資源大国ニッポンへの道

 資源小国の地位に長年甘んじてきた日本。近海に眠るレアアース開発が現実味を帯び始め、状況は変わり始めた。採掘が実現すれば希少資源を巡るパワーバランスも変化する。資源大国ニッポンへの道、現状と課題を検証する。

■「小国」覆す南鳥島レアアース

 「テルビウムは国内消費の1万1000年分、イットリウムなら4900年分、ジスプロシウムも930年分」。2018年4月、日本最東端の南鳥島沖の海底に眠るレアアース(希土類)の埋蔵量が発表されると、関係業界には大きな衝撃が走った。無理もない。これらのレアアースは需要が拡大するハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)に使う高性能磁石や、次世代機器をつくるのに不可欠な材料だからだ。

 有望な2500平方キロメートルの海域の総資源量(酸化物換算)はおよそ1600万トン。これら事実上「半永久」ともいえる大量の希少資源が手つかずのまま日本周辺の海域に眠っている――。気の早い株式市場は材料に飛びつき、関連銘柄の一角である三井海洋開発(6269)株などが目先筋の買いで急騰する場面もあった。

 しかし、ただの材料でもない。実際に商用化に向けたプロジェクトが始動している。

 手掛けるのは東京大学の加藤泰浩教授を座長とする「レアアース泥開発推進コンソーシアム」。前述した三井海洋のほか、トヨタ自動車(7203)、信越化学工業(4063)、日揮(1963)といった関連する有力企業約30社と研究機関が名を連ねている。探査、揚泥、選鉱、新素材開発などそれぞれの役割ごとに人材やノウハウを提供し、実用化をめざす。

 南鳥島沖のレアアースは海底の泥の中に濃度高く含まれている。このため海底まで管を下ろし、圧縮空気を送り込んで泥を吸い上げ、分離・製錬してレアアースを取り出す。効率的な回収技術を確立することで「今後10年で商業ベースに乗せられるようにしたい」と座長の加藤東大教授は力を込める。

 プロジェクト自体は11年にレアアース泥が確認された後に動き出したものだ。当時、尖閣諸島の領有権問題で日中の対立が激化。レアアースをほぼ独占していた中国が輸出制限に動いたことで価格が急騰した。HV用モーターの高性能磁石に使われるジスプロシウムなどが品薄となり、日本のメーカーに大きな打撃となった。こうした中で「資源の安全保障」が叫ばれ、脱・中国依存をめざした自前のレアアース確保の取り組みが本格化した。

 しかし埋蔵量は膨大でも、海底の泥からレアアースを取り出すのは手間も暇もかかる。日中関係の緊張時に比べ代替材料の開発などが進んだことを踏まえると、事業化を疑問視する声もある。半面、調達先を広げたといっても依然として中国が世界のレアアース生産量の85%を握り「中国1極」はあまり変わっていないのも実情だ。

 さらに希少資源でいえばEV用電池材料のリチウムやコバルトは品薄感を背景に価格が上昇傾向にある。環境規制を背景とする採掘コストの上昇などもあわせて考えると、レアアースの自前資源を持つ意義は大きい。

 レアアース泥だけではない。日本周辺の海域には有望な資源が多く眠る。

 例えば沖縄や小笠原諸島周辺の海底には金や銀、銅を含む海底熱水鉱床がある。EV電池材料のコバルトやニッケルが海底の岩石の表面に分布するコバルトリッチクラスト、燃料となるメタンが結晶化し「燃える氷」と言われるメタンハイドレートもかねて有望視されてきた。

 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は17年に沖縄近海の海底熱水鉱床から16トンの鉱石を採掘し、メタンハイドレートの連続採掘試験も実施した。海底深くに眠り、なかなか手が出せなかった各資源にようやく手が届き始めている。


■技術革新で採算確保カギ

 資源大国に向け、乗り越えなければならない最大の課題は採掘コストだ。例えばレアアース泥。泥中に含まれるレアアースの種類や濃度にもよるが、地上の鉱床から取り出す場合に比べてコストは「数倍以上」(業界関係者)との声もある。海上に採掘基地をつくったり、製錬施設などを設けたりする必要もある。「こうした投資費用を考えると現時点で採算に合わない」(大手商社)との声がある。

 足元で低迷するレアアース価格も自前の資源確保という取り組みには逆風だ。例えばEVや省エネ家電に欠かせない高性能磁石原料のネオジム価格は1キログラム60ドル台。日中関係が緊張した当時に比べて8割以上安い。あくまで事業ベースで考えるとよそから調達した方が早いし、安いとなるわけだ。

 しかし中長期でみると話は変わる。1つは資源の安全保障という観点だ。「資源を持ち、いつでも採掘可能な状態にしておくことが海外との資源交渉でも大きなアドバンテージとなる」。経済産業省の大東道郎・鉱物資源課長は海底資源の開発メリットをこう説明する。開発に時間がかかるとしても自前の資源を持つことは資源外交上も重要なカードとして活用できる。

 あとは技術的なブレークスルーでコストをどれだけ下げられるかだ。レアアース泥開発コンソーシアムでは、海底の段階で高濃度のレアアースを含む鉱物粒子を選別する技術を開発した。座長の加藤教授は「新たな回収法に需要の広がりが加われば十分採算がとれるようになる」と話す。必ずしも夢の話ではなくなりつつある。

■侮れぬ「都市鉱山」の威力

 レアアースをはじめとする天然資源ばかりではなく、資源のリサイクルという観点を含めると実は日本は隠れた資源大国だ。その代表例が「都市鉱山」。使わなくなった携帯電話や小型家電を回収し、部品から希少金属を取り出す仕組みで、都市部に資源が埋もれる様子からこう名付けられた。なかでも都市鉱山に眠る金の埋蔵量は世界有数の資源国である南アフリカを超える。潜在力は大きい。

 瀬戸内海に浮かぶ香川県・直島。建築家の安藤忠雄氏が手掛けた美術館などがあり「アートの島」として知られているが、国内有数の都市鉱山のリサイクル拠点でもある。

 非鉄最大手、三菱マテリアル(5711)の主力リサイクル拠点、直島製錬所ではスクラップや廃棄された基板などの原料を集め、炉で溶かすなどして金や銀といった金属を取り出している。三菱マテリアルは希少金属を使うスマートフォン(スマホ)やEVの需要拡大をにらみ、回収・処理能力を拡張している。直島製錬所と福島県の小名浜製錬所など全体で2021年をめどに処理能力を現在より3割増の年20万トンと世界最大規模にする計画だ。

 天然資源に乏しいとされた日本。その弱みから資源の回収から製錬といった一連のリサイクル技術を磨き、世界トップレベルの技術力を持つ。天然鉱山の開発が進み、希少金属の採掘コストが膨らむ中で、三菱マテリアルのほか、DOWAホールディングス(5714)やJX金属といった非鉄各社はそれぞれ希少金属のリサイクル事業拡大に動いており、都市鉱山の潜在力を生かす素地は整ってきた。

 では埋蔵量はどれほどか。サステイナビリティ技術設計機構(茨城県つくば市)によると、日本の都市鉱山に眠る金の蓄積量は約6800トン。南アフリカ(約6000トン)やインドネシア(約3000トン)を上回る。銀ならば約6万トンと中国の4万トン弱を超える。南鳥島の周辺海域で見つかったレアアースと合わせると日本全体で戦略的に膨大な資源を持つことも可能だ。


 身近な話題では都市鉱山を2020年の東京五輪・パラリンピックで生かそうという動きもある。五輪の大会組織委員会が旗振り役の「みんなのメダルプロジェクト」だ。五輪メダルに使う金銀銅のリサイクルを進めており、JX金属や田中貴金属工業が製錬に協力する。大会までに用意するメダルは約5000個。金銀銅の量にして計4〜6トンほどが必要になる見通し。約半世紀ぶりの開催となる東京五輪は世界中から集まる企業関係者やメディアに日本の優れた技術を紹介できる「見本市」。日本人の手で作ったメダルを選手に手渡せば日本のリサイクル技術を世界にアピールする絶好の機会にもなる。

 都市鉱山を生かすための課題は回収そのものだ。携帯電話のように少量の資源が広く散らばり眠っているので回収には膨大な手間と時間がかかる。メダルプロジェクトに参加するNTTドコモ(9437)では使用済みの携帯電話を回収しているが、旧式の「ガラケー」に比べるとスマホは使う希少金属の量が少ないという問題もある。

 都市鉱山の高い潜在力をフルに生かすには企業や個人による回収への協力が欠かせない。一般に携帯電話100台から取り出せる金は3グラムほどとされ、リサイクルさえできれば都市鉱山の方が天然鉱山よりも効率は高いという。環境保護の観点からも都市鉱山が果たす役割は大きい。

■「EVなどで需要増、積極開発を」 東京財団政策研究所研究員 平沼光氏

 パリ協定の発効などを背景に従来以上に再生エネルギーの重要性が高まり、EVや太陽電池に使われるレアメタルやレアアースの需要が膨らむのは間違いない。リチウムやコバルト、ニッケル、インジウム、モリブデンなど重要な資源が陸上鉱床だけでは賄い切れなくなる可能性がある。その危機感を認識し、都市鉱山や海洋資源の開発を積極的に進める方向にかじを切るべきだ。

 2010年前後のレアアースの価格高騰時に、企業や政府はレアアースを使わない技術を目指し、ジスプロシウムを使わないモーターの開発などが進んだ。もっとも、このことでレアアース全体の需要が減ったことが今でもレアアース価格が低迷している一因でもある。今後、需要が再び増えることを想定し、調達をどうしていくかを考えていく必要がある。

 日本は世界でも5本の指に入る鉱物資源の消費国だ。大口需要家としての立場から、需給の安定を目指すために海洋資源の開発枠組みを主導的に作るように音頭をとることができるだろう。そのためには官民や省庁間での協調を通じて、資源開発のシステム作りを進めていくことが重要だと考える。

■「高い採掘コスト、商用化の壁」 アドバンストマテリアルジャパン社長 中村繁夫氏

 中国政府は環境規制を強化しており、鉱床に硫酸をかけて安価に採掘するような手法は影を潜めてきた。規制に対応できず操業停止に追い込まれる工場も出てきている。一方で中国政府はEVの普及を促進しており、中国国内の高性能磁石向けレアアースの消費量は拡大する。今後は供給に不足感が生じ、レアアースの価格が上昇する局面も出てくるだろう。同じくEV関連の資源であるコバルトやリチウムを買っている中国の投機筋などが資金を振り向ける可能性もある。

 だが、こうした状況であっても、南鳥島沖のレアアース開発を実際に商業化するハードルは極めて高い。通常の鉱山と比べると採掘コストが高くならざるを得ず、南鳥島沖で採掘しても中国産に比べて大幅に高くなってしまうためだ。日本企業は過去にレアアースの調達不安を経験しているとはいえ、製品価格への影響を考えると中国産より高いレアアースは買いにくいのが実情だ。

 南鳥島沖の資源開発には時間もかかる。資源ファンドをつくって海外鉱山企業や権益に投資をしたり、磁石のリサイクルを進めたりする取り組みがより重要になる。

( 二瓶悟、蛭田和也、南毅郎が担当した )

[日経ヴェリタス2018年6月24日付]

nikkei.com(2018-06-24)