しなければならず、まだスケールメリットが小さい。減価償却を1機種のみで取り返すことはできない。

 ビジネスの最初のカギは最初の3年間の保証が終わったときだ。それ以降はサービス収入がコンスタントに入ってくる。特に飛行機は、メンテナンスの要件が厳格に決まっていて、部品には寿命があるので交換するタイミングもわかっている。サービスのビジネスは非常に安定している。

 そのために、機体の数をできるだけ早く増やすことが今のマイルストーン。ホンダの場合は、 ディーラーモデルを新たに採用して、 世界をカバーするメンテナンスサービスを提供している。購入者の所在地を分析した上で、アメリカでは5カ所ある拠点からメカニックが派遣され、1時間半以内でサービスを受けることができる。時間内の派遣率は99.6%で、顧客満足度は高い。

 ――2輪や4輪事業のディーラーモデルから学ぶことはありますか。

 業界の常識としては、多くの会社が直販。メーカーから専門性の高い人を送りクオリティを担保できるメリットがある。しかしこれだと、大変な数の人が必要となる。ホンダは自動車メーカーなので、ディーラーモデルを活かしてできることは応用している。両方をうまくコンビネーションさせていく。

 ジェット事業が軌道に乗ってくると、避けて通れないのが経営だ。非常に繊細かつ厳重な要件が求められるジェット事業については、藤野氏が作り上げたということで顧客やバイヤーが信頼している面が大きい。ホンダエアクラフトカンパニーのチームの育て方についても聞いた。

 顧客が満足する商品作りにブレはない

 ――今後のチームや後継の育成についてはどのように考えていますか。

 ホンダジェットには、日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界40カ国以上から人材が集まっている。 日本人を育てたいという気持ちはもちろんあるが、そこはフェアに、こちらに来ている留学生でトップの成績を持つ方を採る。 ただ日本人の場合は大学受験がピークで、大学に入った後の伸びしろが外国人と差がある印象がある。 広く基礎的なものを学んでいる人は、1つの専門分野だけではなく、学際的なアプローチができる。

 そして、「倫理観」と「常識」を持つことを非常に重視している。社員の才能を伸ばしたり、トレーニングはしたりするが、素養による違いはどうしてもある。

 常識と言うと、「藤野はいつも常識のないことをやってる」と言われるが、すべきことをきちんとステップを踏んでしてきた。航空機業界では「70億円の機体に乗る人は燃費を気にする人などいない」と言ってくる人もいるが、顧客が満足するモノを作るということにブレはない。

 そして倫理観のある人は、物事を適当には決めない。 そういう人を採ることを意識している。

<< 森川 郁子 >>

msn.com(2018-07-22)